ドゥテルテ大統領、新型コロナ禍対応も「強権」で乗り切る構え

~麻薬撲滅戦争と同様にワクチン接種も「超法規的措置」に打って出る可能性を示唆~

西濵 徹

要旨
  • 足下の世界経済は、主要国で感染一服やワクチン接種を背景に経済活動の正常化が進む一方、新興国で変異株による感染再拡大が進むなど好悪双方の材料が混在する。主要国の景気回復は財輸出を押し上げる一方、感染収束の見通しが立たない状況は世界的な人の移動制限を通じてサービス輸出への依存度が高い国の景気の足を引っ張るなか、ASEAN内でフィリピンは景気回復が遅れている。さらに、フィリピンはワクチン接種も大きく後れを取っており、来年に次期大統領選が控えるなど「政治の季節」が近付くなかでドゥテルテ大統領にとり時間的猶予は少なくなっている。ドゥテルテ大統領はワクチン接種による事態打開を図るべく、接種を拒否すれば投獄するなど「超法規的措置」も辞さない考えを示唆した。麻薬対策で「超法規的殺人」を容認したことを勘案すれば、今後は強権姿勢に頼る姿勢が一段と強まることも懸念されよう。

足下の世界経済を巡っては、欧米や中国など主要国で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染一服やワクチン接種を背景に経済活動の正常化が進むなど景気回復への期待が高まる一方、新興国では感染力の強い変異株による感染再拡大を受けて行動制限が再強化されるなど景気回復に冷や水を浴びせる懸念が高まっており、好悪双方の材料が混在している。なお、主要国を中心とする世界経済の回復は世界的な財貿易を押し上げることで、経済に占める財輸出の依存度が高い国々にとって景気回復のけん引役になることが期待される一方、世界的な感染再拡大を受けて国を超えた人の移動は制限されており、経済に占める観光関連産業の割合が高い国にとっては景気の足かせとなっている。こうしたなか、ASEAN(東南アジア諸国連合)のなかで経済の財輸出比率が相対的に低い一方、サービス輸出比率が相対的に高いフィリピンは周辺国に比べて景気回復が遅れる展開が続いている 1。年明け以降のフィリピンにおいては、3月以降に変異株により感染が再拡大する『第2波』が直撃したため、政府は行動制限を再強化することで感染封じ込めを図る姿勢をみせたため、1日当たりの新規陽性者数は4月初旬を境に頭打ちするなど事態収束の兆候がうかがえる。ただし、足下では首都マニラを中心とする都市部で感染が頭打ちする動きがみられる一方、医療インフラが脆弱な地方部に感染が広がっており、結果として死亡者数は拡大ペースを強めるなど感染収束にほど遠い状況が続いている。こうしたことから、政府は首都マニラとその近隣州を対象に導入している行動制限を延長するとともに、地方において感染拡大の動きが広がりをみせていることを理由に規制対象地域を拡大するなど対策強化を図るほか、変異株の感染拡大が確認されている国々を対象とする入国制限を延長するなど内外問わず厳しい措置を採っている。他方、同国では国際的なワクチン供給スキーム(COVAX)に加え、中国のいわゆる『ワクチン外交』を通じた寄付を受けるなどワクチン調達を活発化させるなど、政府が掲げるワクチン接種計画(年内に最大7,000万人の国民へのワクチン接種)の実現を目指している。ただし、今月20日時点における人口100万人当たりの累計のワクチン接種回数は7.67万回に留まるなど世界平均(34.07万回)を大きく下回っており、部分接種率(少なくとも1回はワクチン接種を受けた人の割合)も5.71%に留まるなど世界的にみても、周辺国と比べてもワクチン接種は大きく後れを取っている。ワクチン接種の遅れは集団免疫の獲得時期の後ろ倒しに繋がるとともに、海外からの入国制限が外国人観光客に大きく依存する観光関連産業の足を引っ張ることで景気回復の見通し悪化を招くことで、来年5月に迫る次期大統領選の行方に影響を与えることが懸念される。なお、現行憲法では大統領任期は「1期のみ」とされており、現職のドゥテルテ大統領は出馬することが出来ないなか、世論調査では有力候補者としてドゥテルテ大統領の長女で南部のダバオ市長を務めるサラ(・ドゥテルテ)氏が首位を走る展開が続くなど国民の間に『サラ待望論』が根強くある模様である(ただし、サラ氏自身は態度を明らかにしていない)。また、ドゥテルテ大統領自身も立場を明らかにしていないものの、ここ数年は『ドゥテルテ王朝』の構築を主眼に置いた動きを強めており、次期大統領選での地盤固めには新型コロナ禍の克服と早期の景気回復の実現という『実績』が不可欠とみられるなか、足下のワクチン接種の遅れに気を揉む動きをみせてきた。こうしたなか、ドゥテルテ大統領は直近のテレビ演説において「誤解を恐れずに言えばわが国は危機に直面しており、政府の助言を聞かない国民に憤慨している」と述べた上で、「ワクチンを接種するか投獄されることになるかを選択することになる」と『強権』も辞さない考えを示した。なお、保健当局はワクチン接種について『任意』との姿勢を示しており、ドゥテルテ大統領の発言は政府見解と矛盾するものの、ドゥテルテ政権下では麻薬撲滅を巡って『超法規的殺人』がまかり通るなど無茶苦茶な対応をみせてきたことを勘案すれば、ワクチン接種においても同様の動きが広がる可能性はある。上述のように『政治の季節』が近付くなどドゥテルテ大統領にとって時間的猶予が少なくなるなか、切羽詰まった大統領が強権姿勢に頼った政権運営に進むリスクはこれまで以上に高まることも予想される。

図1
図1

図2
図2

以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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