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2022.05.18
アジア経済
バイデン政権
米中関係
EPA・TPP
米主導のIPEF(インド太平洋枠組み)はアジアを惹きつけられるか
~経済的利益は小さく魅力は乏しいなか、成功のハードルは極めて高いのが実情と言える~
西濵 徹
- 要旨
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- 世界の成長センターと期待されるアジア新興国では近年、様々なメガFTAが構想されるなど取り込みが活発化してきた。ただし、米国はトランプ前政権がTPPからの離脱を決定し、バイデン現政権もTPP復帰に後ろ向きの状況が続く。一方で中国はCPTPPへの正式加盟のほか、デジタル経済面での影響力向上を狙う動きをみせており、米バイデン政権はTPPに代わる枠組としてIPEFを提唱した。IPEFは貿易、サプライチェーン、インフラ・脱炭素、税・腐敗防止を柱にする一方、協議を巡る議会回避を目的に関税引き下げを対象外としている。バイデン政権は大統領訪日時に正式発足を表明し、日本政府も歓迎する意向をみせるが、アジア新興国には魅力の乏しいと判断されるなど、その成功のハードルは極めて高いのが実情と言える。
ASEAN(東南アジア諸国連合)をはじめとするアジア新興国を巡っては、近年は世界経済の成長センターとして期待を集めるなかで様々なメガFTA(自由貿易協定)の枠組が構想されるなど、経済的な結び付きの強化を通じて成長を取り込む動きが活発化してきた。米国が離脱するも、日本が主導する形で最終合意に至るとともに発効したCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)のほか、一昨年末にインドが離脱する形で最終合意に至るとともに発効したRCEP(東アジア地域包括的経済連携協定)などはそうした動きの現れである。なお、米国はトランプ前政権の下でTPPからの離脱を決定したものの、政権交代が行われた後もバイデン現政権にとってTPP復帰のハードルは極めて高い状況が続いている。さらに、トランプ前政権の下では米中対立が激化したほか、バイデン現政権においても米中対立の範囲が拡大している一方、アジア新興国においてはRCEPの交渉などを通じて中国が関与を強める動きが活発化している。よって、バイデン政権としてはアジア新興国への関与拡大に向けた取り組みが必要との認識が高まっていたと考えられる。こうしたなか、バイデン政権は昨年10月末に開催された東アジアサミットにおいてTPPへの復帰に代わる枠組として、米国が主導する新たな構想(IPEF(インド太平洋経済枠組み))を発表した。バイデン政権がIPEFを立ち上げた背景には、中国が昨年9月にCPTPPへの加盟申請を正式に表明するなど(注1)、アジア太平洋地域におけるメガFTAへの関与に前のめりになる動きをみせていることがある。さらに、中国は昨年11月にはシンガポールなどが主導するDEPA(デジタル経済パートナーシップ協定)への加盟申請も正式に行うなど、アジア太平洋地域においてデジタル経済分野の主導権を取る動きもみせている。こうしたことから、米バイデン政権としては想定外の速さで中国が関与を強めるなかでアジア太平洋地域への影響力維持に向けた取り組みを前倒しせざるを得なくなったと考えられる。他方、米国では昨年7月にTPA(大統領貿易促進権限)が失効しており、他国と新たな貿易協定の締結に際して連邦議会の承認プロセスが必要であり、今年は11月に中間選挙を控えるなかでバイデン政権及び与党(民主党)にとって逆風となるため、IPEFはあくまで連邦議会を『迂回』すべく貿易協定ではなく、枠組レベルのものとならざるを得ない事情がある。なお、IPEFにおいては①公正で強靭な貿易、②サプライチェーンの強靭性、③インフラ、脱炭素、クリーンエネルギー、④税と腐敗防止の4分野を柱に、分野ごとに合意形成を模索する『モジュール型』の枠組を想定している模様であり、それに伴い連邦議会の関与を回避する狙いがうかがえる。ただし、その結果としてIPEFでは関税の引き下げといった従来の経済連携協定などで盛り込まれる内容は交渉の対象外とされており、仮にIPEFに加盟した場合においても米国市場へのアクセスが改善するとは限らない状況となっている。こうしたことから、今月13日に開催された米国とASEANとの特別首脳会議の場において、米バイデン大統領はIPEFを紹介した模様であるが、明確に関心を示したのはシンガポールとフィリピンだけであり、会議の共同声明においてIPEFは言及されていない。米バイデン政権としては、今月22~24日のバイデン大統領の訪日に併せてIPEFの発足を正式表明する姿勢をみせており、日本政府はこれを歓迎する姿勢を表明しているものの、上述の状況を勘案すればアジア新興国にとってIPEFは魅力的なものとはなっていないと捉えられる。他方、米バイデン政権及び民主党を巡っては中間選挙での厳しい状況も予想されるなか、次期政権の行方如何では構想そのものが『宙ぶらりん』な状態となる可能性も考えられるなど、その成功は極めて難しい状況にあると判断出来る。
注1 2021年9月17日付レポート「中国によるCPTPP加盟の正式申請を如何にみるか」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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