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2024.01.04
アジア経済
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インド株式市場を揺さぶった「アダニ問題」は終息へ
~最高裁はアダニ側の主張を全面支持の「シロ判定」、金融市場の注目は総選挙の行方にシフトか~
西濵 徹
- 要旨
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- 昨年のインド株式市場は新興財閥のアダニ・グループを巡る不正疑惑、いわゆる「アダニ問題」に揺さぶられた。同社は不正を否定する一方で株価は急落したほか、モディ政権や与党BJPとの距離が近く、今年の総選挙の行方に影響を与えることが懸念された。しかし、前哨戦となった昨年の州議会選ではBJPの強さが示された。また、疑惑への詳細調査を求める公益訴訟を巡って、3日に最高裁は不要とするとともにアダニ側の主張を全面的に支持する判断を下した。足下の主要株価指数は底入れの動きを強めているが、同社への「シロ判定」は追い風となることは期待される。他方、足下の景気実態は足踏み状態の上、企業マインドも頭打ちしており、金融市場は総選挙を前にした動きやその結果を睨む展開をみせると予想される。
昨年のインド株式市場においては、米国の投資調査会社(ヒンデンブルグ・リサーチ社)が同国の新興財閥企業であるアダニ・グループについて、過去数年に亘ってタックスヘイブン(租税回避地)や子会社を介した資金送金などを通じて株価操縦や不正会計を行っている旨の調査報告書を公表したことをきっかけに同社の株価が大幅に下落するとともに、株式指数も調整するなど混乱する事態に見舞われた(注1)。同社は一連の疑惑を否定したものの、同社の創業者であるゴーダム・アダニ氏は同国西部のグジャラート州出身とモディ首相と同郷である上、モディ氏が同州首相であった頃から関係を深めるとともに、モディ氏が政治キャリアを駆け上がる動きと軌を一にする形で事業拡大を果たしており、度々『政官財の癒着』の構図が疑われてきた。なお、同社は商品商社を祖業としているものの、その後は港湾をはじめとする運輸関連やエネルギー関連などインフラ事業を展開するとともに、通信・放送事業にも乗り出すなどコングロマリット化を果たしてきた経緯がある。また、同社による通信・放送事業への参入を巡っては、元々モディ政権をはじめとする歴代政権に対峙する姿勢をみせてきた独立系メディアを買収した後にアダニ氏が編集権に介入したこともあり、参入そのものがアダニ氏を通じたモディ政権を支える与党BJP(インド人民党)による『メディア介入』との見方も広がった。こうした背景もあり、同社に疑惑が噴出したことは今年4~5月にかけて総選挙が予定されるなかでモディ政権、及び与党BJPを取り巻く状況に少なからず悪影響が出ることが懸念された。しかし、昨年11月に総選挙の『前哨戦』として注目された5州で実施された州議会選挙においては、与党BJPはうち3州で勝利するとともに、BJPと連立を組む地域政党が1州で政権を維持するなど、総選挙に向けて弾みが着く結果がもたらされた(注2)。さらに、モディ首相自身に対する人気が依然として高く推移している一方、州議会選の結果を受けて、計28政党による野党連合(インド全国開発包括連合(I.N.D.I.A.))は必ずしも『一枚岩』とは言えない動きがみられるなど綻びが露呈する兆候も出ている。他方、昨年の調査報告書公表を受けたアダニ・グループの株価急落を受けて、直接的な被害を受けていない第三者が裁判所に対してインド証券取引所(SEBI)が実施する調査内容を上回る詳細調査の実施を求める公益訴訟を起こしていたものの、3日に最高裁判所は不要とする判断を下した。最高裁が公表した判決文においては、疑惑調査に向けた特別チームを編成する必要はないとの考えを示すとともに、SEBIに対して現在実施中の調査を3ヶ月以内に完了させることを命じた。さらに、ヒンデンブルグ・リサーチ社が調査報告書において指摘したアダニ・グループによる『疑惑の舞台』となったオフショアファンドに関する開示規則の変更についても命じる必要はないとの見解を示すなど、アダニ・グループによる主張が全面的に支持された格好である。なお、アダニ・グループの株価下落を受けて主要株価指数(SENSEX)は調整したものの、その後は景気の堅調さや世界的なデリスキング(リスク回避)を目的とするサプライチェーン見直しの動きを追い風にインドに注目が集まる動きも追い風に株価は底入れの動きを強めており、今回の最高裁による『シロ判定』は同社の株価にも追い風となることが期待される。他方、足下の景気は前年比ベースでは大幅プラス成長が続いているものの、当研究所が試算した季節調整値に基づく前期比年率ベースではわずかながらマイナス成長に陥ったとみられるなど『足踏み』状態にあるほか(注3)、食料品を中心とするインフレ昂進の動きが家計消費の足かせとなる懸念も高まっている。さらに、同国の通貨ルピー相場は過去1年以上に亘って最安値圏での『底這い』で推移する動きをみせているものの、これを巡ってIMF(国際通貨基金)は先月公表した年次協議(4条協議)報告書において『注文』を付けるなどの動きもみられる(注4)。そして、足下においては食料インフレの懸念が高まっていることに加え、コロナ禍からの世界経済の回復をけん引してきた欧米など主要国景気に陰りが出ているほか、中国景気も勢いを欠く動きが続くなど世界経済の『けん引役』が不在となるなか、インド経済にとっては内・外需双方に不透明感が強まっていることも影響して企業マインドは製造業、サービス業ともに頭打ちの動きを強めるなど景気の『雲行き』に怪しさが増す動きもみられる。他方、アダニ・グループに『シロ判定』が下されたことを受けて、今後はモディ政権が推進するインフラ投資拡充の一翼を同社が担ってきたことを勘案すれば、その進捗が景気を下支えするとともに、総選挙を前にそうした動きが大きく加速していく可能性も考えられる。その意味では、当面の同国金融市場については総選挙に向けた動きや財政政策、それらを受けた企業活動の行方を睨んだ展開が予想されるほか、総選挙の行方に注目が集まることになろう。
注1 2023年2月8日付レポート「「アダニ問題」で金融市場が大揺れのなかでインド中銀はどう動く?」
注2 2023年12月4日付レポート「インド、次期総選挙の「前哨戦」となる州議会選は3州で与党BJP勝利」
注3 2023年12月1日付レポート「インド経済がプラス成長を続ける「前年比」というトリックに要注意」
注4 2023年12月20日付レポート「IMFがインドの為替制度に「注文」、インド当局はこうした見解に反論」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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