台湾・総統選、野党は候補一本化ならず、3陣営による選挙戦スタート

~与党は中国本土への対抗姿勢を強める一方、同時に行われる総選挙の行方にも要注目~

西濵 徹

要旨
  • 台湾では来年1月13日に次期総統選の実施が予定されている。現行憲法上、現職の蔡英文総統が出馬出来ないなか、与党・民進党は頼清徳副総統を総統候補とすべく準備を進めてきた。他方、最大野党の国民党からは新北市長の侯友宜氏を総裁候補に、「第3極」と期待される民衆党からは台北市長の柯文哲氏が出馬の意向を示すとともに、独立系候補として郭台銘氏も名乗りを上げた。ただし、野党候補が乱立すれば実質的に与党、頼氏を利することになるため、野党候補の一本化に向けた協議が進められてきた。
  • なお、民進党は副総統候補に駐米大使を務めた呉氏を擁立するなど、中国本土への対抗姿勢を一段と強めるメッセージを出した格好である。他方、野党候補の一本化協議は最終的にまとまらなかった一方、郭氏は最終的に出馬を取り止め、総統選挙は頼氏、侯氏、柯氏の三つ巴による選挙戦がスタートした。世論調査では頼氏がトップを走るも支持率は頭打ちする一方、侯氏が頼氏を猛追するなかで選挙戦は中国本土による動きも相俟って激化が予想される。その行方は中国本土との関係にも大きく影響することになろう。
  • 他方、総統選挙と同時に実施される総選挙では、民進党が議席を減らす一方で国民党と民衆党が議席を増やすと見込まれ、仮に頼氏が勝利しても「ねじれ状態」となることも考えられる。台湾の行方は東シナ海情勢を通じて日本にも大きく関係するだけに、その行方に不透明感が高まる可能性にも要注意と言えよう。

台湾においては、来年1月13日に次期総統選挙の実施が予定されている。現行憲法においては、総統の任期は連続2期までと規定されており、現総統である民進党(民主進歩党)の蔡英文氏は次期総統選挙に出馬することが出来ない。よって、民進党は予てより次期総統候補に蔡政権の下で副総統を務める頼清徳氏を据えることを目論むとともに、今年1月に実施した党主席(党首)選挙を経て頼氏が党主席に就任するなど(注1)、その準備を着実に進めてきた経緯がある。ただし、昨年11月に次期総統選挙の『前哨戦』として実施された統一地方選挙では、コロナ禍を巡る状況が悪化したことに加え、ペロシ米連邦議会下院議長(当時)の訪台を理由とした中国本土による経済制裁の発動を受けて景気が下振れして親中路線を掲げる最大野党の国民党(中国国民党)が攻勢を掛けたこともあり、民進党が惨敗を喫して蔡英文氏が党主席の辞任に追い込まれた。なお、民進党が惨敗を喫した背景には、同党を巡って『上から目線』などといった言葉で批判されるとともに、景気悪化により若年層や中間層などの支持離れが顕著となるなど、蔡氏個人の人気に依存してきた状況が限界に達していることが挙げられる。他方、国民党は次期総統選に向けて党主席の朱立倫氏の出馬が取り沙汰されたものの、朱氏自身は過去に総統選に出馬するも惨敗を喫するなど『選挙に強くない』といったジンクスがあるなか、最終的に今年5月に新北市長を務める侯友宜氏を総統候補とする決定を行った。ただし、国民の間には中国本土との関係を巡って、民進党と国民党の2大政党が政界を牛耳る展開が続くなかで『第3極』による統治による局面打開に期待する向きもみられ、2020年の立法委員選挙(総選挙)で議席を獲得した民衆党(台湾民衆党)の党主席で台北市長を務める柯文哲氏が次期総統選挙を巡る『第3の候補』として注目を集めるなど、その動向に注目が集まった。さらに、上述のように国民党による次期総統候補選定に当たっては、EMS(電子機器受託サービス)世界最大手企業である鴻海精密工業の創業者である郭台銘氏も出馬に名乗りを上げた後、一旦は侯氏を全面支援する方針を示したものの、その後も独立候補として総統選への出馬意欲を示す動きもみられた。このように総統選挙に向けては4人が出馬に名乗りを上げる一方、仮に4人が立候補すれば票が割れることで実質的に与党・民進党の頼氏を後押しすることに繋がる可能性があるため、野党候補どうしで一本化に向けた協議が進められる動きもみられた。

こうしたなか、今月20日に総統選挙に向けた届け出が開始され、民進党は頼氏を総統候補に、副総統候補に台北駐米経済文化代表処代表(駐米大使)を務めた蕭美琴氏とタッグを組む形で届け出を行っている。なお、上述のように頼氏は蔡政権で副総統を務める一方、蔡氏は総統に就任して以降も現状維持路線を志向してきたものの、頼氏は過去に台湾独立を強硬に主張してきた経緯があり、仮に頼氏が次期総統に就任した場合にはそうした傾向が一段と強まることが予想される。その上、頼氏が副総統候補に駐米大使を務めるなど米国に豊富な人脈を有する蕭氏を据える決定を行ったことで、中国本土に対する強硬路線が一段と進むことも予想されるなど、ここ数年は緊張状態が高まる動きがみられる台湾海峡を取り巻く状況がより厳しい展開となる可能性が考えられる。他方、上述のように野党の間では与党の民進党を事実上利することになることを警戒して候補者の一本化に向けた協議を進めてきたものの、国民党、民衆党それぞれの支持者が総統候補を譲ることに反発する動きをみせたこともあり、最終的に協議がまとまらない状況に陥った。結果、24日に届け出の最終日を迎えたなか、国民党は総統候補に侯友宜氏、副総統候補に元立法委員の趙少康氏を据える形で届け出を行う一方、民衆党は総統候補に柯文哲氏、副総統候補に立法委員を務める呉欣盈氏を据える形で届け出を行うなど、野党は分裂状態で総統選挙に臨むこととなった。なお、国民党の副総統候補となった趙氏を巡っては、かつては党内の若手改革派のホープとして馬英九前総統などと改革グループを率いるなど影響力を有する一方、改革の方向性を巡って国民党を離党して新党結成に動き、1994年に出馬した台北市長選で後に総統となる陳水扁氏に敗北すると一転して政治の表舞台から退いてメディアでの活動を行ってきた(その際に国民党からは除籍処分を受けている)。しかし、一昨年に一転して政界復帰を表明するとともに国民党に復党し、次期総統選に副総統候補として政治の表舞台に復帰する形となるなど異色の経歴を持つ候補となる。なお、侯氏は中国本土との対話の重要性を強調している上、趙氏は予てより交渉を通じた中国本土との統一を主張してきたことを勘案すれば、中国本土にとって『与しやすい』候補となることは間違いない。他方、民衆党の柯氏も中国本土との対話の重要性を訴えるとともに、過去には中国本土との関係を巡って相互認識、相互理解、相互尊重、相互協力を軸とした『4つの相互』の概念を提唱し、中国本土が提唱する統一に呼応する姿勢をみせるなど、中国本土にとって与しやすい候補であると捉えられる。ただし、副総統候補となった呉氏については台湾の巨大コングロマリットのひとつである新光グループの経営一族出身である上、英国留学経験があるなどの経歴を有する一方、2020年の前回立法委員選に出馬、当選するなど政治キャリアは浅く、中国本土に対する姿勢についても不透明なところが少なくない。とはいえ、民衆党が柯氏の人気に依存していることを勘案すれば、中国本土との関係は融和的な姿勢が強まることは充分に考えられる。なお、郭台銘氏は最終的に出馬を届け出ず、民進党、国民党、民衆党の3陣営による選挙戦がスタートした。

上述したように、野党が分裂選挙となることにより、世論調査においては民進党の頼氏に優位となるとの見方が強まっている一方、各種の世論調査では投票先を決めかねている層も多いことを勘案すれば、今後の選挙戦の行方に注目が集まる。なお、このところの世論調査においては頼氏の支持率は低下傾向を強める動きがみられる一方、侯氏の支持率が上昇の動きを強めて頼氏を猛追する動きがみられるほか、今後は中国本土が様々な『情報戦』を仕掛けることも予想されるなど、残り2ヶ月を切るなかで選挙戦は激化の様相を強めることも考えられる。他方、今回の総統選挙については立法委員選挙(総選挙)も同時に実施される『ダブル選挙』となるなか、直近の世論調査の動きからは立法委員選挙については国民党や民衆党が議席を増やす一方で民進党が議席数を減らすとの見方が示されており、仮に総統選で頼氏が勝利を収めた場合においても『ねじれ状態』が生じるなど政局を取り巻く環境が難しさを増すことも予想される。台湾を巡る状況については、東シナ海情勢を通じて日本にも大きな影響を与えることが避けられないなか、中国本土による様々な動きも予想されるなかで不透明感が高まる事態も頭の片隅に入れておく必要があると捉えられる。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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