IMFがスリランカへの支援で実務者合意、経済の立て直しに一歩

~今後は主要債権国の債務再編の行方に注目、日本に求められる役割は極めて重要なものに~

西濵 徹

要旨
  • スリランカは、ラジャパクサ一族の度重なる失政にコロナ禍が重なり、外貨不足による経済の混乱に陥った。反政府デモが激化した結果、ラジャパクサ前大統領は海外逃亡の後に辞職し、ウィクラマシンハ大統領が就任した。同氏は財務相を兼任してIMFとの支援協議の窓口となり、先月中旬から実務者レベルの協議が進められた。1日、IMFは実務者レベルながら向こう4年間で約29億ドル規模の金融支援を行うことで合意した旨を明らかにした。支援受け入れに際しては税制改革など公的部門に大鉈を振るうことは避けられない。他方、今後は日本や中国、インドなど主要債権国による債務再編の行方に注目が集まる。同国経済の立て直しに向けては、日本も当事国の一角として主体的に協議を進めるなどの取り組みが求められるであろう。

スリランカは、ラジャパクサ一族(マヒンダ及びゴタバヤ)による度重なる失政に加え、コロナ禍により主力産業である観光業が壊滅状態となり、外貨不足を理由にエネルギー資源や肥料、穀物、医薬品など多くの財の輸入が滞るなど国民生活に深刻な悪影響が出ているほか、対外債務も支払い不能となる債務不履行(デフォルト)状態に陥った。国民生活の混乱を受けて、春先以降全土に反政府デモの動きが広がるとともに、7月にはデモ隊が大統領公邸を占拠するなど混乱が激化した結果、ゴタバヤ・ラジャパクサ大統領は海外に亡命し、大統領職を辞任する事態に発展した。その後、議会で実施された大統領選を経て前首相のウィクラマシンハ氏が大統領に選出され(注1)、新政権の下で経済の立て直しに向けた動きが前進している。なお、同国を巡っては外貨不足が顕在化する以前から、ラジャパクサ政権の下で急拡大した中国の経済支援によりいわゆる『債務の罠』と呼ばれる動きがみられるなど、対外債務の支払いに問題を抱えてきた。こうしたなか、ウィクラマシンハ氏は5月の首相就任時に財務相を兼務してIMF(国際通貨基金)との協議の窓口となることで、IMFからの円滑な支援受け入れによる経済の立て直しを目指す姿勢をみせてきた。ウィクラマシンハ氏は大統領就任に際しても財務相を兼務しており、自らが窓口となる形でIMFとの支援協議に加え、債権国との間で債務軽減に関する協議も並行して行う考えを示してきた。こうしたなか、先月中旬からIMFの協議団が同国入りしてウィクラマシンハ大統領のほか、財務省や中銀との間で実務協議が行われてきた。その結果、IMFはホームページに1日付で同国に対して拡大信用供与ファシリティー(EEF)に基づく約29億ドル規模(22SDR)の金融支援を実施することで実務者レベルの合意に至ったことを公表した。今回の枠組に基づく融資期間は48ヶ月としており、IMFは目的について「マクロ経済の安定と債務の持続可能性を回復すること」とした上で、「債務の持続可能性を確保し、融資ギャップの解消には債権者による債務減免と他の多国間機関からの追加支援が必要になる」との考えを示しており、今後予定される日本や中国、インドをはじめとする債権者との債務再編協議が重要になる。他方、IMFプログラムの実施に際して、財政健全化に向けた歳入拡大のほか、燃料及び電力の料金制度改定、社会保障改革、中銀の独立性強化、外貨準備の強化を目指すとしており、具体的には個人所得税の累進性強化や法人所得税と付加価値税の課税対象拡大などの税制改革が含まれるとしている。さらに、歳出面では貧困層向けの社会保障制度は維持する一方、大規模な歳出削減や国営企業の人員削減や民営化などが行われるなど、幅広く公的部門に対して大鉈を振るう展開となることが予想される。なお、今後はIMF理事会での承認が必要となるが、そのためには同国政府が合意した条件(コンディショナリティ)を円滑に履行することが条件となる。今回の合意はスリランカ経済の立て直しに向けた『大きな一歩』となることは間違いない一方、今後は日本や中国、インドなど主要債権国のほか、国債を保有する海外の金融機関及び資産運用会社などとの債務再編協議の行方に注目が集まる。ウィクラマシンハ大統領は今月、来日した上で日本政府に対して主要債権国の協議を主導するよう求める方針を示しているほか、全債権国で構成される債権国会議を通じて債務再編交渉を進めたいとの意向をみせている模様である。こうした動きは、同国同様に中国による債務の罠に直面するザンビアを巡って、フランスと中国が債権国委員会の共同議長となるなど、債務再編に後ろ向きとされる中国が債務再編のテーブルに付いたことを受け、同様の状況に議論を展開させたいとの思惑がうかがえる。ただし、フランスはパリクラブ(主要債権国会議)を長年主導するなど債務再編交渉に関する経験の蓄積がある一方、スリランカの主要債権国のなかでリスケなど債務再編の経験を有するのは日本くらいであり、現時点において円滑に協議が進められるかは極めて不透明である。また、中国の債務の罠を巡る議論では度々金利水準に注目が集まるが、問題は金利水準だけではなく、融資対象のプロジェクトに対して適切な猶予期間及び返済期間が設定されているかであり、同国のプロジェクトについては疑念を呈せざるを得ない案件が散見される。他方、中国は債務返済に窮する国に対して新規融資を供与することで糊塗する対応をみせる傾向があるが、こうした対応は融資ギャップを一段と悪化させるなど事態を深刻化させることに繋がる。その意味では、今回のIMF支援をきっかけに同国経済の立て直しに向けた動きが着実に前進できるか否か、日本も当事国の一角として主体的に動く必要に迫られることになろう。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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