IMFがスリランカへの支援承認へ、経済立て直しの前提条件が整う

~中国が債務再編に譲歩、グローバルサウスへの影響力拡大を目指す動きが強まる可能性も~

西濵 徹

要旨
  • スリランカは、ラジャパクサ一族の失政やコロナ禍も重なったことで外貨不足を理由に対外債務のデフォルト状態となるなど経済危機に陥った。ウィクラマシンハ大統領の下で経済の立て直しが進められるなか、昨年9月にIMFは22億SDRの金融支援に向けた実務者合意に至った旨を明らかにした。しかし、主要債権国との債務再編協議が難航して理事会承認には至らなかったものの、今年に入って以降インドや中国が債務再編に応じる姿勢をみせた。その後の詰めの協議の結果、中国輸銀が債務返済の猶予と債務再編協議を行うことで合意した模様であり、IMFも理事会承認の目途が立った旨を明らかにした。中国の態度軟化を巡っては、グローバルサウスへの影響力拡大を目指す意図も影響しているとみられる。他方、スリランカにとっては中国のゼロコロナ終了も重なり、経済の立て直しに向けた前提条件がようやく整いつつあると捉えられる。

スリランカでは、ラジャパクサ一族(マヒンダ元大統領、及びゴタバヤ元大統領)の下での度重なる失政に加えてコロナ禍を受けた主力産業(観光業)の壊滅的打撃が重なり、外貨不足に陥るとともにエネルギー資源や肥料、穀物、医薬品などの輸入が滞った上、インフレも昂進して国民生活に深刻な悪影響が出たほか、対外債務が支払い不能となる債務不履行(デフォルト)状態に陥った。国民生活が混乱するなかで昨年は反政府デモが活発化して政情不安状態に陥る事態となり、最終的にゴタバヤ元大統領は海外逃亡の後に大統領を辞する事態に発展し、その後の大統領選を経て大統領に就任したウィクラマシンハ氏の下で経済の立て直しに向けた取り組みが進められた。同国経済を巡っては、外貨不足が顕在化する以前から、ラジャパクサ一族による施政下で中国の経済支援の受け入れを拡大させてきた結果、いわゆる『債務の罠』と称される事態に陥るなど対外債務を理由とする問題に直面してきた。こうしたことから、ウィクラマシンハ氏は財務相を兼任することでIMF(国際通貨基金)との協議の窓口となることで円滑な支援受け入れによる経済の立て直しを目指す姿勢をみせてきた。なお、IMFによる金融支援を巡っては、昨年9月に拡大信用供与ファシリティー(EEF)に基づく22億SDR(約29億ドル)規模の支援受け入れに向けて実務者レベルの暫定合意が公表されるなど一定の前進が確認された(注1)。しかし、IMFの支援決定には理事会での承認が必要となる上、その前提にはインド、中国、日本をはじめとする主要債権国、同国の国債を保有する海外の金融機関や資産運用会社との間で債務再編に向けた合意を得ることが必要となる。ウィクラマシンハ政権は昨年中に債権者との合意を得るべく交渉を進めてきたものの、パリクラブ(主要債権国会議)との交渉は前進する一方、パリクラブに属さない主要債権国のインドや中国との協議が難航して越年を余儀なくされたほか、協議の長期化により実体経済を取り巻く状況は一段と厳しさを増すことが懸念された。こうしたなか、今年1月にはインドがIMFによる支援受け入れを後押しする観点から債務再編に応じることを明らかにするなど交渉の前進が確認された。さらに、最大の懸案となってきた中国を巡って、共産党中央対外連絡部の陳洲副部長が同国を訪問して債務問題を協議するとともに、その後に中国進出口銀行(中国輸出入銀行)が2年間を対象とする融資の元利払いを猶予するとともに、IMFによる支援受け入れを後押しする旨の書簡を同国財務省送ったことを明らかにするなど事態が前進する兆しがみられた(注2)。ただし、中国輸銀が元利払い猶予を表明したにも拘らず、その内容を巡って詰めの協議が行われるなどIMFからの支援受け入れを巡ってはこう着した状態が続いてきた。他方、今年のG20(主要20ヶ国・地域)の議長国であるインドは『グローバルサウス(南半球を中心とする途上国)』の盟主を自任しており、今年1月には「グローバルサウスの声サミット」をオンラインで開催するとともに、先月のG20財務相・中央銀行総裁会議においても途上国の債務問題を主要議題に取り上げたものの、参加国の間で見解の相違が顕在化する動きがみられた。この背景には、足下においては中国が二国間融資で世界最大の債権国となるなど存在感を高める一方で中国は債務再編に慎重姿勢を維持しており、仮に債務再編に応じた場合に他の債務国からドミノ倒し的に債務再編を求められることを警戒していると考えられる。しかし、上述のようにインドがグローバルサウスへの影響力拡大を目指す一方、ここ数年の中国は米中摩擦に加えて欧州などとの間にもすきま風が吹いており、ウクライナ問題を契機に欧米との距離感が一段と広がるなか、中国にとってはグローバルサウスの国々に支持を広げる必要性が高まっている。こうした外部環境の変化も追い風に、中国は債務国への態度を一段と軟化させることに繋がっていると考えられる。中国輸銀はスリランカ政府に対して昨年と今年に期限を迎える債務を対象に即時返済を求めない上で、中長期的な債務処理を巡る交渉をまとめる意向を示した模様であり、これを受けてウィクラマシンハ大統領は議会に対して中国から協力を得られた旨の説明を行った。さらに、IMFは昨年9月に実務者合意に至った22億SDR相当の支援について、中国を含むすべての主要債権者から融資保証を得たことを受けて今月20日に理事会での承認を得られる見通しになった旨を明らかにするなど、事態は大きく前進している模様である。また、中国によるゼロコロナ終了の動きを巡っても、財輸出における中国(含、香港・マカオ)向けは3%強と直接的なインパクトは大きくないものの、コロナ禍前には外国人観光客に占める中国人観光客が1割強を占めてきたことを勘案すれば、コロナ禍を経て疲弊した観光関連産業の回復に繋がることが期待される。その意味では、スリランカ経済が本当の意味で立ち直りの動きを強める前提条件がようやく揃いつつあると捉えることが出来よう。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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