チリの感染状況が炙り出す新興国の新型コロナ対応の難しさ

~有効性に疑問が残る「中国製ワクチン」への依存は事態収束を困難にする可能性に要注意~

西濵 徹

要旨
  • 中南米のチリは「全方位外交」を展開するなか、中国の「ワクチン外交」も追い風にワクチンの調達を積極化させてきた。足下では全国民の9割以上が少なくとも1回はワクチン接種を行うなど「集団免疫」が期待される一方、同国で接種されたワクチンの約8割が中国製ワクチンとなるなかで依然として新規陽性者数は高止まりしている。中国製ワクチンは変異株への有効性に疑問が呈されるなか、足下で変異株による感染拡大に直面する新興国にとって事態収束が容易でないことを示唆する。世界経済は主要国を中心に回復への期待が高まる一方、アジアの感染動向は様々な経路を通じたリスク要因となる可能性に要注意である。

中南米のチリは、様々な国及び地域との間で自由貿易協定(FTA)を締結するなど伝統的に『全方位外交』を展開しており、昨年来の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)により同国でも感染拡大の動きが広がったことを受けて、同国政府は早期の感染収束を目指して『切り札』とされるワクチンの確保を積極化させてきた。結果、同国では昨年末に感染リスクが高い人を対象とするワクチンの使用が承認されるとともに接種が開始されたほか、今年2月には一般国民への接種も開始されるなど世界的にも早期に動き出すことが出来たほか、中国によるいわゆる『ワクチン外交』も追い風に、同国政府は今月末までに全人口の約8割に当たる1,500万人を対象にワクチン接種の完了を目指す計画を打ち上げた。こうしたなか、今月13日時点における完全接種率(接種に必要な回数をすべて受けた人の割合)は47.11%、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)は60.89%に上るなど、国民の9割以上が少なくとも1回はワクチン接種を受けるなど、一見すると『集団免疫』を獲得したと判断出来るような状況にある。なお、チリで接種されたワクチンについては、米国製ワクチンが18.2%、英国製ワクチンが1.8%に留まる一方で中国製ワクチンは80.0%となるなど、足下で新興国を中心に感染拡大の動きが広がっている感染力の強い変異株に対する有効性に疑問が呈されることが少なくない中国製ワクチンの割合が極めて高い。ワクチン接種が進んでいるにも拘らず、年明け以降の同国では夏季休暇の時期にマスクを外すなど感染対策が緩んだことに加え、変異株の流入もあり新規陽性者数が拡大傾向を強めるなど感染対策の難しさを改めて示す動きがみられた 1。その後は一時的に新規陽性者数が鈍化するも依然として高水準で推移している上、死亡者数も拡大傾向が続くなど事態収束にはほど遠い状況にある。さらに、感染者数そのものも過去2ヶ月近くに亘って高水準で推移しており、医療インフラに対して圧力が掛かる展開が続くなど難しい状況に直面している。足下における累計の陽性者数は148万人強に達する一方で累計の死亡者数は3万人強であることから、陽性者数に対する死亡者数の比率は2.07%と世界平均(2.25%)を下回る水準ではあるものの、ワクチン接種が大きく進むなどワクチン接種の『優等生』とも呼べる状況にも拘らず、世界平均との差が余り生じていない状況は同国で接種されているワクチンの大宗を占める中国製ワクチンの有効性に対する疑念を招きかねない。上述のように足下では新興国を中心に変異株による感染再拡大の動きが広がりをみせる一方、多くの新興国がワクチン確保を世界的な供給スキーム(COVAX)に依存するなかで充分な量の確保が進んでおらず、ワクチン接種率は低水準に留まるなど集団免疫の獲得には相当の時間を要する可能性が高い。他方、ワクチン外交を積極化させている中国製ワクチンについては上述のように有効性に疑問が残る上、同様の動きをみせるロシアでは足下で感染再拡大の動きがみられるなど 2、ロシア製ワクチンにも同様に疑念がくすぶる。さらに、足下では世界有数のワクチン生産国であるインドが感染爆発を理由に事実上の禁輸とするなど供給が滞る動きもみられるなか 3、わが国が主導する形でCOVAXの拡充が決定されたほか、先日開催されたG7サミットでもワクチン供給の拡充が謳われたものの、供給力の劇的な改善が見通しにくいなかでは新興国を取り巻く状況が大きく変化するとは見込みにくい。足下の世界経済は、欧米や中国など主要国での感染収束やワクチン接種の広がりを背景とする経済活動の正常化が回復を促すと期待されるものの、アジアをはじめとする新興国を取り巻く状況はサプライチェーンを通じて世界経済に様々な経路を通じて影響を与えることから、『リスク要因』となる可能性に留意する必要性は高いと言えよう。

図1
図1

図2
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以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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