メキシコ大統領選、与野党ともに女性候補による事実上の一騎打ち

~ペソ相場は中銀の為替ヘッジ縮小に伴い頭打ちするも、当面の動向は米国経済の行方次第か~

西濵 徹

要旨
  • メキシコでは来年6月に次期大統領選が予定されるが、現職のロペス=オブラドール氏は憲法規定で出馬出来ず、如何なる候補者が出馬するかに注目が集まってきた。なお、足下の景気は米国経済の堅調さを追い風に底入れが続いている上、高止まりしたインフレも頭打ちに転じるなど与党MORENAに追い風が吹く動きがみられる。野党は苦戦が予想されるなかで統一候補としてガルベス上院議員の擁立を決定した。他方、与党MORENAはロペス=オブラドール氏の側近で前メキシコシティ市長のシェインバウム氏の擁立を決定した。事実上の一騎打ちとなるなか、両氏はともに女性であるため女性大統領が誕生する。ペソ相場はインフレ鈍化に伴う実質金利のプラス幅拡大を追い風に強含みしてきたが、中銀の為替ヘッジプログラム縮小決定を機に頭打ちに転じている。ただ、中銀は慎重姿勢を崩さないなかでは投資妙味の大きさが魅力となるなか、同国経済やペソ相場の動向は米国経済の行方がカギを握る展開が続くと見込まれる

メキシコでは、来年6月2日に次期大統領選が予定されるなど残り1年を切る一方、2018年の前回大統領選において勝利した現職のロペス=オブラドール氏は憲法規定に基づき任期が1期6年までとされるなど出馬することが出来ないため、その後任の行方に注目が集まってきた。なお、ロペス=オブラドール氏と与党MORENA(国民再生運動)の下、同政権は国家資本主義を前面に押し出した保守色の強い経済政策を標ぼうする一方、最低賃金の引き上げをはじめとする社会保障の拡充を目指すなど左派色の強い社会政策を導入するなど、新自由主義的な政策を志向した前政権から大幅な方針転換を図ってきた。このような同政権による『反ビジネス』色の強い政策は、外国企業を中心に警戒感が強まることで対内直接投資の足かせとなることが懸念された。しかし、現実にはここ数年の米中摩擦に加え、コロナ禍、ウクライナ情勢の悪化により欧米などと米中の間の対立が激化する背後で、米国に関連する製造業企業は『ニアショアリング』の動きが広がるなか、米国と地続きの同国にはUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)も追い風に対内直接投資が活発化する動きがみられる。さらに、ロペス=オブラドール政権は歴代政権の汚職を批判するとともに、左派色の強い社会政策を展開したことも重なり、低所得者層を中心に高い支持を集めたほか、地方部を中心に政権及び与党MORENAは厚い支持を集めてきた。なお、コロナ禍に際して同国経済は深刻な悪影響を受けたものの、その後は経済活動の正常化を重視する姿勢を維持するとともに、経済面で依存度が極めて高い米国経済の堅調さも追い風に足下の景気は緩やかに底入れの動きが続いている。さらに、ここ数年は商品高に加え、国際金融市場における米ドル高が通貨ペソ安を通じた輸入インフレを招くとの懸念が高まり、中銀は米FRB(連邦準備制度理事会)に歩を併せる形で断続、且つ大幅利上げを余儀なくされる事態に見舞われたほか、インフレ昂進に伴い物価高と金利高が共存して景気に冷や水を浴びせる懸念が高まった。しかし、上述のように米国経済の堅調さが景気を下支えする展開が続いてきたほか、昨年末以降は高止まりしたインフレ率も頭打ちに転じており、その後も商品高の一巡や米ドル高の一服も追い風に頭打ちの動きを強めており、中銀も利上げ局面の休止に動くなど家計、企業部門を取り巻く環境に改善の兆しがみられる。このように経済面では現政権に追い風が吹くなか、今年6月に次期大統領選の『前哨戦』として実施された地方選挙では、長きに亘って中道野党のPRI(制度的革命党)が知事の座を死守してきた中部メキシコ州においてMORENAの候補が勝利しており、同国で最も人口が多い同州での勝利は次期大統領選で与党の追い風になることが期待された(注1)。他方、野党にとっては次期大統領選での苦戦が予想されるとともに、2018年の前回大統領選では現在の主要野党が独自候補を擁立したことで潰し合いになるとともに、MORENAの躍進を事実上お膳立てする格好となったため、次期大統領選に向けては統一候補を出すべく調整が進められた。今月初めには中道右派のPAN(国民行動党)所属の上院議員であるソチル・ガルベス氏を野党統一候補に指名することを公表した。ガルベス氏は先住民出身でエンジニアとして起業した後、2000年代前半には当時のフォックス政権で先住民政策担当相を務め、2015年にはメキシコシティのミゲル・イタルゴ区長、2018年に上院議員となった経歴を持ち、事前の世論調査においても野党候補のなかではトップとなるなど有力な候補者とみられてきた。他方、MORENAも6日に大統領選挙の公認候補に6月までメキシコシティの市長を務めたクラウディア・シェインバウム氏を擁立することを決定し、両氏による事実上の一騎打ちとなることとなった。シェインバウム氏はエネルギー関連の研究者を経て、ロペス=オブラドール大統領がメキシコシティ市長であった2000年に同市の環境局長に就任、2015年にはメキシコシティのトラルパン区長、2018年にはメキシコシティ市長となった経歴を持ち、ロペス=オブラドール大統領の側近のひとりとされ、事前の世論調査では与党候補者のなかでトップとなっていた。シェインバウム氏はロペス=オブラドール氏の路線を継承する考えを示しており、依然として高いロペス=オブラドール氏に対する人気や上述の前哨戦での与党勝利を追い風に選挙戦を進めると見込まれる。なお、シェインバウム氏もガルベス氏もともに女性であり、いずれの候補が勝利しても同国初の女性大統領が誕生することとなる。このところの通貨ペソ相場を巡っては、インフレ鈍化に伴う実質金利のプラス幅拡大を受けた投資妙味の向上を追い風に強含みする展開が続いてきたものの、ペソ高による弊害が顕在化する懸念が高まるなか(注2)、中銀は相場安定のために実施している為替ヘッジプログラムの段階的縮小に動く方針を明らかにしており、その後は頭打ちしている。ただし、中銀は長期に亘って緊縮的な金融政策を維持する必要があるとの見解を示すなど、中南米諸国において利下げの動きが広がるなかでも慎重な姿勢を崩しておらず、ペソ相場にとっては追い風となりやすい環境にある。他方、上述のようにMORENA政権は『反ビジネス』色が強い政策を志向しており、シェインバウム氏も現政権の方針を継承する姿勢をみせていることを勘案すれば、投資環境が劇的に改善するとの見通しは立ちにくい。その意味では、メキシコ経済やペソ相場の動向は米国経済の行方がカギを握る展開が続くと予想される。

図1 実質GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移
図1 実質GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移

図2 インフレ率の推移
図2 インフレ率の推移

図3 ペソ相場(対ドル)の推移
図3 ペソ相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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