台湾・統一地方選、与党・民進党大敗で次期総統選・立法院選の行方は

~選挙の特性を勘案すれば今回の結果での判断は早計、ただし中国本土は圧力と懐柔策を強めよう~

西濵 徹

要旨
  • 台湾では26日、4年に一度の統一地方選が実施された。統一地方選は次期総統選・立法院選の「前哨戦」的な意味合いがあり、4年前の前回統一地方選では蔡政権を支える民進党が惨敗して蔡氏は党主席の辞任に追い込まれた。しかし、その後の総統選では蔡氏が圧勝で再選を果たすなど予想外の結果となった。ただし、これは総統選では外交戦略などが注目される一方、統一地方選は内政問題が注目されるなどの特徴が影響した。今回の統一地方選ではコロナ禍対応が最も注目を集めるなか、年明け以降の感染動向の悪化は与党・民進党の逆風となった。結果、与党・民進党は4年前以上の惨敗を喫し、蔡氏は再び党主席の辞任に追い込まれた。現行憲法では蔡氏は2024年の次期総統選に出馬出来ないなか、与党・民進党は「ポスト蔡」に向けた立て直しが必至である。一方、野党・国民党は勝利を追い風に攻勢を強めようが、今回の選挙結果がそのまま総統選・立法院選に反映されるかは不透明である。また、中国本土は情報戦も含め、圧力と懐柔策を活発化させることは間違いなく、米中摩擦の行方を含めて日本にとっても無視し得ない状況にある。

台湾では26日、4年に一度の統一地方選挙が実施され、行政院(内閣)が直轄する6都市を含む台湾全土の22県、及び市の首長選挙と議会選挙(九合一選挙)が行われた(ただし、嘉義市長選挙は12月18日に延期)。なお、今回の統一地方選挙は2020年に実施された前回総統選挙、及び立法院(国会)選挙からの『中間テスト』という意味合いに加え、2024年1月の次期総統選挙、及び立法院選挙に向けた『前哨戦』としての色合いが強く、選挙戦の行方に注目が集まった。台湾を巡っては、米中摩擦の前線としてその余波をまともに受ける傾向がある上、先月の中国共産党大会において「台独(台湾独立)に断固として反対し抑え込む」とする文言が党規約に盛り込まれたこともあり(注1)、外交問題、なかでも中国本土との関係に注目が集まりがちである。とはいえ、総統選挙や立法院選挙についてはそうした外交戦略が大きく影響を与える傾向がある一方、統一地方選挙については内政問題が選挙結果に大きく影響を与える傾向がある。なお、2018年の前回の統一地方選挙においては、直前の2016年の総統選挙、及び立法院選挙において与党への返り咲きを果たした民主進歩党(民進党)が惨敗を喫するとともに、蔡英文総統が責任を負う形で党主席ポストを辞任する事態に追い込まれた。しかし、これは政権誕生の立役者となった若年層が直面する低賃金問題に有効策を打ち出すことが出来ず離反を招いたことに加え、職業軍人や公務員、教職員を対象とする年金改革により既得権益層の支持も失ったことが影響したとされる(注2)。このように内政問題が統一地方選挙を大きく左右する一方、2020年の前回総統選挙、及び立法院選挙においては、直前に香港において発生した反政府デモの長期化をきっかけとする中国本土に対する警戒感が外交問題などへの注目度が高まったことで蔡氏が総統選挙で地滑り的な勝利で再選を果たすなど、統一地方選挙とまったく異なる結果となったことは記憶に新しい(注3)。こうした点に注意する必要がある一方、内政面では当初こそコロナ禍対応を巡る『優等生』とされた台湾において、年明け以降は国境再開による経済活動の正常化の背後でワクチン確保の遅れも重なり感染動向が急速に悪化する事態に直面してきた。感染動向の急速な悪化に加え、8月のペロシ米連邦議会下院議長による台湾訪問を受けて中国本土は台湾に対して経済制裁を発動したたことも重なり(注4)、足下の景気に下押し圧力が掛かる動きが顕在化しており、最大野党である国民党は選挙戦を通じて蔡政権及び与党・民進党を攻める戦法を取った。一方、蔡政権及び与党・民進党は中国本土による脅威に焦点を当てる格好で選挙戦を戦ったが、多くの国民がコロナ禍対応に注目するなかでボタンの掛け違いが鮮明になる動きもみられた。結果、26日に行われた21市、及び県の首長選挙において民進党が勝利を収めたのは5市に留まる一方、国民党は13都市で勝利するなど、4年前の前回統一地方選に続いて国民党が圧勝した格好である。直轄6市の市長選に限れば民進党は台南市や高雄市の2市に留まり、牙城とされてきた桃園市を国民党に奪われる結果となったほか、4年前には首都の台北市で第3極の野党・台湾民衆党の候補が勝利を収めたものの、今回は国民党から出馬した蔣介石氏のひ孫である蔣萬安氏(43歳)が勝利するなど新たな動きもみられた。台北市長選には蔣氏のほか、民進党からは蔡氏の側近で蔡政権において7月までコロナ禍対応の指揮を執った陳時中氏(69歳)、台湾民衆党からは現職(柯文哲氏)の下で副市長を務めた黄珊珊氏(53歳)の3人による三つ巴の選挙戦が展開された。しかし、足下における感染動向の悪化は陳氏、黄氏双方にとって逆風となったほか、蔣氏の若さ、及びクリーンなイメージを前面に押し出した選挙戦に飲み込まれた格好である。この結果を受けて、蔡氏は4年前と同様に党主席のポストの辞任に追い込まれており、再び苦杯をなめる格好となっている。ただし、前回と大きく異なるのは、蔡氏は総統選挙での再選に向けて立て直しを図ることが出来たものの、蔡氏はすでに2期目を迎えるなかで現行憲法においては3選が禁止されるなかで出馬することが出来ない。与党の民進党からは政権ナンバー2の副総統を務める頼清徳氏(63歳)の出馬が取り沙汰されているが、同党はこれまで蔡氏の人気に大きく支えられるとともに党内の結束が促されてきたなか、頼氏は存在感が示せない状況が続いており、今回の統一地方選を通じて内政問題への対応に『ノー』が突き付けられた状況からの立て直しが急務となっている。他方、野党の国民党からは次期総統選に党主席の朱立倫氏(61歳)の出馬が取り沙汰されているが、今回の統一地方選で国民党は前回同様に勝利を収めたものの、朱氏自身は馬英九前総統(国民党元主席)の後を継ぐ形で党主席に就任するも、国民投票や補欠選で民進党に相次いで負けるとともに、2016年の前々回の総統選でも蔡氏に惨敗して党主席の辞任に追い込まれるなど『選挙に強くない』というジンクスがある。さらに、上述のように内政問題が注目されがちな統一地方選挙に比べて、総統選挙や立法院選挙では外交問題が注目される傾向があるなか、中国本土が台湾への強硬姿勢が強めるなかでは親中路線を掲げる国民党にとって逆風となり得るなど、安易な対中宥和は難しい状況にある。とはいえ、中国本土はインターネットなどを通じた情報戦を仕掛けているなか、今後は次期総統選や立法院選に向けて宣伝工作を活発化させることは必至であり、民進党政権に対する圧力と民間交流などを通じて国民党に対する懐柔策を混ぜながらの対応を進めることが予想される。選挙の特性を勘案すれば、今回の結果を以って次期総統選、及び立法院選挙の動向を見通すことは極めて難しいものの、国民党の勝利を追い風に中国本土は台湾統一に向けた取り組みを様々な形で前進させることは間違いなく、そうした動きを背景に米中摩擦が一段と激化していく可能性に留意する必要があるとともに、その余波は日本にとっても無視し得ないものとなると捉えられる。

図表1
図表1

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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