2023年の中国経済は「政府目標」をクリアしたものの…

~デフレ基調は明らか、人口減少に構造問題を抱えるなど、中長期的にも厳しさを増す展開が続く~

西濵 徹

要旨
  • 昨年の中国経済は供給サイドをけん引役に景気の底入れが進む一方、内・外需双方で需要サイドは弱含む推移が続くなど需給ギャップの拡大が意識される状況にある。不動産市況の低迷など資産デフレを機にディスインフレ圧力が強まる動きがみられるなど、デフレに陥るリスクが一段と高まる状況に直面している。
  • 10-12月の実質GDP成長率は前年比+5.2%と一見底入れの動きを強めるが、一昨年末の唐突なゼロコロナ終了による経済混乱の反動が影響している。前期比年率ベースでは+4.1%に留まるほか、勢いを欠く推移が続く。昨年通年の経済成長率は+5.2%と政府目標をクリアしたが、名目成長率はこれを下回る伸びに留まるなどデフレ懸念は明らかであり、人民元安により米ドルベースのGDPは減少する動きも確認された。
  • 12月単月の経済指標は前年に落ち込んだ反動で前年比では軒並み堅調な推移をみせる。鉱工業生産(前年比+6.8%)は引き続き堅調に推移するなど供給サイドをけん引役にした景気底入れを反映した動きが続く一方、小売売上高(前年比+7.4%)は家計消費の跛行色の強さを示唆する動きをみせる。固定資産投資(年初来前年比+3.0%)も政策支援を通じた国進民退色の強まりを反映した動きが確認されるほか、不動産投資の低迷は幅広い経済活動の足かせとなるなど、構造問題が経済の重石となる状況が確認される。
  • 国家統計局は昨年の経済成長率について「苦労の上に勝ち取った」との認識を示す一方、今年については些か楽観的な見通しを示すとともに、政策余地の大きさをその理由に挙げる。しかし、昨年は人口減少ペースが加速する動きが確認されたほか、構造問題が経済の足かせとなる状況が一段と深刻化するなか、短期のみならず中長期的にも同国経済を取り巻く環境は厳しさを増していくことは避けられないとみられる。

昨年の中国経済を巡っては、一昨年末に当局が突如ゼロコロナ戦略の解除に舵を切ったことを受けて当初は混乱する動きがみられたものの、その後は経済活動の正常化が進んでいることも追い風に、供給サイドをけん引役とする形で景気の底入れが進んでいる様子がうかがえる。他方、長期に亘って当局がゼロコロナ戦略に拘泥した『後遺症』として、若年層を中心とする雇用環境の回復の遅れが長引くなかで将来不安も重なり、家計消費は力強さを欠く推移が続いている。さらに、近年の中国経済は不動産投資に過度に依存する形で成長を実現してきたものの、需要低迷による市況の悪化は幅広い経済活動の足かせになっている上、不動産が数少ない投資手段であるなかで市況低迷が需要の悪化を招く悪循環に陥っている。また、不動産市況の低迷はバランスシート調整を通じて金融機関のほか、企業、家計など幅広い分野で実質購買力を下押ししており、景気に対する不透明感や習近平指導部の下での事業環境の悪化懸念も重なり対内直接投資も下振れするなど、全般的に内需の足かせとなる事態を招いている。他方、外需もここ数年の米中摩擦の激化、コロナ禍やウクライナ戦争をきっかけに世界的に分断の動きが広がるなかでデリスキング(リスク低減)を目的とするサプライチェーン見直しの動きも重なり、不透明感が増す展開が続いている。このように国内・外双方で需要サイドは弱含みする動きがみられるなど、需給ギャップの拡大が意識されやすい状況にある上、上述のように不動産市況の低迷による資産デフレの動きも追い風にディスインフレ圧力が強まる動きがみられるなど、足下の中国経済は『デフレ』に陥るリスクが一段と高まる状況にある(注1)。

図1 主要70都市の新築住宅価格動向の推移
図1 主要70都市の新築住宅価格動向の推移

このように足下の中国経済を取り巻く状況には不透明感が高まる動きがみられるものの、昨年10-12月の実質GDP成長率は前年同期比+5.2%と前期(同+4.9%)から伸びが加速するなど、一見すると景気底入れの動きを強めている様子がうかがえる。なお、国家統計局が公表している季節調整値に基づく前期比の成長率は+1.0%となっており、年率換算ベースでは+4.1%と前期(同+6.1%)から拡大ペースは鈍化していると試算されるなど、足下の景気は底入れの動きが続いているものの、その勢いに陰りが出ている様子がうかがえる。分野別では、昨年末にかけて当局が景気下支えの観点からインフラ関連などをはじめとする公共投資の積み増し、ないし進捗前倒しに向けた動きを強化していることに加え、製造業を中心とする企業は価格を抑えることで輸出を押し上げる動きを活発化させる動きが確認されていることも追い風に、製造業や建設業をはじめとする第2次産業で生産拡大の動きが広がっている様子がうかがえる。さらに、上述のように家計消費をはじめとする内需は力強さを欠く推移をみせていることを反映して小売・卸売関連を取り巻く環境は厳しい展開が続いているとみられるものの、経済活動の正常化が進展するなかで観光関連や娯楽関連、物流関連は底堅い動きをみせているほか、昨年末にかけての米ドル高一服を受けた人民元高の動きは金融取引の活発化を促したとみられ、第3次産業の生産は底堅い動きをみせている。他方、エルニーニョ現象など異常気象の頻発に加え、先月の甘粛省と青海省の境界付近で発生した地震も重なり、農林漁業関連や鉱業部門の生産は頭打ちの動きを強めるなど、景気の重石となっている様子がうかがえる。なお、昨年通年の経済成長率は+5.2%と昨春の全人代(第14期全国人民代表大会第1回全体会議)で示された政府目標(5%前後)をクリアするなど、習近平指導部としては面子を保った格好である一方、名目経済成長率は+4.6%と実質を下回る伸びに留まるなどディスインフレ基調が続いている状況に変わりはない。また、米ドル建のGDPも昨年は17.79兆ドルと前年(17.88兆ドル)からわずかながら減少したと試算されるなど、人民元安が足を引っ張る動きも鮮明になっていると捉えられる。

図2 実質GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移
図2 実質GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移

12月単月の主要経済指標の動きをみると、鉱工業生産は前年同月比+6.8%と前月(同+6.6%)から一段と加速して一昨年1-2月(同+7.5%)以来となる高い伸びとなるなど、生産活動は底入れの動きを強めているようにみえる。ただし、これも一昨年末の当局による突然のゼロコロナ終了による経済の混乱を受けて前年同月の生産が頭打ちの動きを強めた反動が影響していることに留意する必要があるものの、前月比は+0.52%と前月(同+0.87%)からペースは鈍化するも拡大の動きが続いており、供給サイドをけん引役にした景気底入れの動きが続いていることを示唆している。分野別では、製造業(前年比+7.1%)の堅調さが生産全体を押し上げる展開が続いている上、なかでもハイテク関連(同+6.4%)で伸びが加速する動きが確認されているほか、冬場のエネルギー需要の高まりを反映して電力・熱・ガス・水道供給(同+7.3%)などの生産の伸びも加速するとともに、鉱業部門(同+4.7%)の生産の伸びも底打ちの動きを強めるなど、全般的に生産活動の底堅さがうかがえる。製造業のなかでは、電気自動車(EV)に対する需要拡大の動きを反映して自動車関連(前年比+20.0%)や電気機械関連(同+10.1%)、コンピュータ関連(同+9.6%)などの生産は軒並み堅調な推移をみせており、当局による補助金などを通じた支援対象の分野が生産活動をけん引している様子がうかがえる。また、こうした動きを追い風に金属製品関連(前年比+7.3%)や非鉄金属加工関連(同+12.9%)の生産も堅調な推移をみせるなど、素材及び部材関連の生産を下支えしている。一方、当局は景気下支えに向けてインフラ投資の拡充や促進を図る動きをみせているものの、これらに関連する粗鋼(前年比▲14.9%)や銑鉄(同▲11.8%)、鋼材(同+1.5%)のほか、セメント(同▲0.9%)の生産は軒並み弱含みする動きが確認されるなど、早くも息切れが懸念される状況にあると捉えられる。また、このところは家計消費など内需の回復が遅れるなかで中国からの割安な輸出が拡大する『デフレの輸出』といった動きが顕在化しているなか、供給サイドを中心とする景気底入れによる需給ギャップの拡大が懸念されるなかで新たな形で貿易摩擦が激化する可能性に注意する必要がある。

図3 鉱工業生産(前年比)の推移
図3 鉱工業生産(前年比)の推移

一方、家計消費の動向を反映する小売売上高(社会消費支出)については、12月は前年同月比+7.4%と前月(同+10.1%)から伸びが鈍化しており、上述のように生産活動が底入れの動きを強めているのと対照的な様相をみせている。なお、前月比は+0.42%と前月(同+0.09%)から拡大ペースが加速しており、底入れの動きを強めているようにみえるものの、月次ベースの拡大ペースは鉱工業生産を下回る状況が続くなど需給ギャップの拡大が意識されやすい状況は変わらない。ここ数年の中国においては、コロナ禍における行動制限が長期化したことも追い風にEC(電子商取引)を通じた取引が活発化しているなか、昨年通年ベースでは前年比+11.0%と小売売上全体(同+7.2%)を上回る伸びとなっており、実店舗との間でカニバリ(共喰い)の動きが一段と広がっている様子がうかがえる。また、経済活動の正常化が進むなかで外食機会が拡大していることも追い風に、外食関連(前年比+30.0%)と大幅に伸びが加速しており、当局による突然のゼロコロナ終了に伴う経済の混乱を反映して前年同月が大きく下振れした反動も大幅な押し上げに繋がっている。また、経済活動の正常化が進むなかで宝飾品(前年比+29.4%)や衣料品(同+26.0%)といった外出に関連する財に対する需要が活発化する動きがみられるほか、外食のうち高額品(同+37.7%)や娯楽関連(同+16.7%)の伸びが大きく加速する動きが確認されるなど、高額消費や娯楽消費が活発化している様子がうかがえる。他方、補助金や減税などを通じてEV需要を喚起する動きがみられるにも拘らず、EV以外の自動車需要が弱含んでいるほか、商用車に対する需要も低迷していることを反映して自動車(前年比+4.0%)は伸び悩む動きが確認されるなど、当局による支援の有無が需要動向を左右する動きもみられる。さらに、不動産需要が低迷するなかで建材(前年比▲7.5%)や家電関連(同▲0.1%)、家具(同+2.3%)など耐久消費財に対する需要も力強さを欠く推移が続いており、家計消費を巡って跛行色が一段と強まっているものと捉えられる。

図4 小売売上高(前年比)の推移
図4 小売売上高(前年比)の推移

これまでの中国の景気回復局面においては、インフラ関連をはじめとする公共投資のほか、企業部門による設備投資、不動産投資といった固定資産投資の拡大がそのけん引役となる動きがみられたものの、足下においては不動産投資を中心に低迷する展開が続いて景気の足を引っ張るなどこれまでと大きく異なる状況が続いている。12月の固定資産投資は年初来前年比+3.0%と前月(同+2.9%)から伸びが加速しており、当研究所が試算した単月ベースの前年同月比も12月は+3.3%と前月(同+2.9%)から伸びが加速するなど底打ちしている様子がうかがえる。しかし、これは上述のように一昨年末の当局による唐突なゼロコロナ終了を受けて経済が混乱した反動が出ていることが影響しており、前月比は+0.09%と前月(同+0.21%)から拡大ペースは鈍化するなど頭打ちの動きを強めている状況に変わりない。実施主体別でも、国有企業(年初来前年比+6.4%)は比較的堅調な推移をみせているものの、民間投資(同▲0.4%)は対照的に弱含みする動きがみられるなど、投資活動を巡っても公的部門が中心となる『国進民退』色が強まる展開は変わっていない。分野別でも、習近平指導部が主導する製造業の『自立自強』を目指す動きを反映して電気機械関連(年初来前年比+32.2%)のほか、当局のEV普及推進策などが後押しする形で自動車関連(同+19.4%)、特殊設備関連(同+10.4%)、コンピュータ・通信機器・電子機械関連(同+9.3%)も堅調な推移をみせるなど、当局による補助金などを通じた政策誘導が企業部門による投資活動を後押しする展開が続いている。ただし、不動産需要の低迷に歯止めが掛からない状況を反映して12月の不動産投資は年初来前年比▲9.6%と前月(同▲9.4%)からマイナス幅が拡大しており、当研究所が試算した単月ベースの前年同月比も▲13.6%と前月(同▲10.8%)からマイナス幅も拡大するなど下振れする展開が続いている。商業用不動産やオフィス向けを中心に弱含む展開が続いている上、住宅向けも地方都市のみならず、大都市部においても需要が弱含む動きが続いており、新築、中古ともに下落ペースが加速する動きが確認されるなど一段と厳しい状況が続いている。不動産景況感も12月は93.36と前月(93.41)から▲0.05pt低下して過去最低を更新する展開が続いており、当局による需要喚起策を追い風に一部の大都市部で底打ちする兆しがみられたものの、早くも息切れの様相をみせているものと捉えられる。

図5 固定資産投資(前年比・試算値)の推移
図5 固定資産投資(前年比・試算値)の推移

なお、GDP統計の公表に際して国家統計局は、昨年の経済成長率について「苦労の上に勝ち取った」との考えを示すとともに、今年の同国経済について「複雑な外部環境と不充分な需要に直面している」と依然として厳しい状況にあることを示唆している。その上で、足下の物価動向を巡って「有効需要の弱さを反映したものと捉えられるが、今年は緩やかな上昇が見込まれる」と先行きの上昇を見通す考えを示している。また、足下の同国経済を巡る状況について「回復に向けた重要な局面にある」との見方を示すとともに、不動産市場を取り巻く環境を巡っても「幾つかの前向きな変化の兆しが出ている」とした上で「相対的に大きな拡大余地が存在する」との認識を示すなど楽観的な見通しを示している。そして、今年の同国経済についても「課題や困難以上に良い状況に直面することが期待される」、「回復の継続が見込まれる」、「成長支援に向けたさらなる政策措置を打ち出す余地がある」と述べるなど楽観的な見方を改めて示した格好である。他方、若年層を中心に雇用環境が厳しい状況にあることを受けて「雇用調整圧力はくすぶるが、安定成長が雇用機会の創出を促す」と述べるなど、景気回復を重視する考えを示した格好である。ただし、不動産への過度な依存と市況調整という構造問題を抱えるなか、昨年末に実施された中央経済工作会議においても過去の焼き増しの域を出ない対策が羅列されるなど『肩透かし』の内容であったことを勘案すれば、同国経済の行方について過度な期待を抱くことは難しいのが実情と捉えられる。さらに、昨年末時点における総人口は14.09億人と2年連続で減少している上、減少ペースが加速しており、一人っ子政策や都市化の進展も追い風に出生数が902万人(前年比▲5.7%)と減少ペースが加速していることが影響している。当局は『三人っ子政策』に舵を切るなど出生率の反転上昇を目指す動きをみせているものの、足下においては改善の兆しがみられない上、若年層の雇用環境の厳しさを勘案すれば先行きは加速度的に減少の度合いを強める事態も予想される。上述のように構造問題を抱える上、人口減少による潜在成長率の低下を余儀なくされるなか、短期的な状況のみならず、中長期的にみても中国経済を取り巻く環境は厳しさを増すことが避けられないであろう。今年の経済成長率を巡ってはプラスのゲタが+1.64ptと昨年(+1.88pt)からプラス幅が縮小すると試算されるなか、経済成長率は一段と低下する展開が続くであろう。

図6 総人口の推移
図6 総人口の推移

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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