台湾総統選は頼氏勝利も与党・民進党は少数与党に、中台関係の行方は

~政権運営で民衆党がキャスティングボート、中国本土による硬軟取り混ぜた攻勢強化が進むであろう~

西濵 徹

要旨
  • 台湾では13日に総統選が実施された。米中摩擦の舞台のひとつとなるなかで中国本土との関係が争点のひとつとなる一方、8年ごとに政権交代が繰り返されてきたなか、「前哨戦」である一昨年の統一地方選で与党・民進党が惨敗したことで行方が注目された。他方、野党は候補者を統一出来ず三つ巴の戦が展開されるなど選挙戦は激化した。一方、中国本土は様々な形で世論に影響を与えるべく「圧力」を掛けてきた。
  • 総統選では与党・民進党の頼氏が勝利し、直接選挙に移行して初めて同一政党による政権3期目入りを果たす。他方、同時に実施された総選挙では民進党は議席を減らして少数与党となる。頼氏は政権運営へ民衆党の協力を仰ぐ考えをみせるが、中国本土との関係を巡るスタンスの違いは外交面で影響を与えるほか、中国本土は硬軟取り混ぜて攻勢を強めることが予想されるなど、地域情勢の緊張感が高まるであろう。

台湾では13日に4年に一度の総統選挙が実施された。このところの台湾を巡っては、習近平指導部の下で中国本土が台湾統一への意欲を隠さないことに加え、米中摩擦の代理戦争的な舞台となる動きもみられる。こうしたなか、今回の総統選を巡ってはいわゆる『両岸関係(中台関係)』の在り方が主な争点のひとつとなってきた。他方、台湾においては1994年の憲法改正を経て直接選挙となった1996年以降、総統選では憲法で規定された総統任期(連続2期まで)に沿う形で8年ごとに民進党と国民党の間で政権交代が行われてきた経緯がある。今回の総統選については、現職の民進党の蔡英文氏は連続2期目ゆえに出馬することが出来ないため、これまでの総統選の行方と同様に政権交代に発展するか否かも注目された。というのも、総統選の『前哨戦』とされた一昨年の統一地方選では、コロナ禍や中国本土の『圧力』も重なり景気が下振れした上、民進党に対して『上から目線』との批判が集まるように若年層や中間層の支持離れが顕著となり大惨敗を喫するなど、総統選に向けて雲行きが怪しくなる動きがみられた(注1)。よって、民進党は蔡氏個人の人気に依存した状況からの脱却が課題となるなか、蔡政権で副総統を務める頼清徳氏を総統候補に、副総統候補に台北駐米経済文化代表処代表(駐米大使)を務めた蕭美琴氏を据えるなど中国本土への強硬路線を鮮明にする形で選挙戦に挑む戦略を採った。他方、最大野党の国民党は統一地方選で勝利した勢いを追い風に総統選に挑むべく、総統候補に新北市長を務める侯友宜氏、副総統候補に元立法委員の趙少康氏を据えており、侯氏自身は中台関係を巡って中国本土との対話を主張するなど民進党との違いを示してきた。また、選挙戦前には野党候補の統一が模索されたものの、最終的に台北市長を務める柯文哲氏が副総統候補に立法委員を務める呉欣盈氏を据える形で『第3の候補』として総統選に出馬し、最終的に『三つ巴』の選挙戦に突入する格好となった(注2)。その後の世論調査においては、野党による分裂選挙も影響して与党・民進党の頼氏が比較的優位に選挙戦を展開する動きがみられる一方、中国本土は人民解放軍を通じてインターネット空間での『認知戦』のみならず、周辺海域や空域での訓練を展開するとともに、選挙戦最終盤の10日には衛星の打ち上げを実施するなど様々な『圧力』を強める動きをみせた。

総統選については、投票率は71.86%と4年前の前回総統選(74.90%)から▲3.04ptとわずかに低下するも、今回の総統選同様に直近において三つ巴の争いとなった2016年総統選(66.27%)を上回るなど関心の高さを改めて示す格好となった。さらに、民進党から出馬した頼氏は558万票余りを獲得して得票率は40.05%となり、国民党の候氏(33.49%)、民衆党の柯氏(26.46%)を上回り頼氏が勝利を収めるなど、直接選挙制に移行して以降では初めて同一政党が3期目入りすることが決定した。頼氏は「台湾の民主主義の歴史に新たな1ページを刻んだ」との勝利宣言を行うとともに、新政権の運営を巡って中国本土との関係について現状維持を図るとしつつ、「中国本土からの脅威や脅しから台湾を守る決意であり、対立ではなく対等な立場で協力と対話を図る必要がある」との考えを示した。ただし、現職の蔡氏は過去2回の総統選においていずれも半数を上回る得票率で勝利したことを勘案すれば、頼氏、及び民進党に対する支持の熱さは乏しいのが実情とも捉えることが出来る。事実、総統選と同時に実施された立法委員(定数113)総選挙においては、与党・民進党の議席数は51議席と前回から▲10議席減らすとともに単独で半数を上回る議席を確保出来ず、2016年以降維持した第1党の座を譲るとともに少数与党となる。他方、国民党の獲得議席数は52議席と前回から+14議席積み増して第1党になるとともに、民衆党も8議席と前回から+3議席積み増すなど、いずれも総統選での善戦が立法委員総選挙の追い風になったと捉えることが出来る。結果、頼次期政権にとっては法案や予算など重要な施策を巡って立法委員との『ねじれ状態』が足かせとなることは避けられず、頼氏は総統選を戦った柯氏が率いる第3党の民衆党に協力を求める考えを示している。柯氏は選挙戦に際して、蔡政権による米国との関係強化路線を維持するとしつつ、中台関係を巡っては民進党と異なる姿勢をみせており、同氏が率いる民衆党が『キャスティングボート』と握ることになる。その意味では、頼次期政権が中国本土との関係を巡って強硬路線を採ることは困難になる一方、中国本土にとっては『与しやすい』相手が政権の一翼を担う格好となることでこれまで以上に硬軟織り交ぜた形での攻勢を強めることが予想される。表面的には緊張状態が緩和する可能性はあるものの、目に見えない形での攻防戦がこれまで以上に激化するとともに、予想外の形で対立が表面化するリスクに注意を払う必要性が高まっていると判断出来る。

図表1
図表1

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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