ニュージーランド・ラクソン政権発足、「アーダーン路線」は大転換へ

~人権・環境重視路線からの大転換、ラクソン氏は経済重視路線で3党の結束を固めたい模様~

西濵 徹

要旨
  • ニュージーランドでは27日にラクソン新首相が就任して6年ぶりの政権交代が実現した。先月の総選挙で中道右派の国民党が躍進、友党の右派ACT党との連立による政権交代の可能性が意識された。しかし、2党を併せた獲得議席数は基本定数の半数を下回り、ポピュリスト政党のニュージーランド・ファースト党と連立協議を開始した。大臣ポストや政策運営を巡る連立協議は1ヶ月弱擁したが、最終的に前労働党政権下で志向された人権・環境を重視した姿勢は大転換が図られる見通しである。新内閣は老壮青バランス人事の一方、長期政権を見据えた動きもみられる。ただし、政権運営を巡る3党間の隔たりも少なくなく、当面はラクソン氏の下で経済重視路線が進むと見込まれるが、同国の行方はオセアニア情勢に影響を与えよう。

ニュージーランドでは27日、先月実施された総選挙において勝利した中道右派政党である国民党のラクソン党首が首相に就任して6年ぶりとなる政権交代が実現した。なお、先月の総選挙後に示された暫定の開票結果では、与党であった中道左派の労働党が議席を大きく減らす一方、国民党と友党である右派のACT党を併せた議席が半数を上回る見通しが示されたことにより、政権交代となることが確実視された(注1)。しかし、今月初めに示された最終結果においては、国民党の獲得議席数が2議席減らされた影響でACT党と併せた獲得議席数は基本定数(120)を下回る事態となり、両党はポピュリスト政党であるニュージーランド・ファースト党に連立入りを打診せざるを得なくなった(注2)。なお、ニュージーランド・ファースト党は保守主義、ナショナリズム、ポピュリズムを政治理念に掲げる政党であり、過去には国民党、労働党双方と連立政権を樹立するなど『キャスティング・ボート』を握った経緯もある上、同党のピータース党首も外相や副首相を歴任するなど老練な政治家として知られる。こうした経緯から、与党連立に同党が加わることとなったことで大臣ポストのほか、政策運営を巡る協議に如何なる影響が出るかが注目された。というのも、経済界出身のラクソン氏は経済の立て直しを主眼に置いており、中間層を対象とする所得減税や行財政改革のほか、景気下支えに向けたインフラ投資の拡充を図るべく中国による外交戦略(一帯一路)への参加も辞さない考えを示してきた。他方、ニュージーランド・ファースト党はナショナリズム色の極めて強い政策を謳う動きをみせており、ラクソン氏が志向する経済重視を背景とする対中融和路線とも採れる姿勢に如何なる影響を与えるかが注目される。また、アーダーン元首相、及びヒプキンス前首相の下での労働党政権下においては、人権や環境を重視した政策運営がなされてきたものの、新政権の下で与党入りするACT党は労働党政権下で設置されたマオリ保健局の廃止を公約に掲げるほか、ニュージーランド・ファースト党もマオリ選挙区の廃止、公共の場でのマオリ語の表記・使用を制限するなどの主張を展開しており、ここ数年進められてきたマオリとの格差是正の取り組みが後退することは避けられないと見込まれる。事実、政権発足前に締結された3党による連立締結に向けた合意書においては、マオリの権利を定めた条約の解釈見直しに着手するとともに、策定作業が進められていた反ヘイトスピーチ法案については中止することが示された。さらに、中銀(NZ準備銀行)について付託権限の縮小が付記され、具体的には中銀の責務を物価安定のみに限定すべく、労働党政権の下で物価安定と雇用最大化を責務とすべく改正された中銀法を再び改正することを目指すとしている。そして、労働党政権下では環境配慮の観点から海洋石油やガス探査が禁止されたものの、これらの方針を撤廃するなどエネルギー関連投資に舵を切る姿勢を示している。また、アーダーン元政権下では2009年以降に出生した人にたばこを販売、譲渡することに高額の罰金を科す「たばこ禁止法」が施行されたものの、国民党とACT党は小規模なたばこ販売店への悪影響を理由に反対するとともに、同法を廃止する一方で未成年者へのたばこ販売の罰則を強化する方針を明らかにしている。2019年に同国南島のクライストチャーチで発生した銃乱射事件を機に導入された銃器の登録制度についても、再検証を行う方針を示す一方で治安改善に向けて警察官の増員を目指すなど労働党政権下で導入された政策の多くに大転換が図られる見通しとなっている。なお、ラクソン氏が掲げる所得減税に伴う税収減を補填する観点から、外国人による住宅購入を解禁して課税対象とする方針を示していたものの、連立協議を経て棚上げされており、財政運営を巡っては難航する可能性も予想される。新政権においては、ラクソン首相と財務相に就くウィリス氏(国民党副党首)、規制相に就くシーモア氏(ACT党党首)の政治キャリアが比較的浅い一方、副首相兼外相にピータース氏が再登板されるほか、貿易相には過去の国民党政権下で貿易相を務めたマクレー氏、国防相にはコリンズ元法相が就くなど『老壮青』のバランス人事となっている。なお、ピータース氏の副首相職を巡っては、議員任期の折り返しとなる2025年5月末にシーモア氏に交代するなど、長期政権を見据えた政権運営の安定化を目指しているものとみられる。ただし、3党の間には政権運営などを巡って依然として隔たりが少なくないとみられるなか、内政、外交両面で課題が山積するなかでその隔たりが広がることも予想されるなか、ラクソン首相としては経済重視路線でそうした懸念を極力小さくしたいとの思惑もうかがえる。新政権の動向はオセアニア地域情勢の行方にも影響を与えるものと見込まれる。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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