ニュージーランド・アーダーン首相が突然の辞任表明

~総選挙間際の突然の辞任表明、予想外の展開により政局が流動化する可能性に要注意~

西濵 徹

要旨
  • 19日、ニュージーランドのアーダーン首相が突然の辞任を表明した。同国では、2017年の総選挙で「ジャシンダ旋風」を追い風に労働党が躍進してアーダーン政権が誕生した。当初は連立政党を巡る不透明感が懸念されたが、穏当な政策運営がなされたほか、アーダーン氏のリーダーシップも追い風に2020年の総選挙では労働党が地滑り的大勝利を収めた。しかし、当初こそ封じ込めに成功したコロナ禍対応では、その後の感染拡大で景気が下振れするとともに、規制長期化が支持率低下を招いた。他方、足下の景気は底入れの動きを強めるも、物価高と金利高の共存を受けて先行きはリセッション入りが懸念されるなど不透明感が高まっている。今年10月に次期総選挙が予定されるなど「政治の季節」が近付くなかでの突然の辞任表明はサプライズであり、労働党内に有力な後任候補が居ないなかで今後の政局は流動的な展開も予想される。

ニュージーランドでは、2017年に実施された総選挙において当時の最大野党であった労働党がアーダーン党首の下で『ジャシンダ旋風』を追い風に、第2党ながら議席数を大きく増やすなど大躍進を果たすとともに、その後の連立交渉による多数派工作に成功したことで政権交代を果たした。アーダーン政権を巡っては、アーダーン氏自身がそれまで閣僚経験がなかったことに加え、連立を組むニュージーランド・ファースト党が内向き姿勢の強い排外的、且つ大衆迎合的な政策を掲げてきたことから、当初はその政策運営に対する不透明さが懸念された(注1)。しかし、現実には懸念された内政、及び外交戦略について過去の政権からの継続性が重視されるとともに、比較的穏当な政策運営が行われたことで、事前に金融市場などが抱いた懸念の払しょくが図られた。さらに、2019年3月に南島中部のクライストチャーチのモスクで発生した銃乱射事件、同年12月に北部ホワイト島で発生した火山噴火対応のほか、2020年以降のコロナ禍対応を巡って強力なリーダーシップを発揮する形で感染封じ込めの成果を上げたため、政権に対する批判は大きく後退した。他方、2018年には長女の出産に際して現職の首相として世界で初めて産休を取得するなど、『働く母親』の象徴的な存在として世界的にも注目を集めるとともに、アーダーン氏自身の人気を高めることに繋がった。こうしたこともあり、2020年に実施された総選挙では最大与党の労働党が議席数を増やして単独で半数を上回る地滑り的な大勝利を果たすとともに、連立与党の一角を占めるニュージーランド・ファースト党がすべての議席を失ったため、アーダーン政権2期目は政権運営を巡る『フリーハンド』を得ることに成功した(注2)。他方、当初こそ封じ込めに成功したコロナ禍対応を巡っては、その後は感染拡大に見舞われるとともに行動制限を余儀なくされたことで景気が下振れする事態に直面した。さらに、コロナ規制の長期化を受けてその影響が直撃する若年層を中心に政権に対する批判の動きが広がるとともに、政権支持率も低下する動きもみられた。とはいえ、足下ではワクチン接種の進展を受けて経済活動の正常化の動きが進んでいる上、国境再開も追い風に外国人観光客数も底入れするなど景気は底入れの動きを強めており、同国経済はコロナ禍の影響を克服していると捉えられる(注3)。ただし、足下のインフレ率は約30年ぶりの水準で高止まりするとともに、中銀(NZ準備銀行)の定めるインフレ目標を大きく上回る水準で推移しており、中銀は昨年末にかけてタカ派傾斜を強めるとともに、先行きの景気を巡ってリセッション(景気後退)に陥る可能性があると警告するなど不透明感が高まる動きがみられる(注4)。このように景気の雲行きが怪しくなる一方、今年10月に次期総選挙の実施が予定されるなど『政治の季節』が近付いており、景気動向が政局に如何なる影響を与えるかに注目が集まっている。こうしたなか、19日にアーダーン首相は突如次期総選挙後の再選を目指さない意向を示すとともに、来月7日までに首相の職を辞任する考えを明らかにした。記者会見においてアーダーン氏は「続投する力が残っていない」と説明するとともに、「政治家も人間であり、可能な限り全力を尽くした後に引き際がやってくる」と述べた上で、長女が小学校入学を控えるタイミングであること、パートナーとの正式な結婚にも話が及ぶなど、個人的理由によるものとみられる。その上で、次期総選挙について「労働党が勝利すると信じている」と述べるとともに、今月22日にも次期総選挙の顔となる党首選出に向けた選挙を実施する方針が示された。ただし、政権で副首相と財務相を務めるロバートソン氏は次期党首選に出馬しない意向を示しているほか、これまでアーダーン氏の個人的な人気に依存してきた同党内に有力な後任候補が居ない状況にあることを勘案すれば、今後の政局は極めて流動的な展開も予想される。

図表1
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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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