総選挙に向けて「政争の道具」になりつつあるニュージーランド中銀

~物価抑制に手間取るなかで与野党双方から注文、直接的な影響は限定的も総裁人事には要注目~

西濵 徹

要旨
  • ニュージーランドでは10月に次期総選挙が予定されるなど、「政治の季節」は佳境を迎えている。足下の同国では、物価高と金利高の共存状態が長期化して幅広く国民生活に悪影響が出るなか、物価抑制に手間取った中銀が国民からの批判の矢面に立たされている。さらに、次期総選挙に向けて与野党双方から中銀に注文が付く動きもみられるなか、最大野党の国民党は責務縮小を公約に掲げる動きをみせる。責務縮小が金利動向などに影響を与える可能性は低いが、総裁人事の行方は注目される。とはいえ、当面のNZドル相場は引き続き米ドルに対して上値が重い一方、日本円に対しては底堅い展開が続くと見込まれる。

ニュージーランドにおいては、10月14日に議会(代議院:一院制(総議席数120))総選挙の実施が予定されており、いわゆる『政治の季節』は佳境を迎えている。2017年の総選挙では、いわゆる『ジャシンダ旋風』を追い風に労働党が議席を大きく増やして第2党となるなど躍進を果たしたほか、総選挙後には同党が緑の党、ニュージーランド・ファースト党との連立合意を経て9年ぶりの政権奪還を果たした。さらに、2020年の前回総選挙では、銃乱射事件や火山噴火、コロナ禍など課題が相次ぐなかで当時のアーダーン首相によるリーダーシップ発揮も追い風に、労働党は一段と議席を積み増して単独で半数を上回る地滑り的な大勝利を果たした。しかし、コロナ禍からの景気回復に加え、昨年のロシアによるウクライナ侵攻をきっかけにした商品高、国際金融市場における米ドル高を受けた通貨NZドル安に伴う輸入インフレも重なり、一昨年半ば以降のインフレ率は中銀目標を上回る水準で推移している。こうした事態を受けて、中銀は物価と為替の安定を目的に断続、且つ大幅利上げを余儀なくされたものの、インフレが高止まりするなか物価高と金利高が共存して景気に冷や水を浴びせるとともに、幅広く国民生活に悪影響を与える状況が続いている。なお、インフレ率は昨年4-6月に丸32年ぶりの水準となるも、その後は商品高の一巡に加え、米ドル高も一服するなどインフレ要因が後退したことでインフレは鈍化するなど頭打ちしている。よって、中銀は今年7月の定例会合において約2年ぶりに政策金利を据え置くとともに、今月の定例会合でも2会合連続で政策金利を据え置くなど利上げ局面の休止に舵を切る動きをみせている(注1)。他方、物価高と金利高の共存状態が長期化していることに伴い幅広く国民生活に悪影響が出ていることを受けて、国民の間に中銀の政策運営に対する『不満』が高まるなか、中銀と政府は6月に金融政策に関する新たな運営方針を通じて透明性向上に取り組む方針を公表する動きをみせている(注2)。こうした動きをみせる背景には、上述のように次期総選挙が近付くなかで最大野党の国民党を中心に中銀に対する批判を強めているほか、与党・労働党の間にも同様の動きが広がっていることが影響したと考えられる。また、上述のように前回総選挙ではアーダーン氏が労働党の躍進をけん引したものの、インフレ抑制では後手を踏む対応が続いたことで政権支持率は大幅に低下するとともに、政党別の支持率でも国民党が労働党を上回るなど総選挙での苦戦が予想されたため、今年1月にアーダーン氏は突如首相を辞任した(注3)。その後、アーダーン前政権でコロナ禍担当相などを務めてそのリーダーシップを主導したヒプキンス氏が首相に就任して党勢立て直しに取り組むも(注4)、直後にはサイクロンが直撃するなど自然災害に見舞われるなど不運が続いた。結果、政権交代後も党派別の支持率は国民党が労働党を上回る推移が続いており、ヒプキンス首相率いる労働党は苦戦を強いられる可能性が高いとみられる。こうしたなか、次期総選挙において6年ぶりの政権奪還を目指す国民党は、選挙公約に中銀の責務縮小のほか、中銀の政策運営に関して外部評価を行うことにより、その構造や機能に対する変更が必要か否かを判断する方針を掲げるなど、中銀を標的にする動きをみせている。この背景には、アーダーン前政権下の2018年に中銀法が改正され、中銀の責務に従来からの物価安定とともに、持続可能な雇用の最大化が加えられたことがある。こうしたことから、国民党は政権交代を前提に中銀法を改正して責務を物価抑制のみに縮小させる(戻す)方針を示すなど、中銀が『政争の道具』となる可能性が高まっている。なお、仮に中銀の責務が縮小された場合も、中銀が政策金利を直ちに変更するなどの対応に動く可能性は低いと見込まれる一方、足下の景気に不透明感がくすぶるなかで雇用への悪影響が懸念されるなか、現状に比べて『タカ派姿勢』が強まる可能性はあるほか、総裁人事の行方にも注目が集まる。とはいえ、当面のNZドル相場については米FRB(連邦準備制度理事会)がより強いタカ派姿勢を示すなかで米ドルに対して上値が抑えられる展開が続くことは避けられない一方、政策の方向性の違いが影響する形で日本円に対しては底堅い展開が続くと見込まれる。

図 1 インフレ率の推移
図 1 インフレ率の推移

図 2 NZ ドル相場(対米ドル、日本円)の推移
図 2 NZ ドル相場(対米ドル、日本円)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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