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2021.03.29
アジア経済
新型コロナ(経済)
フィリピン経済
フィリピン、感染再拡大で行動制限再強化、景気への不透明感が再燃
新型コロナ対応は経済の行方のみならず、来年に迫る次期大統領選の行方にも影響を与えよう
西濵 徹
- 要旨
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- フィリピンでは新型コロナウイルスのパンデミックを受け、同国でも感染が拡大して都市封鎖に動いた結果、内・外需双方で景気が大きく下振れする事態となった。ただし、その後の感染拡大一服による経済活動の再開に加え、財政・金融政策による景気下支え、世界経済の回復による外需の底打ちを受けて景気は底入れしてきた。他方、今月に入って以降は感染が再拡大して医療ひっ迫が懸念されるなか、政府は首都マニラ周辺で行動制限の再強化に迫られており、底入れが進んできた景気に冷や水を浴びせることが懸念される。
- 来年には次期大統領選が予定されるなか、現行憲法規定で選挙に出馬出来ないドゥテルテ氏は娘のサラ氏を大統領候補に据え、自身は副大統領候補として出馬するとの見方がある。現状ドゥテルテ氏は表向きサラ氏の出馬を否定するが、早期の経済活動の再開を目指す姿勢を示すなど次期大統領選を意識した動きもみられる。「クローニー資本主義」への拒否感の強さから、世間の風向きをみた対応になることが予想される。
- 足下の景気は底入れする一方で新型コロナウイルスの感染拡大の影響が色濃く残るなか、感染再拡大による行動制限の再強化は景気の下振れに繋がることは避けられない。他方、足下のインフレ率は中銀の定める目標を上回るなど、中銀は景気の不透明感にも拘らず追加緩和に動けない状況にある。金融市場を巡る環境変化がペソ相場の悪材料となる懸念もあるなか、新型コロナ対応が経済・政治のカギを握るであろう。
フィリピンでは、昨春以降における新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)を受けて同国内でも感染拡大の動きが広がり、政府は感染抑制の観点からルソン島全土で移動制限を課す厳格な都市封鎖(ロックダウン)に動くなど、強力な感染対策を講じる姿勢をみせた。世界経済の減速による外需の低迷に加え、GDPの1割に相当する海外移民労働者による送金も下振れしたほか、都市封鎖による経済活動の制限も相俟って経済成長のけん引役となってきた家計消費など内需に下押し圧力が掛かった結果、昨年の経済成長率は▲9.5%と22年ぶりのマイナス成長に陥るとともに、マイナス幅も過去最大となるなど深刻な景気減速に見舞われた1 。しかし、強力な感染対策に伴い新規感染者数は昨年半ばを境に鈍化したため、その後は感染者数の多い首都マニラを除いて行動制限が緩和されたほか、外国人に対する入国制限が緩和されるなど経済活動の正常化の取り組みが進められた。さらに、政府は巨額の財政出動を通じた景気下支えを図るとともに、中銀も利下げに加え、事実上の『財政ファイナンス』の実施を通じて側面支援に動く姿勢をみせているほか、世界的な感染拡大の一服による経済活動の再開を受けた景気回復による外需を巡る環境も改善している。よって、昨年後半の実質GDP成長率は2四半期連続となる前期比年率ベースで二桁%の高成長を実現するなど景気は底入れの動きを強めており、足下の企業マインドは好不況の分かれ目となる水準を大きく上回る推移が続くなどさらなる景気回復が期待されてきた。ただし、年明け以降にかけて鈍化傾向を強めてきた新規感染者数は、今月に入って以降は感染力の強い変異株の発生も相俟って拡大ペースが再び加速の度合いを強めており、首都マニラなど大都市部を中心に病床のひっ迫化が懸念されるなど急速に事態が悪化している。結果、足下における累計の感染者数は71万人強に上るほか、死亡者数も1.3万人強とともにASEAN(東南アジア諸国連合)内でインドネシアに次ぐ水準となっている。
ワクチンを巡っては、国際的な枠組(COVAXファシリティ)を通じた供給に加え、中国によるいわゆる『ワクチン外交』を通じた寄付などによる確保を活発化させており、これまで4種類のワクチンに対する緊急使用が許可されるなど接種に向けた動きも前進している。なお、政府は年内にも人口の7割に上る7,000万人への接種を可能にする1.4億回分のワクチン配布を目指しているものの、世界的にワクチン確保に向けた競争が激化するなかで確保が困難になる動きもみられるなか、円滑なワクチン接種による集団免疫の獲得が進むかは見通しが立ちにくい。こうしたなか、政府は感染の再拡大を受けて22日に首都マニラ及び周辺の4州を対象に行動規制を再導入したものの、状況が一段と悪化していることを受けて29日から行動制限を一段と強化しており、底入れの動きが確認された景気に冷や水を浴びせることが懸念されるなど先行きのフィリピン経済については依然として不透明感が高い展開が続く可能性がある。
なお、一昨年に実施された議会の中間選挙を経て、議会下院(代議員)のみならず上院(元老院)においてもドゥテルテ大統領に近いいわゆる『ドゥテルテ派』が多数派を形成することに成功しており 2、早期に予算成立が図られるなど財政出動を通じた景気下支えへの取り組みは講じられている。他方、上述のように足下では感染再拡大に伴い首都マニラ及び周辺で行動制限が再強化されており、幅広い経済活動に悪影響が出ることが懸念されるほか、規制緩和による底入れが期待された外国人観光客数の下振れも予想されるなど、景気の足かせとなることは避けられない。フィリピンでは来年に次期大統領選の実施が予定されているが、現行憲法では2期連続で大統領の任に当たることは出来ず、現職のドゥテルテ大統領は大統領候補として出馬することは出来ない一方、現在南部のダバオ市長を務めるドゥテルテ大統領の長女(サラ・ドゥテルテ氏)の出馬が取り沙汰されている上、直近の世論調査ではサラ氏が次期大統領候補としてトップとなるなど『待望論』も出ている。こうした世論の動向に対してドゥテルテ大統領は表向き反対する動きをみせているが、自身のダバオ市長在任中には現行憲法における公職任期規定(連続3期9年まで)を掻い潜る形で2010~13年はサラ氏が同市長に、ドゥテルテ氏が同副市長に交代して就任し、2013年の市長選でドゥテルテ氏が再び同市長に再当選した経緯もあり(サラ氏は同副市長に)、次期大統領選でこうした法の『抜け穴』を利用するとの見方もくすぶる。なお、同国では長期に亘り有力政治家の縁故者が権力の中枢を占めることで利権を独占するいわゆる『クローニー資本主義』が問題視されてきたため、ドゥテルテ大統領も政権発足直後は汚職対策の強化に動くなどの対応を示してきたほか、ドゥテルテ氏が表向きはサラ氏の大統領就任に反対する動きに繋がっていると考えられる。ただし、上述のサラ氏のほか、長男(パオロ・ドゥテルテ氏:下院議員)や次男(セバスチャン・ドゥテルテ氏:ダバオ副市長)も政治家となるなど着実に縁故者が権力の座を占領する動きが広がっており、来年の大統領選に向けては世間の『風向き』をみながら判断することが予想される。なお、ドゥテルテ大統領は景気回復に向けて早期の経済活動の再開を目指す姿勢を示すなど、次期大統領選を意識しているとみられるものの、その実現に向けてワクチン接種の加速化を図る考えを示すが、ワクチン確保の難しさを勘案すれば実現のハードルは高い。
上述のように足下の景気は底入れの動きをみせているものの、昨年末時点における実質GDPの水準は新型コロナウイルスのパンデミック直前と比較して▲8.3%下回るなど依然としてその影響に苛まれる状況が続いており、感染再拡大による都市封鎖措置の再開に伴い景気回復の勢いが挫かれることは避けられない。こうしたなか、足下のインフレ率は昨年の度重なる台風被害などを理由に生鮮品をはじめとする食料品価格で上昇圧力が強まっている上、世界経済の回復期待を背景とする国際原油価格の底入れも重なり生活必需品を中心にインフレ圧力が強まっており、中銀の定めるインフレ目標を上回るなどインフレが顕在化している。フィリピン経済を巡っては、家計消費をはじめとする内需が経済成長のけん引役となってきたことを勘案すれば、世界経済の回復が道半ばの状況が続くなかで海外移民労働者からの送金流入額も低調に推移している上、都市封鎖の長期化により国内における雇用・所得環境も厳しい状況にあるなか、物価上昇により家計部門の実質購買力に下押し圧力が掛かることは景気回復の足を引っ張ることが懸念される。中銀は昨年に計5回(累計200bp)の利下げ実施を通じて景気下支えを図る動きを強めたものの、年明け以降はインフレ率の上振れを理由に政策金利を据え置くなど様子見姿勢に転じている。国際金融市場においては、フィリピンにとって最大の輸出相手である中国の景気回復の動きなどを背景に同国経済の回復も促されるとの期待を反映して通貨ペソ相場や主要株式指数は底堅い展開をみせてきたものの、米長期金利の上昇をきっかけとする市場環境の変化も相俟って足下では上値の重い動きをみせている。仮に感染収束が進まず景気に対する悪影響が強まれば、通貨ペソ相場に対する調整圧力が強まることで輸入物価に押し上げ圧力が掛かるなど新たなインフレ圧力となることも懸念されるほか、景気減速にも拘らず中銀は通貨安定に向けた取り組みを迫られることも考えられる。その意味では、新型コロナウイルスの行方は当面の景気のみならず、来年に迫る次期大統領選の行方にも影響を与えることになろう。
[1] 1月28日付レポート「フィリピン、2020年の経済成長率は▲9.5%と過去最大のマイナス成長」
[2] 2019年5月15日付レポート「フィリピン中間選挙、「ドゥテルテ色」が一段と強まる」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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