ロシア、景気回復が進み中銀はインフレ警戒の背後で新型コロナ禍再燃の兆し

~国民の間にワクチンへの疑念がくすぶるなか、変異株の流入で景気に冷や水を浴びせる可能性~

西濵 徹

要旨
  • 足下の世界経済は、主要国で新型コロナウイルスの感染一服やワクチン接種により景気回復が進む一方、新興国では感染再拡大による行動制限の再強化が広がるなど好悪双方の材料が混在する。ただし、国際金融市場は世界経済の回復も追い風に活況を呈するなか、商品市況の高止まりはロシアへの資金流入に繋がっている。ロシアでは、年明け以降の感染一服を受けた経済活動の再開も追い風に幅広く景気回復が促される一方、国民の間にくすぶるワクチンへの疑念は接種の動きの鈍さに繋がっている可能性がある。
  • 景気回復の動きが進む一方、足下のインフレ率は中銀の定める目標を上回る推移が続いており、中銀は4月以降利上げ実施による金融政策の正常化に動いている。インフレ率は一段と加速感を強めるなか、中銀は11日の定例会合でも3会合連続の利上げ実施を決定し、先行きの追加利上げを示唆した。中銀は先行きの景気に自信をみせるが、足下では新規陽性者数が再拡大するなど「第3波」が顕在化しており、モスクワで事実上の都市封鎖が実施されている。金融市場がこうした動きを材料視するかは不透明だが、仮に第3波の動きが強まれば回復が期待された景気に冷や水を浴びせる可能性に留意が必要と言えよう。

足下の世界経済を巡っては、欧米や中国など主要国で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染拡大が一服するとともに、ワクチン接種の加速も重なり経済活動の正常化が進むなど景気回復が促される一方、新興国を中心に感染力の強い変異株による感染再拡大の動きが広がり、行動制限が再強化されるなど景気に冷や水を浴びせる動きがみられるなど、好悪双方の材料が混在している。なお、足下の国際金融市場は全世界的な金融緩和を背景に『カネ余り』の様相を一段と強めるなか、主要国を中心とする世界経済の回復も追い風に活況を呈する展開が続いており、一部のマネーはより高い収益を求めてリスク資産への資金流入が活発化する動きが続いている。さらに、国際金融市場の活況や世界経済の回復を受けて原油をはじめとする国際商品市況は底入れの動きを強める一方、OPEC(石油輸出国機構)プラスによる協調減産は段階的縮小を維持したため 1、需給のタイト化が期待されるなかで国際原油価格は高止まりしており、国際金融市場の活況も相俟って世界有数のロシアへの資金流入の動きが活発化して通貨ルーブル相場は底堅い動きをみせている上、株価は一段と底入れする動きを強めている。一方、ここ数年のロシア経済は欧米諸国との関係悪化が幅広い経済活動の足かせとなる状況が続いており、その一因となっている野党指導者のナワリヌイ氏を巡る問題も関係悪化を招く懸念がくすぶるほか、米ロ間でサイバー問題が顕在化するなどの動きもみられたものの、関係修復に向けた動きもみられるなど完全に亀裂が生じる事態は避けられている。こうしたなか、ロシア経済にとって輸出の半分以上を占める欧州経済の回復は製造業や鉱業部門を中心に景気回復を促すと期待される上、昨年末にかけて拡大傾向を強めた新規陽性者数も年明け以降は一転して鈍化したことに加え、昨年末以降に開始されたワクチン接種が進んでいることも追い風に経済活動は再開されており、人の移動も底入れの動きを強めていることも相俟ってサービス業の企業マインドも改善するなど景気回復のすそ野が広がっている様子がうかがえる。他方、ロシアは積極的なワクチン開発に動いて世界初の新型コロナウイルスワクチンを認可したほか、政府は『ワクチン外交』を積極化するなどの動きをみせており、積極的なワクチン接種を通じて早期の集団免疫獲得を目指す取り組みを進めてきた。なお、6月12日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は9.78%と世界平均(6.39%)を大きく上回るなど医療従事者を対象とするワクチン接種は進む一方、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)は12.65%と世界平均(12.49%)をわずかに上回る水準に留まる。こうした背景には、ロシア政府は自国製ワクチンの有効性を世界的に喧伝しているほか、プーチン大統領も4月の年次教書演説で国民にワクチン接種を呼び掛ける動きをみせているものの 2、国民の間では依然としてロシア製ワクチンの有効性に対する疑念がくすぶることが影響しているものと考えられる。

図1
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図2
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図3
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なお、上述したように足下のロシア経済は『新型コロナ禍』の影響を着実に克服しつつあると捉えられる一方、過去数年に亘る欧米諸国との関係悪化などを理由とする通貨ルーブル安を受けた輸入物価への押し上げ圧力に加え、昨年後半以降における国際原油価格の底入れの動きを反映したエネルギー価格の上昇なども相俟ってインフレ圧力が高まっている。こうした事態を受けて、中銀は3月に2年強ぶりとなる利上げ実施に踏み切るとともに、金融政策のスタンスを「中立的」とするなど金融政策の『正常化』に動いているほか 3、4月の定例会合でも追加利上げを実施するとともに、先行きの追加利上げを示唆する動きをみせるなど正常化の歩みを進めている。こうした中銀による対応は、足下における通貨ルーブル相場の底堅さを促す一助になっているとみられる一方、足下のインフレ率は一段と加速して5月は前年同月比+6.01%、コアインフレ率も同+6.04%とともに中銀の定めるインフレ目標(4%)を上回るなどインフレに対する警戒感が強まっている。こうしたなか、中銀は11日の定例会合でも政策金利を3会合連続で引き上げる(5.00%→5.50%)など一段の金融引き締めに動くとともに、会合後に公表された声明文では「景気回復局面でのインフレ圧力の高まりはインフレ率を大幅且つ長期的に目標から乖離させる可能性があり、今後の定例会合ではさらなる利上げ実施の必要性が生じる」との姿勢を示すなど一段の利上げ実施の可能性に言及した。さらに、先行きの物価動向については「幅広い分野で需要が供給能力を上回るなど短期的には上振れが見込まれ、家計部門のインフレ期待も高まっており、来年半ばにかけては高水準での推移が見込まれ、後半には目標に向けて収束する」との見通しを示した。また、景気動向については「想定を上回るスピードで景気回復が進んでおり、世界経済の回復が進むなかで外需がけん引役となる形で景気回復が促されるとともに国際商品市況の上昇が進む」とした上で、「今年4-6月に実質GDPは新型コロナ禍の影響が及ぶ直前の水準に回復する」との見通しを示し、先行きは「内需は財政政策の正常化の影響を受けるほか、外需は先進国による財政支援策やワクチン接種動向の影響を受ける」との見方を示した。その一方、物価を巡るリスクについて「インフレ期待の高まりとそれに伴う副次的効果を受けて促進する方向にシフトしている」としたほか、「短期的には地政学的な影響のほか、先進国における金融政策の動きを受けた金融市場のボラティリティの高まりも影響し得る」など、インフレ動向に対する警戒感をみせている。このように中銀は景気に対する自信を強める姿勢をみせているほか、そうした見方を反映して金融引き締めの動きを強めているものの、昨年末を境に頭打ちの動きを強めてきた新規陽性者数は今月に入って以降再び底入れするなど再拡大の兆候が出るなど『第3波』となる可能性が出ている。こうした事態を受けて、感染再拡大の中心地となっている首都モスクワでは今月15日から19日までを対象にエッセンシャルワーカー(社会生活にとって必要不可欠なライフラインを維持する仕事の従事者)を除くすべての労働者に対して自宅待機を求める『非労働日』とする事実上の都市封鎖(ロックダウン)に動くなど、景気回復の動きに冷や水を浴びせることが懸念される。足下における新規陽性者数の再拡大の動きは、他の新興国と同様に感染力の強い変異株によってもたらされている可能性が高い上、ロシア製ワクチンについては一部の変異株に対する有効性が低いとの研究結果もあることから、仮にワクチン接種が進展した場合においても感染収束に繋がるかは不透明なところもある。国際原油価格の高止まりが見込まれるなかでは国際金融市場がこうした動きを材料視するかは不透明ではあるものの、実体経済の回復に冷や水を浴びせる可能性には留意しておく必要があろう。

図4
図4

図5
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以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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