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EUの未来を占う欧州議会選挙

~極右躍進で何が変わり、何が変わらない~

田中 理

要旨
  • 6月6~9日にEU加盟各国で行われる欧州議会選挙は、保守系会派、極右会派の所属政党に加え、会派に所属しない政党を含め、右派勢力が議席を増やす可能性が高い。中道右派と中道左派の二大会派では、議会の多数派を構成することができず、現議会と同様にリベラル会派が協力して議会運営を行うのがメインシナリオとなる。だが、右派会派が世論調査以上に議席を伸ばし、同勢力の協力なしに議会運営や欧州委員会委員長の任命ができない場合、EUの政策運営、高官人事、欧州委員の人選への影響も無視できなくなる。行政執行機関である欧州委員会の委員長職には、中道右派会派の筆頭候補である現職のフォン・デア・ライエン氏の続投が有力視されるが、欧州議会での承認作業に不安が残る。イタリア前首相でECB総裁を務めたドラギ氏を推す声もあるが、非政治家である同氏の就任は最終手段。各会派の獲得議席、選挙後の合従連携、高官人事の行方、EUの重点政策の軌道修正、加盟国の国内政治への波紋などが主な注目点となろう。

欧州連合(EU)に加盟する27ヶ国では6月6~9日に5年に1度の欧州議会選挙が行われる。欧州議会は直接選挙で選ばれる加盟国の代表(欧州議員)で構成され、かつては諮問・監視機関という位置づけだったが、現在は加盟国の閣僚で構成される閣僚理事会とともに、EUの共同立法機関である。つまり、現在ではEUの政策を決定するには、加盟国と欧州議会の双方での合意が必要となる。英国のEU離脱で定数が削減され、現在の定数は720議席。大まかな人口規模に応じて加盟国毎に議席が割り当てられており、選挙は国毎に行われる。選出された議員は国単位で活動するのではなく、国を横断した欧州議会の会派を結成し、原則として会派単位で投票を行う。従来は中道右派会派の「欧州人民党(EPP)」、中道左派会派「社会民主進歩同盟(S&D)」が協力して議会運営を主導してきたが、近年では二大会派で多数派を形成することが難しくなりつつあり、前回2019年の選挙後はリベラル会派「欧州刷新(リニュー・ヨーロッパ)」が協力する形で議会が運営されてきた。

各種の世論調査によれば、今回の選挙では2大会派がやや議席を落とし、前回選挙で躍進したリニュー・ヨーロッパや環境会派「欧州緑の党・自由連盟(Greens|EFA)」が大幅に議席を失うとみられている(図表1)。代わりに議席を伸ばしそうなのが、フランスの国民戦線などが加わる極右会派「アイデンティティと民主主義(ID)」や、イタリアの政権与党・イタリアの同胞などが加わる保守会派「欧州保守改革(ECR)」だ(図表2)。また、EPPを脱退したハンガリーの政権を率いる保守系ナショナリスト政党・フィデス、ナチス親衛隊を巡る欧州議会議員候補の発言で極右会派を追放されたドイツの右派ポピュリスト・ドイツのための選択肢(AfD)など、会派に所属しない右派政党も議席を伸ばす可能性がある。このため、欧州議会を構成する議員の中心軸は右傾化が進むことになりそうだ。

(図表1)欧州議会選挙の会派別予想獲得議席数
(図表1)欧州議会選挙の会派別予想獲得議席数

今のところ、二大会派にリベラル会派を加えた3会派が緩やかに連携して議会運営を行う可能性が高い。国政レベルの議会運営と異なり、欧州議会では異なる会派間で正式な連立綱領を結び、議会運営を行う訳ではない。法案毎に多数派を形成するため、議会全体の右傾化は法案審議にも少なからず影響を及ぼす。また、欧州議会選挙の結果は、EUの高官人事も左右する。EUの行政執行機関で政策運営に大きな影響を持つ欧州委員会の委員長は、加盟国の首脳で構成される欧州理事会と加盟国の代表で構成される欧州議会によって任命される。欧州議会の最大会派の委員長候補(筆頭候補)が同ポストに就くのが一般的だが、世論調査でリードする中道右派会派が欧州議会の過半数を確保する可能性は低く、欧州議会での承認には他会派の協力が必要となる。協力の見返りに、欧州理事会の常任議長(一般にEU大統領と呼ばれる)、欧州議会議長、外交・安全保障上級代表などの重量級ポストや、EUの閣僚に相当する欧州委員のポストを要求する可能性がある。

(図表2)欧州議会の会派と主な所属政党
(図表2)欧州議会の会派と主な所属政党

中道右派会派の筆頭候補でもある欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、極右会派との連携を否定する一方、最近、保守会派と協力する可能性を示唆し、議論を巻き起こしている。保守会派には、ムッソリーニ支持者が結党した政党の流れを汲むイタリアの政権与党・イタリアの同胞、ポーランドの前政権を率いてEUと衝突を繰り返したナショナリスト政党・法と正義、メディアで極右政党と称されることが多いスペインのボックスやスウェーデンの民主党などが所属する。中道左派会派はフォン・デア・ライエン氏の保守会派への接近に猛反発している。欧州議会選挙で中道右派会派が第一党となった場合、フォン・デア・ライエン氏の続投が欧州理事会の多数決で承認されることが確実視される一方、選挙結果次第で欧州議会での承認作業が難航する恐れがある。同氏の保守会派への接近は欧州議会での承認作業を睨んだ動きと捉えることができる。前回2019年の同氏の委員長就任は、過半数を僅か数票上回る僅差で承認された(図表3)。投票者の内訳は公表されていないが、会派別の議席数や関係者の発言から推測する限り、二大会派からも多くの造反者が出たものと考えられる。

(図表3)2019年の欧州議会でのフォン・デア・ライエン委員長の承認投票
(図表3)2019年の欧州議会でのフォン・デア・ライエン委員長の承認投票

フォン・デア・ライエン氏は中道右派会派に所属し、ドイツの家族・高齢者・女性・青少年相、労働・社会相、国防相を歴任した人物だが、前回の欧州議会選挙では中道右派会派の筆頭候補ではなかった。主要会派や加盟国間の意見相違で委員長選出が難航した際、フランスのマクロン大統領が同氏の委員長就任を進言したとされる。筆頭候補でなかった同氏の就任に反発した中道右派会派の議員や、自国出身ながら所属会派が異なるドイツの社会労働党(SPD)の議員などが反対票を投じたとされる。続投を目指すフォン・デア・ライエン氏は今回、中道右派会派の正式な筆頭候補で、同会派内から前回ほどの造反は予想されないが、一部に同氏の擁立に反対する動きもある。場合によっては、保守会派の協力で議会承認を乗り切ることも視野に入れているほか、保守会派に接近する姿勢をみせることで、逆に右派勢力の結集を警戒する中道左派会派の支持獲得を目指している可能性がある。EU運営での極右勢力の影響力拡大、ウクライナやイスラエル情勢など地政学的な緊張の継続、米大統領選挙でのトランプ氏の再登板の可能性などを考えると、中道左派会派は最終的にフォン・デア・ライエン氏の再任を支持するとみられる。

保守会派が世論調査が示唆する以上に躍進し、同会派の協力なしにフォン・デア・ライエン氏が議会承認を乗り切ることが難しくなる場合、会派間の協力は難しさを増すことになる。中道左派会派が保守会派との共闘を拒否し、フォン・デア・ライエン氏が承認されないケースや、中道右派・保守・極右の右派系3会派の協力で委員長に再任する可能性も出てくる。フォン・デア・ライエン氏が自ら極右会派に委員長再任での協力を要請する可能性は今のところ低いが、極右会派が一方的に同氏の議会承認に賛成票を投じることで、第二期フォン・デア・ライエン体制の発足を後押しする可能性がある。極右会派のリーダー格は、フランス大統領選をマクロン氏と争ったルペン氏が率いるフランスの極右政党・国民連合だ(より幅広い世代への党勢拡大と党のイメージ刷新のため、現在の党首は20代後半のバルデラ氏が務める)。フランス議会では昨年、政府が提案した移民規制の強化法案に与党内から造反者が出るなか、国民連合が一方的に賛成票を投じ、法案成立を自らの功績としてアピールしたことがある。フォン・デア・ライエン氏の委員長再任で同じ手法を使う可能性もある。

ルペン氏は保守会派のリーダー格であるイタリアのメローニ首相に対して、欧州議会選挙後の共闘を呼び掛けている。両会派が合流すれば、中道左派会派を抜き、欧州議会の二番手勢力となる。会派に属さないハンガリーのフィデスなどが加われば、中道右派会派をも凌駕しかねない。メローニ氏がルペン氏の呼びかけに応じるかは不透明だ。メローニ氏はイタリア首相に就任して以来、EUとの対決姿勢を封印し、フォン・デア・ライエン氏や欧州主要国の首脳と友好的な関係を構築してきた。欧州議会選挙後も保守会派の中道化を進める可能性がある。その場合、現在、保守会派に加わる政党の一部が極右会派に鞍替えすることも考えられる。保守会派や極右会派の協力でフォン・デア・ライエン氏の続投が決まる場合、EUの政策運営や人事面での影響が大きくなる。協力の見返りに、移民・難民に関連した欧州委員ポストや副委員長ポストを要求する可能性がある。

EUの高官人事は、所属会派、出身国、性別などのバランスに配慮して決定される。下馬評通りにフォン・デア・ライエン氏(中道右派所属、ドイツ出身、女性)が欧州委員長に再任される場合、EU大統領ポストは中道左派会派からポルトガル前首相のコスタ氏(男性)、デンマークのフレデリクセン首相(女性)、スウェーデンのローベン元首相(男性)などが有力候補となり、外交・安全保障上級代表はリベラル会派から中東欧や小国出身者が選ばれる可能性がある(図表4)。欧州議会議長はこれまでの慣例通り、中道右派と中道左派が交代で担う可能性があり、現職のメッツォラ氏(中道右派所属、マルタ出身、女性)がひとまず続投し、中道左派の出身者が引き継ぐなどが考えられよう。万が一、フォン・デア・ライエン氏が欧州議会で承認されない場合、中道右派会派はギリシャのミツォタキス首相(男性)、クロアチアのプレンコビッチ首相(男性)、欧州議会のメッツォラ議長(女性)などを擁立する可能性がある。イタリアの前首相で欧州中央銀行(ECB)の総裁も務めたドラギ氏を推す声も多いが、会派に所属しない非政治家である同氏の就任は最終手段だろう。加盟国や国際社会からの信任の厚いドラギ氏が委員長に就任すれば、EUの競争力回復や債務共有化への期待が高まり、金融市場は好感することが予想される。

(図表4)EUの主要高官人事
(図表4)EUの主要高官人事

今回の欧州議会選挙の注目点を挙げると、各会派の獲得議席、選挙後の政党や会派間の合従連携の行方、欧州委員会委員長を中心としたEUの高官人事への影響、議会の右傾化や人事に関連したEUの重点政策の軌道修正、加盟国の国内政治への波紋など。右派躍進に伴い、移民規制の厳格化や国境管理の強化、治安・安全保障の重視、気候変動対策の見直しなど、EUの政策アジェンダのシフトが予想される。EUの次期執行部にとっての重要課題は、ウクライナ支援継続の是非、支援継続に伴う財政負担増加と財源捻出、ウクライナのEU加盟是非、競争力回復、対米・対中政策、サプライチェーンの多角化など。オランダやオーストリアなどで極右が主導する政権が誕生する可能性が高まっており、EU運営の障害となる恐れもある(5月14日付けレポート「再び欧州に押し寄せる移民・難民(その3)」、5月17日付けレポート「オランダで極右主導の政権が誕生」)。また、欧州議会選挙の国内政治への波紋が最も不安視されるのがフランスだろう。内閣不信任投票が可決され、前倒し選挙となれば、極右政党が第一党となる恐れがある(6月3日付けレポート「フランス国債格下げ、マクロン大統領に痛手」)。

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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