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英スナク首相、7月の総選挙を決断

~保守党の劣勢が続く、労働党政権が誕生へ~

田中 理

要旨
  • 英国のスナク首相は22日、7月4日に前倒しで総選挙を行うことを決断した。世論調査で与党・保守党は野党・労働党に大幅なリードを許すが、優先課題の達成をアピールし、追い上げに一縷の望みを託した。とは言え、2010年から続く保守党政権からの変化を求める有権者が多く、労働党が政権を奪取する公算が大きい。次期首相となる可能性が高いスターマー労働党党首は、全党首の下の国有化方針を撤回、財政規律の順守を約束し、経済活性化による成長底上げを目指す。金融市場は労働党の政権奪取を好感する可能性が高い。

英国の保守党政権を率いるスナク首相は22日、議会を前倒しで解散し、7月4日に総選挙を行うことを発表した。各種の世論調査で与党・保守党は最大野党・労働党に大幅なリードを許している(図表1)。来年1月に議会任期満了を控えているが、年末年始の休暇時期の総選挙を回避するのが通例だ。与党の支持率が回復するのを待って、秋から冬にかけて総選挙を行うとみられていた。スナク首相は2023年の年頭所感で、①インフレ率の半減、②経済成長、③政府債務の削減、④国民医療サービス(NHS)の待ち時間減少、⑤ドーバー海峡を小型ボートで渡る不法移民の抑制(図表2)を5つの最優先課題に掲げていた。4月下旬に不法移民をルワンダに移送する計画の実行に必要な法案が議会で可決され、5月10日に発表された1~3月期のGDPが前期比+0.6%、同年率+2.5%と過去2四半期のマイナス成長(テクニカル・リセッション)を脱却、同月22日に発表された4月の消費者物価が前年比で+2%台前半に上昇率が鈍化した(図表3)。支持率低迷が続いているが、優先課題の達成をアピールできるタイミングでの総選挙実施に一縷の望みを託した。

とは言え、欧州連合(EU)離脱後の経済・社会の混乱、金融市場の動揺を招き、就任から1ヶ月足らずで退任したトラス前首相の政策迷走、ジョンソン首相時代の政府関係者による相次ぐスキャンダル発覚、2010年以来続く保守党政権からの変化を求める声、最近、調査報告書が公表された1970~90年代の薬害に対する政府への責任追及などが労働党の追い風となっている。英国の総選挙は小選挙区制で行われ、右派ポピュリスト政党・英国改革党(リフォームUK)の台頭による保守票の分断や、スコットランドで圧倒的な地盤を誇ってきた左派系地域政党・スコットランド国民党(SNP)の凋落も労働党を利するとみられている。前哨戦となった5月の統一地方選挙でも、保守党は労働党に大敗を喫した。

保守党政権を率いるスナク首相は、投資減税の恒久化や国民保険料率の引き下げ、景気回復や物価沈静化の達成、イングランド銀行(BOE)による利下げ開始、不法移民のルワンダへの移送計画開始などで追い上げを目指す。しかし、逆転への道のりは険しく、7月の総選挙では労働党が勝利し、2010年の下野以来となる政権奪還が現実味を帯びている。

次期首相となる可能性が高い労働党のスターマー党首は、検察トップ出身の党内穏健派。経済財政運営を担うであろうリーヴス影の財務相は、BOEや英大手銀行での職務経験がある現実主義者とされる。労働党は、都市部や労働組合などの票を固めるとともに、2019年の前回総選挙で保守党に奪われたイングランド北部の議席奪還や、スコットランドの選挙区での攻勢を通じて、ブレア旋風を巻き起こした1997年の総選挙時に匹敵する地滑り的勝利を目指している。筋金入りの社会主義者として知られたコービン前党首が、基幹産業の国有化、反緊縮財政、量的緩和を通じた公的サービスの拡張、非核化など、保守党政権からの大規模な政策転換を主張していた。スターマー党首は、幅広い有権者にアピールするため、前党首の下の国有化の方針を撤回、財政規律の遵守を約束し、経済活性化による成長率の引き上げを目指している。

労働党は今回の選挙戦で「英国再建」をスローガンに掲げる。経済や財政運営の安定性重視、公営エネルギー企業の創設、NHSの待ち時間減少、不法移民の取り締まり強化と国境警備機関の創設、治安強化のための警察官の増員と犯罪者への罰則強化、私立学校への税優遇廃止や教師増員など、保守党と似通った政策に取り組むことを約束している。英国の財政状況は厳しい。財政規律を軽視し、金融市場の混乱を招いたトラス前首相の二の舞を避ける必要があり、労働党が政権に就いた場合も、財政運営の自由度は低い。

こうしたスターマー氏の現実路線を反映して、金融市場参加者は労働党の政権奪取を好感する可能性が高い。特に労働党が過半数を大幅に上回る勝利を収めた場合、政治的な安定性が増すと受け止められよう。EUとの関係改善に向けた協議が開始されることも予想され、労働党の長期政権が誕生すれば、将来的にEUの関税同盟や単一市場への再加盟の可能性も浮上しそうだ。

(図表1)英国総選挙の支持政党と得票率
(図表1)英国総選挙の支持政党と得票率

(図表2)ドーバー海峡を小型ボートで英国に渡る不法移民数
(図表2)ドーバー海峡を小型ボートで英国に渡る不法移民数

(図表3)英国の消費者物価の推移(前年比)
(図表3)英国の消費者物価の推移(前年比)

以上

田中 理


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