ニュージーランド、次期首相にヒプキンス氏、総選挙に向け党勢立て直しは進むか

~経済問題を軸に置く姿勢も、景気後退が懸念されるなかで政局を巡る動きが活発化する可能性も~

西濵 徹

要旨
  • ニュージーランドでは、アーダーン首相が突如辞任を表明した。アーダーン氏は銃乱射事件やコロナ禍対応でリーダーシップを発揮するともに、「働く女性」の象徴的存在として人気を集める一方、足下ではコロナ禍規制の長期化やインフレ対応、治安情勢の悪化を理由に支持率低下に直面してきた。今年10月に次期総選挙が予定される直前での辞任劇を受け、後任党首の行方に注目が集まった。党首選には政権内でコロナ禍対応で手腕を発揮し知名度を上げたヒプキンス教育相兼公共相のみが立候補し、党首に選ばれるとともに、25日に首相に就任する。ヒプキンス氏は主要課題に経済問題を挙げるとともに、物価安定と賃金上昇の実現を目指す考えを示す。他方、景気後退に陥る懸念もあるなか、政局が活発化することに要注意と言える。

ニュージーランドでは今月19日、アーダーン首相が突如辞任することを表明した(注1)。アーダーン氏を巡っては、2017年の総選挙において『ジャシンダ旋風』を追い風とする労働党の躍進、その後の政権交代の立役者になったほか、2019年に発生した銃乱射事件や火山噴火対応、その後のコロナ禍対応などで強力なリーダーシップを発揮し、2020年の総選挙では労働党が地滑り的な大勝利を収めることに大きな役割を果たした。さらに、2018年には長女の出産に際して世界で初めて現職の首相として産休を取得するなど、『働く母親』の象徴的な存在として世界的にも注目を集めたほか、アーダーン氏自身の人気の高まりが労働党政権に対する人気に直結する展開が続いてきた。しかし、コロナ禍規制の長期化を受けて、その影響が最も色濃く現われる若年層を中心に政権への不満が高まっているほか、商品高によるインフレに加え、凶悪犯罪の頻発などを受けて政権支持率は低下傾向を強めており、直近の世論調査では最大野党の国民党の支持率が労働党を上回る動きもみられた。同国では今年10月に次期総選挙の実施が予定されるなど『政治の季節』が近付くなか、アーダーン政権、及び与党労働党にとっては苦戦も予想されるなど難しい状況に直面している。アーダーン氏は、自身の首相辞任についてその理由にプライベートの要因を挙げたものの、上述の状況を勘案すれば、苦戦が予想される次期総選挙を見据えて先手を打った可能性も考えられる。他方、アーダーン氏の首相辞任に伴い、労働党は次期総選挙の顔となる党首を選ぶ必要に迫られたものの、22日に実施された労働党の党首選には、アーダーン政権において教育相と公共相、警察相を務めるとともに、コロナ禍担当相としてその対応を担ったヒプキンス氏のみが立候補したため、同氏が正式に党首に選出されるとともに、25日に次期首相に就任する。なお、党首選には当初、アーダーン政権内で政権ナンバー2の副首相と財務相を務めるロバートソン氏のほか、法務相を務めるアラン氏、移民相を務めるウッド氏などの出馬が取り沙汰されていたものの、ロバートソン氏は早々に出馬しない意向を示したほか、その他の候補も立候補を見送るとともに、ヒプキンス氏への一本化が図られた。ヒプキンス氏は現在44歳と、アーダーン氏(42歳)と同様に若手政治家ながら、クラーク元政権下で上級顧問を務めた後に2008年の総選挙で国会議員に初当選、17年の総選挙を経て誕生したアーダーン政権下で教育相と公共相に就くとともに、20年から22年にかけてはコロナ禍担当相を、22年からは警察相を兼務している。ヒプキンス氏を巡っては、コロナ禍担当相として強力な感染対策により一時は国内における感染封じ込めに成功したことで国民の間で知名度を高めたほか、昨年発生した議会前での抗議デモやギャングによる抗争や強盗の頻発を受けて治安情勢が深刻化するなかで事態収拾を任される形で警察相を兼務するなど、アーダーン政権内ではリスク対応を任されてきた経緯がある。他方、上述のように与党・労働党の支持率は大きく低下しており、次期総選挙まで時間が限られるなかで党勢の立て直しが急務となるなか、ヒプキンス次期政権は船出早々から山積する課題に如何に対応出来るかが問われることとなる。ヒプキンス氏は党首就任後の記者会見において、早急に政策の優先順位を見直す考えを示すとともに、政権の主要課題に経済問題を挙げ、物価安定を図りつつ、賃金上昇に向けた経済成長の実現を強調する姿勢をみせた。しかし、足下のインフレ率は歴史的高水準で推移する一方、物価安定に向けて中銀は大幅利上げを余儀なくされるとともに、先行きの景気はリセッション(景気後退)に陥る可能性が懸念されるなど、次期政権にとっては逆風が吹きやすい状況にある。ヒプキンス次期政権は山積する課題に対応する必要がある一方、次期総選挙に向けて政局が大きく動く可能性にも注意する必要があろう。

図表1
図表1

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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