インドネシア大統領選、第1回投票へ残り1ヶ月を切るなかでその行方は?

~プラボウォ氏優勢も予断を許さず、政権基盤は脆弱となる懸念もくすぶるなど不透明要因は山積~

西濵 徹

要旨
  • インドネシアでは2月14日に大統領選(第1回投票)が実施されるなど、残り1ヶ月を切るなかで政治の季節は佳境を迎えている。3人の候補者による三つ巴の選挙戦が展開されるなか、過去2回の大統領選に出馬して「三度目の正直」を目指すプラボウォ氏が世論調査のトップを走る。依然国民からの人気が高い現職のジョコ氏の長男を副大統領候補に擁立するなど、「ジョコ人気」も追い風に有利な選挙戦を展開している。
  • ジョコ政権を支える最大与党PDI-Pはガンジャル氏を大統領候補に独自の選挙戦を展開するが、プラボウォ氏の後塵を拝する展開が続く。ガンジャル氏の公約はプラボウォ氏と同じくジョコ路線の継承を掲げるが、同党とジョコ氏との亀裂を勘案すれば決選投票にもつれれば「台風の目」となる可能性がある。他方、宗教右派を強く意識した選挙戦を展開するアニス氏はジョコ路線の否定を公約に掲げるなど、仮に当選すれば新首都移転が白紙となる可能性も考えられる。また、同時に実施される総選挙では少数政党の乱立が予想され、いずれの候補が大統領選に勝利しても多数政党による連立を前提とせざるを得ない。同国経済への期待は高いが、政治的安定が見通しにくいなかで期待に応えられるかは見通せない状況にあると言える。

インドネシアでは、2月14日に大統領選(第1回投票)が予定されるなど残すところ1ヶ月を切るなど『政治の季節』は佳境を迎えている。大統領選には3人の候補が立候補しているが(注1)、仮に第1回投票において半数を上回る票を獲得する候補者が現れなければ、上位2名の候補者による決選投票が6月26日に実施される予定であるなど『三つ巴』による選挙戦が激化している。なお、主要候補者が揃い踏みとなって以降に実施された世論調査においては、ジョコ現政権で国防相を務めるとともに、過去2回の大統領選に出馬するもいずれも苦杯を舐めたプラボウォ氏がトップを走る展開が続いている。上述のようにプラボウォ氏は過去2回の大統領選ではジョコ氏に敗れるも、ジョコ政権2期目入りに際しては大連立に加わるとともにジョコ大統領に接近するなど『ジョコ人気』に擦り寄る姿勢をみせてきた。さらに、今回の大統領選に際しては、副大統領候補にジョコ氏の長男であるギブラン氏を擁立するなど『抱き付き』戦略をも厭わず、結果的にジョコ人気を取り込むことにより『三度目の正直』を図るべく盤石の選挙戦に挑む戦略を立てた。よって、プラボウォ氏は『ジョコ路線の継続』を公約に掲げるとともに、国民からの人気が依然として高いジョコ氏の後ろ盾を得る形で選挙戦を進めている。なお、プラボウォ氏は同国においてかつて長期独裁体制を敷いたスハルト元大統領の元娘婿(次女の元夫)であり、スハルト元政権下では陸軍戦略予備軍司令官に昇進するとともに、民主活動家の誘拐や東ティモールの独立派の虐殺に関与したとの疑惑が持たれている。こうしたことから、高齢層を中心にプラボウォ氏に対する忌避感が根強く残るなか、過去2回の大統領選では『強い指導者像』を前面に押し出す選挙戦を展開したものの、今回の選挙戦では若年層を意識してSNSを積極的に活用するとともに『親しみやすさ』を前面に押し出すなど戦略の大転換を図る動きをみせている。ただし、プラボウォ氏は過去2回の大統領選ではいずれも選挙内容を巡る不正を主張して落選を認めない姿勢をみせるとともに、2019年の前回大統領選後は支持者が暴徒化して死者が発生する事態に発展した経緯がある。よって、候補者討論会では他の候補がプラボウォ氏の『本性』をあぶり出すべく挑発するとともに、プラボウォ氏は挑発に乗る形で激高、罵倒するなど選挙戦略の『化けの皮』が剥がれる動きもみられる。さらに、ギブラン氏の副大統領候補擁立を巡っては、憲法裁判所が立候補に関する年齢要件を解釈により変更する『ウルトラC』の動きがみられたため(注2)、他の陣営は『庶民派』を売りにしてきたジョコ氏による世襲を批判するなどの攻撃を強める動きをみせる。こうした状況ながら、直近の世論調査においては依然としてプラボウォ氏がトップを走るとともに、支持率は5割近くで推移するなど独走する展開が続いている。

他方、ジョコ政権を支える最大与党の闘争民主党(PDI-P)を巡っては、ジョコ氏と党首であるメガワティ元大統領の間に『すきま風』が吹く動きがみられたことに加え、ギブラン氏がプラボウォ陣営の副大統領候補となったことで両者の間の亀裂が修復不可能な状況となるなか、メガワティ氏の覚えめでたいガンジャル氏を大統領候補、ジョコ政権で政治・法務・治安担当調整相を務めるマフモディン氏を副大統領候補に据える独自の選挙戦を展開している。ただし、ガンジャル氏は与党候補としてジョコ路線の継承を謳う公約を掲げるなど、プラボウォ陣営との明確な違いを示すことが出来ない状況が続いている上、世論調査においてはプラボウォ氏の後塵を拝するとともに2位と3位を行ったり来たりする展開をみせており、決選投票に持ち込めるか否かは見通せない状況にある。政権公約の面ではプラボウォ陣営とガンジャル陣営の間には大きな違いがない状況ではあるものの、上述のようにジョコ氏の対応を巡って両陣営の間には大きな亀裂が生じていることを勘案すれば、仮にガンジャル氏が第1回投票において3位に留まり決選投票から脱落する場合、決選投票において同陣営はプラボウォ陣営に付く可能性は低下していると見込まれる。事実、今月開催されたPDI-Pの大規模集会にジョコ氏は外交予定を理由に招待されていない上、出席したメガワティ氏も暗にジョコ氏を批判する動きをみせており、両陣営が決選投票に向けて共闘出来るかは見通せない状況にあると判断出来る。一方、同国政界は政治エリートやその親類縁者、元軍人などが牛耳る展開が続くなかで親族の重用や家族主義的な動きが根深い汚職体質を招く一因となるなか、近年はこうした状況に対する批判の受け皿として若年層を中心に宗教右派が浸透する動きがみられる。こうしたなか、元々はジョコ氏の腹心であったものの、2017年に実施された首都ジャカルタ州知事選に出馬するとともに宗教右派の支持を集める形で当選したほか、その後はジョコ氏への批判を強めるアニス氏も大統領選に出馬しており、副大統領候補にイスラム教徒を支持基盤とする国民覚醒党(PKB)のムハイミン氏を擁立するなど宗教右派を強く意識した選挙戦を展開している。アニス氏は公約にジョコ路線の否定を掲げるとともに、ジョコ大統領の『肝煎り』である新首都(ヌサンタラ)建設を巡っても公然と反対する姿勢をみせており、仮にアニス氏が次期大統領に当選することになれば白紙となる可能性も考えられる。その意味では、決選投票に持ち込まれるなど選挙戦が激戦の度合いを強めれば強めるほど、次期政権による政策運営の見通しが立ちにくくなる可能性に注意する必要がある。なお、第1回投票と同時に実施される下院(国民議会)総選挙を巡っては、足下でPDI-Pに対する支持率が低下する一方、プラボウォ氏率いるグリンドラ党が支持率を上昇させてわずかにPDI-Pを上回るなど、大統領選と同様に優位に選挙戦を展開する動きがみられる。しかし、グリンドラ党の支持率も20%に満たないなどいずれの政党の支持率も『低空飛行』の様相をみせており、総選挙後の国民議会においては少数政党が乱立することが予想されるとともに、次期政権の政権運営を巡っては多数党による連立を前提とせざるを得ない。その意味では、いずれの候補が勝利した場合においても政権基盤の脆弱な政権となることは避けられず、同国経済に対する期待は極めて高いものの、その期待に応えることが出来るかは極めて不透明な状況にあると考える必要があろう。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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