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不妊治療の着床前検査は先進医療Bへ

保険適用に向けて検討が進められることに

重原 正明

要旨
  • 3月3日に行われた厚生労働省の先進医療会議で、人工授精胚の染色体数を検査する着床前検査の手法を先進医療Bとすることが了承された。厚生労働大臣の承認等の手続きを経て、先進医療Bに指定されることとなる。
  • 先進医療とは高度な医療技術を用いた療養などのうち、保険適用の可否評価のために、保険診療ではないが保険診療との併用が認められた療養である。先進医療にかかる部分については全額個人負担となるが、通常の医療と共通する入院費などについては公的医療保険が適用される。
  • 今回認められた着床前検査は諸外国で一般的に行われているもので、日本産科婦人科学会では先進医療Aに指定されるべく活動していた。しかし主に安全性の問題から慎重な検討が必要とされ、行うための条件や実施機関・実施数がより限定される先進医療Bの扱いとなったものである。
  • 先進医療が受けられる患者にとっては、保険適用により金銭的負担が減少するとともに、着床前検査により流産率が低下して不妊治療を受ける回数が減るという効果も想定される。また着床前検査が先進医療に認められる方向となったことは、将来の保険適用に向けて一歩前進と言える。
  • 一方、厳しい条件が課される先進医療Bとなることで、多くの患者に対して着床前検査を受けることの経済的負担が大きい状態が続くこととなる。保険適用に向けて、エビデンスの集積が順調に進むことを望みたい。
目次

1.はじめに

不妊治療の標準的な治療法は2022年4月より条件を満たす人に対して保険適用となったが、付随的な治療法については保険適用を見送られたものも多かった(注1)。その中の一つである、妊娠出産の可能性を高めるために人工授精胚を検査する着床前検査の手法の一つについて、3月3日に行われた厚生労働省の先進医療会議において、先進医療Bとすることが了承された。厚生労働大臣の承認等の手続きを経て、厳しい条件付きではあるが、着床前検査に関する部分を除いて公的医療保険(以下「保険」)が適用される、先進医療に指定されることとなる。

このレポートでは、先進医療自体に対する解説を交えながら、今回の先進医療会議の決定について解説する。

2.先進医療とは何か

先進医療とは、保険が適用されないものの保険診療と併用できるものとして、法律上認められた療養(治療法など)の一つである。

保険は有効性・安全性・効率性の見地から、その適用範囲が決まっている。そして保険診療と保険外診療を同時に行う混合診療については、「保険を適用しない治療が一般化することによる患者負担の増大」「科学的根拠のない特殊な医療の実施を助長するおそれ」といった理由から、その可能な範囲が法律上規定されており、原則として禁止となっている。保険外診療を受ける場合には、その間の入院費など保険の対象範囲の出費についても、すべて全額自己負担しなければならない(注2)。

例外的に混合診療が認められる保険外診療には、将来的な保険適用のための評価として行う評価療養と、保険適用を目指さない選定療養(差額ベッド、一部の金歯等)があり、先進医療は評価療養の一つである。

先進医療は保険適用となっていない療養の評価のための制度であるが、必ずしも「先進」というイメージに合った最先端の技術だけが対象となるのではないことに留意されたい。例えば白内障の手術に関する多焦点眼内レンズについては永らく先進医療として行われていた(現在は選定療養)。

先進医療については、新規の術法や薬品を用いず、安全性が比較的高いとされる先進医療Aと、新規の薬品を用いるなど安全性が比較的低いとされる先進医療B に分けられる(注3)。どちらも実施にあたっては指定された実施医療機関が連携して結果をデータ化し、後の保険収載検討のための資料とすることとなるが、特に先進医療Bに関しては実施医療機関が全国で1か所というものも多く、対象となる患者の条件、実施数なども含めて比較的厳しい条件が課されることとなる(注4)。

3.今回の治療法と先進医療Bに指定された理由

今回の治療法は、着床前胚異数性検査(PGT-A)というものであり、体外受精胚(注5)を子宮に戻す前に、その一部を取り、染色体数の異常について検査を行う。その結果を患者に説明、カウンセリングの後に移植胚を1つ選び移植するというものである。

高齢の不妊治療患者においては胚を子宮に戻してもそこから妊娠・出産に至らない確率が高いが、胚の染色体異常も多いことが知られている。染色体異常は流産の主な原因となっており、このような患者などにおいてはPGT-Aを実施することで、胚移植1回あたりの流産率を低下させ、それによって不妊治療を受ける期間の短縮など患者の肉体的精神的負担を減らすことが期待される。

PGT-Aについては海外では一般的な手法となっている。日本産科婦人科学会では従来からPGT-Aについての特別臨床研究を行なっており、この研究の一環としてPGT-Aが実施されてきた。しかしこの特別臨床研究は2020年8月末に受付を終了した。

一方で保険適用が見送られたことから、PGT-Aは保険外診療となり、それを受けようとするカップルは、PGT-A以外も含め、採卵・受精から胚移植に至る一連の不妊治療全体が保険適用とならないこととなった(資料1)。このことから、同学会はPGT-Aが、特別臨床研究と同様の規模で全国的に行えることとなる、先進医療Aとなることを望んでいた。

図表1
図表1

しかしPGT-Aは胚の一部を採取することなどから、先進医療会議では安全性に関し慎重な判断が行われ、検査機器が薬事承認を受けていないこともあり、先進医療Bとして実施を認めることとなった(注6)。

申請医療機関は大阪大学附属病院で、市内の3つの関連医療機関が協力医療機関として患者登録にあたることとなる。対象となる患者は、体外受精又は顕微授精・胚移植(ART)で複数回不成功、複数回の流死産経験、あるいは患者かそのパートナーに染色体構造異常が確認されている、のいずれかの場合に限られている(注7)。

また今回は胚の選択ということについての社会的倫理的問題に関しては、先進医療会議では問題なしとしている。理由として、先進医療技術審査部会(先進医療会議の下部組織)の技術評価書には、患者への説明同意文書について先進医療技術審査部会の質問・コメントに基づく適切な対応がなされたこと、相談窓口が適切に設置されていることなどが書かれている。これに加え、実施機関が遺伝カウンセリング体制を完備していること、PGT-Aが日本産科婦人科学会の定める倫理規範に基づいて全国的に実施されてきたものであること、対象となる患者を上記の通り限定していること、胚の選択基準を日本産科婦人科学会の基準に沿って定めていること(男女の産み分けなどには使えない)なども踏まえたものではないかと考えられる。

4.おわりに

今回の承認で、着床前検査が先進医療Bとして混合診療の対象となる方向になった。最近の例では先進医療会議の承認から1か月程度で先進医療として認められている技術もあり、着床前検査も同様となる可能性がある。先進医療が受けられる患者にとっては、保険適用により金銭的負担が減少するとともに、着床前検査により流産率が低下して不妊治療を受ける回数が減るという効果も想定される。

ただしこの認定後も、先に述べた通り先進医療の対象とならない患者は不妊治療のサイクル1回分すべてが保険外診療となる。対象施設が大阪市に限定されることから、先進医療として受けられる患者は地域的に限定され、また先進医療としての実施数も制限されている。従って多くの患者に対して着床前検査を受けることの経済的負担が大きい状態が続くこととなる(注8)。

今回の先進医療としての了承においては対照群を置かず、これまでの日本産科婦人科学会の集計値との比較で有効性を判定するなど、検討のスピードアップを図るものと見られる試みも行われている。今回の了承によって、不妊治療に関する保険非適用の周辺技術で先進医療として申請されていたものについてほぼ結論が出された。今後は各治療の保険適用に向けて、速やかにエビデンスが集積されることを望みたい。

以 上

【注釈】

  1. 拙著「体外受精への保険適用の内容~今後の焦点は着床前検査と患者サポート~
  2. 実際には、新技術の研究の場合など研究費として医療提供側が一部あるいは全部を負担する場合もある。
  3. 先進医療Aと先進医療Bの区分については、例えば厚生労働省サイトの「https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/sensiniryo/heiyou.html」に記載されている。
  4. 厚生労働省インターネットサイトの「先進医療を実施している医療機関の一覧」「https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/sensiniryo/kikan02.html」によると、不妊治療の一つである子宮内膜刺激術(先進医療A)の実施機関数は168である(2023年3月7日調べ)。
  5. 卵子を採取して、子宮外で授精させてできた胚のこと。体外受精には、精子に自然に受精させる狭義の体外受精のほか、精子をガラス針で直接卵子に注入するなど顕微鏡下で授精の手助けを行う顕微授精がある。本稿では両者をまとめて「体外受精」と呼ぶこととする。
  6. 着床前検査には、PGT-Aのほかに、対となる染色体の長さがそろっているかを検査する、着床前胚染色体構造異常検査(PGT-SR)などもある。これは今回の認定対象とはなっていない。
  7. 日本産科婦人科学会は自身の指針においてPGT-Aの対象を限定している理由について「胚移植1回あたりの流産率は低下することは多くの研究で確認されていますが、一方で国内および海外の研究では一定期間に子供を持つことができる確率(生児獲得率)を上昇させることができるかは証明されておりません。最近の研究によっては実施条件を定めずにPGT-Aを実施した場合に生児獲得率をむしろ低下させてしまう可能性を示す報告もあります。その原因として胚生検による胚のダメージや、染色体モザイクなどの異常が疑われる胚は妊娠継続可能性があるにもかかわらず胚移植として選択されなくなってしまうといったことなどが考えられています」などと説明している。 (不妊症および不育症を対象とした着床前遺伝学的検査の見解、PGT-AおよびPGT-SRそれぞれの細則に関するQ&A:「https://www.jsog.or.jp/activity/pgt-a/4_pgt-asr-qa.pdf」 なお染色体モザイクとは一つの胚に染色体異常がある細胞とない細胞が混じっている状態のことである。
  8. 別の手法によるPGT-Aが先進医療Bとして徳島大学病院から申請されており、現在先進医療会議で検討中である。

【参考文献】

重原 正明


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。