中国、春節の時期のズレを加味してもデフレ傾向は続いている

~当局は株価対策に躍起も構造問題が置き去りのなかで「焼け石に水」となる懸念はくすぶる~

西濵 徹

要旨
  • 足下の中国経済は供給サイドで底入れの動きが続く一方、需要サイドは力強さを欠くなど需給ギャップの拡大がデフレ懸念を招く状況に直面している。企業マインドは一見すれば改善を示唆する動きがみられるも、先行きに不透明感がくすぶる内容であり、ディスインフレ圧力がくすぶる上、デフレの輸出が警戒される動きもみられる。よって、足下の中国経済にはデフレの「マグマ」がこれまで以上に溜まっていると言える。
  • 過去数ヶ月に亘ってインフレはマイナスで推移しているが、1月のインフレ率も前年比▲0.8%と14年半弱ぶりのマイナス幅となっている。春節の時期のズレを勘案する必要はあるが、全般的に財価格に下押し圧力が掛かるなどディスインフレ基調が強まる動きがみられる。川上の生産者物価も1月は調達価格が前年比▲3.4%、出荷価格も同▲2.5%とマイナスで推移しており、川下段階にかけてディスインフレ圧力が伝播している。先行きについても消費者段階でのデフレ基調が一段と強まる可能性が高まっていると捉えられる。
  • 中銀は預金準備率の引き下げに動く一方、共産党の影響力が拡大するなかで人民元安を招くことを警戒して利下げに及び腰の対応が続く。一方、当局は株価対策に躍起になる動きをみせるが、構造問題の解決が置き去りにされるなかで一連の対応が「焼け石に水」となる可能性は高い。資産デフレをきっかけに本格的なデフレに陥る岐路に立つなか、今後も当局の一挙一動に揺さぶられる展開が続くことは避けられない。

昨年の中国経済を巡っては、経済成長率は+5.2%と政府目標(5%前後)を上回る伸びとなるなど、一見すれば堅調さを維持している。10-12月の実質GDP成長率も前年同期比+5.2%と前期(同+4.9%)から伸びが加速しており、前期比年率ベースでも+4.1%と前期(同+6.1%)からペースこそ鈍化するもプラス成長で推移するなど底入れの動きが続いている。ただし、足下の景気を巡っては供給サイドがけん引役となる動きがみられる一方、需要サイドでは家計消費は力強さを欠く推移をみせている上、経済成長を押し上げてきた不動産投資も弱含むなど内需を取り巻く状況は厳しい展開が続いている。さらに、外需についてもここ数年の米中摩擦や世界的なデリスキング(リスク低減)を目的とするサプライチェーン見直しの動きに加え、コロナ禍からの世界経済の回復をけん引してきた欧米など主要国の景気にも陰りが出ていることも重なり下押し圧力が掛かる動きがみられる。このように需給ギャップの広がりが意識される状況を反映して昨年の名目経済成長率は+4.6%と実質成長率を下回る伸びとなるなど6年ぶりに『名実逆転』となり、ディスインフレ圧力が掛かりやすくなるとともに内需の弱さがデフレ圧力を加速させる懸念が高まっている(注1)。また、コロナ禍を経て中国においては人口減少局面入りが前倒しされる事態に直面するなか、当局はいわゆる『三人っ子政策』に舵を切るなど出生数の増加を目指す動きをみせているものの、昨年も2年連続で総人口は減少するとともに減少ペースが加速するなど潜在成長率の低下も避けられなくなっている。こうしたなか、足下の企業マインドを巡っては、政府統計は生産活動を中心に底打ちする様子がうかがえる一方、受注動向は内・外需双方で弱含みする動きが確認されるとともに雇用調整圧力もくすぶるなど、先行きに対する不透明感が残る動きがみられる(注2)。その一方、民間統計については製造業、サービス業ともに政府統計とは対照的に堅調な動きをみせるものの、生産活動が活発化しているにも拘らず雇用調整圧力がくすぶるとともに、価格競争の激化や中国国内において在庫が積み上がるなかで出荷価格に下押し圧力が掛かるなど、ディスインフレ圧力が一段と強まるとともに『デフレの輸出』に繋がる動きもみられる。したがって、足下の中国景気は引き続き供給サイドを中心に拡大の動きが続いているとみられるものの、デフレの『マグマ』はこれまで以上に溜まっている可能性に留意する必要がある。

図 1 財新製造業・サービス業 PMI の推移
図 1 財新製造業・サービス業 PMI の推移

中国においては過去数ヶ月に亘ってインフレ率がマイナス圏で推移する展開が続いているなか、1月の消費者物価は前年同月比▲0.8%と4ヶ月連続のマイナスになるとともに、前月(同▲0.3%)からマイナス幅も拡大して2009年9月以来の水準となるなど頭打ちの動きを強めている。ただし、今年は春節(旧正月)連休の時期が昨年から大きく後ろ倒しとなるなどその影響を勘案する必要があるものの、前月比は+0.3%と前月(同+0.1%)から2ヶ月連続で上昇するなど単月ベースではインフレ圧力が強まる動きがみられる。このところの原油の国際価格が頭打ちする動きをみせているほか、ウクライナ戦争以降の同国はロシアから割安な原油輸入を拡大させていることも重なり、足下のエネルギー価格に下押し圧力が掛かる動きがみられる一方、生鮮品をはじめとする食料品価格は上昇する展開が続くなど、生活必需品を巡る物価の動きはまちまちの様相をみせる。他方、食料品とエネルギーを除いたコアインフレ率は前年同月比+0.4%と前月(同+0.6%)から鈍化しており、2021年3月以来となる低い伸びとなるなど頭打ちの動きを強めている様子がうかがえる。前月比は+0.3%と前月(同+0.1%)から2ヶ月連続で上昇している上、そのペースも加速しているものの、これは先月半ばからの春節期間前後の大移動(春運)に関連して観光関連(前月比+4.2%)や家庭サービス(同+2.7%)を中心とするサービス物価に上昇圧力が掛かるなど季節的な要因が大きく影響を与えていることに留意する必要がある。さらに、エネルギー価格の調整を反映して輸送コストに下押し圧力が掛かっていることに加え、若年層を中心とする雇用回復の遅れも影響して家計部門は財布の紐を固くする展開が続くなかで幅広く財価格に下押し圧力が掛かる動きがみられるなど、ディスインフレ基調が強まっている様子は続いていると捉えられる。

図 2 インフレ率の推移
図 2 インフレ率の推移

さらに、川上の段階に当たる生産者物価の動きも中国の景気減速懸念の高まりを反映して商品市況に調整圧力が強まる状況を受け、1月の調達価格は前年同月比▲3.4%と12ヶ月連続のマイナスで推移するも前月(同▲3.8%)からマイナス幅は縮小しているものの、前月比は▲0.2%と前月(同▲0.2%)から3ヶ月連続で下落するなど下振れする動きが続いている。エネルギー関連や原材料関連を中心に物価に下押し圧力が掛かる動きがみられるほか、中間財関連の物価にも下落する動きが確認されるなど、川上から川中段階にかけて幅広くディスインフレの動きが続いている様子がうかがえる。また、上述のように川上から川中にかけてディスインフレ傾向が続くなか、1月の出荷価格も前年同月比▲2.5%と16ヶ月連続のマイナスで推移するも前月(同▲2.7%)からマイナス幅は縮小しているものの、前月比は▲0.2%と前月(同▲0.3%)から3ヶ月連続で下落するなど、川下の消費者段階に向けてディスインフレ圧力が伝播する動きがみられる。生産活動に必要な原材料や中間財などの出荷価格が下振れする展開が続いている上、消費財も食料品や日用品のみならず、家計消費が力強さを欠く推移が続くなかで価格競争激化の動きが活発化していることも重なり耐久消費財は一段と下振れする動きが確認されるなど、消費者段階においても一段とディスインフレ基調が強まることが考えられる。その意味では、足下の中国経済を巡ってはデフレ傾向が一層強まりやすい状況に直面していると捉えられる。

図 3 生産者物価の推移
図 3 生産者物価の推移

なお、こうした状況の脱却を目指すべく、中銀(中国人民銀行)は今月5日付で預金準備率を50bp引き下げるなど金融緩和に舵を切る動きをみせているものの、利下げには及び腰の姿勢をみせる展開が続いている。この背景には、コロナ禍を受けて銀行を中心とする金融セクターの収益は圧迫されたことに加え、その後の経済活動の正常化にも拘らず足下の不動産市況は調整の動きを強める展開が続いており、利下げ実施により収益が一段と圧迫されることを警戒しているとみられる。さらに、昨年の人民元安を受けて米ドル建で換算したGDPは29年ぶりの減少に転じるなど世界経済における存在感の低下を招いており、中銀による利下げが人民元安を引き起こすことを警戒して動けない状況に陥っている可能性もある。先月に国務院は中国人民銀行金融政策委員会条例の改正を公表し、政策運営を巡って共産党の関与を一段と強化する方針を示しており、一義的には金融危機の封じ込めを目的としているとみられるものの、結果的に政策の手足を縛る状況に陥っているとも捉えられる(注3)。他方、景気減速懸念の高まりを受けた株価低迷の動きに歯止めを掛けるべく、株価対策を目的とする2兆元規模の安定化基金創設や空売り制限の強化に加え、機関投資家に対して株式取引の拡大を要請し、上場企業に自社株買いの強化を促すほか、政府系ファンドもETF(上場投資信託)への投資拡大を表明するなど様々な形でPKO(株価維持政策)に舵を切る動きをみせている。ただし、足下の中国経済を巡る課題は不動産の過剰供給や地方政府の過剰債務のほか、『国進民退』とも称される民間企業への過度な締め付けといった構造問題に起因しているにも拘らず、こうした課題の解決に手が付かない状況が続いていることを勘案すれば『焼け石に水』となる可能性はくすぶる。その意味では、資産デフレをきっかけに本格的なデフレに陥る瀬戸際にある状況は変わらず、今後も当局の一挙一動に注目が集まる展開が続くであろう。

図 4 米ドル建 GDP の推移
図 4 米ドル建 GDP の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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