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2021.09.17
アジア経済
バイデン政権
米中関係
EPA・TPP
アジア経済全般
中国経済
中国によるCPTPP加盟の正式申請を如何にみるか
~透明性と公平性を前提とするルール作りという原理原則に基づく冷静な判断が求められる~
西濵 徹
- 要旨
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- 16日、中国商務部はCPTPPへの加盟を正式に申請したことを明らかにした。アジア太平洋地域では中国を含むRCEPが年内にも発効する見通しであり、欧米との関係が不透明になるなかでCPTPP加盟による地域での影響力拡大を狙っている可能性がある。他方、透明かつ公平なルール作りを前提とするCPTPPへの加盟のハードルは高いことを勘案すれば、中国による加盟申請を「裏読み」することが必要とも考えられる。
- 仮に中国がCPTPPに加盟すれば、アジア太平洋地域で経済、外交、安全保障面で影響力を強めることが予想される。他方、米国はアジア太平洋地域に軍事面でも関与を強めており、今後は中国の一帯一路戦略との間でつばぜり合いが一段と活発化することは避けられない。米バイデン政権のTPPへの復帰を期待する向きもあるが、中国の正式申請でその芽は消えると見込まれ、CPTPPが「宙ぶらりん」化することも懸念される。
- 今年は日本がCPTPP議長国であり、今後は慎重な検討が求められる。ただし、CPTPPは透明性や公平性を前提とするルール作りを目指していることを勘案すれば、WTO加盟の際のような安易な妥協は決してあってはならない。その意味では、中長期的な視点とともに原理原則に基づく冷静な判断が求められると言える。
16日、中国商務部はCPTPP(包括的及び先進的環太平洋連携協定)への加盟を正式に申請したことを明らかにした。声明によれば、王文濤商務部長が事務局の役割を担うニュージーランドのオコナー貿易相に申請書を提出するとともに、テレビ会議を通じて中国の正式な加盟申請に関するフォローアップ作業に関する連絡を行った模様である。CPTPPを巡っては、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)の旗振り役を務めてきた米国がトランプ前政権の下で離脱したため、米国を除く11ヶ国での出直しを余儀なくされたものの、日本が主導する形でCPTPPに『衣替え』して2018年末に発効するなどアジア太平洋地域における一大経済圏が構築された。なお、アジア太平洋地域においては2013年からRCEP(地域的な包括的連携協定)の協議が行われてきたなか、CPTPPの発効を受けて中国が協議に『前のめり』の姿勢をみせたこともあり、昨年末にインドを除く15ヶ国で合意に至るなど議論が大きく前進したほか(注 )、早ければ年内にも発効が見込まれる状況にある。他方、ここ数年は米中摩擦の動きが激化しているほか、米中摩擦の背後で関係深化を模索してきたEU(欧州連合)諸国との関係を巡っても、中国国内における人権問題などをきっかけに雲行きが怪しくなっており、中国としてはアジア太平洋地域における『足場固め』が急務となってきた。こうしたことから、習近平国家主席は昨秋のAPEC(アジア太平洋地域協力)首脳会議においてCPTPP加盟を「積極的に検討する」方針を明らかにしたほか、今春の全人代(第13期全国人民代表大会第4回全体会議)でも李克強首相がCPTPP加盟の「積極的な検討」を明示するなど(注 )、中国はCPTPP加盟を目指す姿勢をみせてきた。ただし、CPTPPは透明性や公平性を前提とするルール作りを目指す取り組みである一方、中国が議論を主導する形となったRCEPでは部分的にルール作りに踏み込む動きはみられたものの、そのレベルはCPTPPに比べて低いものに留まるなど、協議そのものは中国に『押し切られた』面は否めない。一方、中国のCPTPPへの正式加盟にはすでに加盟している11ヶ国の承認が必要となるが、中国との間で通商摩擦を抱える豪州、南シナ海の領有権を巡って中国と対立するベトナムの判断が交渉の行方を左右することが予想される。さらに、CPTPPはルール作りを前提としているなか、加盟に際してはルールに基づく国内法の改正といった取り組みも求められるが、来秋に共産党大会(中国共産党第20回全国代表大会)が予定されるなど『政治の季節』が近付いており、このところの中国では『内向き姿勢』を強める動きがみられる。習近平政権下の外交戦略を巡っては、かつての『韜光養晦(「才能を隠して内に力を蓄える」の意)』から『戦狼外交』とも称されるような攻撃的な動きをみせていることを勘案すれば、『外圧』による政策変更に動く可能性は極めて低いと見込まれる。特に、CPTPPではデータ流通を巡る「3原則(データの自由な越境移転、サーバー等の国内設置要求禁止、ソースコードの開示・移転要求禁止)」が盛り込まれているが、中国では今年9月に施行されたデータ安全法(数据安全法)でデータの越境移転や輸出が禁止されるなどデータ規制が強化されているほか、外資系企業が許認可の取得を巡って地方政府などから技術開示を迫られる事態が相次ぐなど3原則と相容れない事態が散見される。それ以外にも知的財産の扱いのほか、政府調達を巡る国内外企業の原則的な差別撤廃を求めている上に国有企業に対する補助金などの問題もあるほか、新疆ウイグル自治区において人権問題が注目されるなかで労働に関するルール作りも求められるため、中国がCPTPPに正式加盟するためのハードルは極めて高いのが実情であろう。その意味では、中国の加盟申請の動きについてはその背景を『裏読み』することが必要と判断出来る。
なお、仮に中国がこうした様々なハードルをクリアしてCPTPPに正式加盟することが出来るとすれば、CPTPPの枠内の経済規模は世界全体の3割以上に達するなど、RCEPと並ぶ形でアジア太平洋地域に一大経済圏が構築されることになる。さらに、CPTPPには英国がすでに参加表明を行っており、今月には参加交渉に向けた動きが前進する動きがみられるなど、アジア太平洋地域のみならず欧州にも影響力を広げることが可能になると予想される。ただし、CPTPPに正式加盟するためには中国が既存の秩序を遵守するとともに、それに合わせて国内の法制度の改正などに取り組むなど『行儀よく』なる必要があるものの、上述のように攻撃的な動きを強めていることを勘案すれば、表面的に取り繕うことはあっても内実が変わる可能性は低いと見込まれる。よって、今後行われる協議については、中国のWTO(世界貿易機関)加盟を巡る交渉が事実上形骸化される形で今に至っている状況に鑑みて、透明性と公平性を前提とするルール作りというCPTPPの原則を曲げることなく、高い水準の自由貿易の枠組を中国に受け入れさせる努力が何よりも求められよう。他方、仮に中国がCPTPPに正式加盟すれば、中国は枠組全体の半分近い経済規模を有するなど圧倒的な存在感を示すことになり、枠組内の国々は中国経済に対する依存度を高めていくことは避けられそうにない。また、強大な経済的影響力を追い風に中国はアジア太平洋地域における外交及び安全保障面での『圧力』を強めることも予想される。米中摩擦は当初の通商問題から知的財産権やデータを巡る問題など経済の覇権を目指す争いとなっているほか、東シナ海や南シナ海のみならずアジア太平洋地域全体の安全保障問題に発展しており、摩擦が一段と激化することが考えられる。米国はアジア太平洋地域においてQuad(日米豪印戦略対話)やAUKUS(米英豪軍事同盟)などといった枠組の構築を通じて関与を強める一方、中国は『一帯一路』を追い風に対外戦略を積極化させるなど、米中によるつばぜり合いの動きは今後も一段と強まることが予想される。なお、CPTPPの前身であるTPPは元々米国が議論を主導してきたなか、『アメリカ第一主義』を標ぼうするトランプ前政権が離脱を決定する一方、『国際協調路線』への回帰を目指すバイデン現政権は復帰に動くとの見方がある。しかし、中国がCPTPPへの加盟を正式に申請したことを受けて、米国内ではトランプ前政権の主張(米国内の雇用が奪われるなど)が盛り上がる可能性があるほか、環境問題を理由に自由貿易協定の見直しを求める動きもみられるなか、環境が政策の柱のひとつであるバイデン政権にとって優先度合いが低下することは避けられない。こうした意味では、中国がCPTPPの『宙ぶらりん』の状況を狙っているとすれば、今回の申請の効果は充分にあったと捉えることが出来る。
さて、今年は日本がCPTPPの議長国であり、このタイミングで中国の正式申請が提出されたことを受けてこの取り扱いを慎重に検討する必要に迫られる。上述したようにCPTPPは透明性と公平性を前提とするルール作りを目指す形で構築されたことを勘案すれば、この原則を曲げることは決してあってはならない。足下の世界経済を巡っては、成長の4分の1程度が中国経済に起因すると試算されるなど中国経済に『おんぶに抱っこ』の状態となっており、この成長を取り込むことの重要性は言を俟たないことである。その一方、ここ数年の中国が様々な面で既存秩序の『上書き』を目指す動きを強めていることを勘案すれば、仮に短期的な経済的利益に目がくらんで安易な妥協に動けば、その後は中長期に亘ってマイナスの影響を被る可能性に留意する必要がある。よって、日本には原理原則に基づく冷静な判断を行うことが求められると言えよう。
注1 2020年11月17日付レポート「RCEP、「インド抜き」ながら8年越しで合意に至る」
注2 3月5日付レポート「中国 2021 年全人代、成長率目標(6%以上)は数値より質向上の証か」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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