ベトナム景気は外需が下支えも、「政治」がリスク要因となりつつある

~政治混乱が幅広い経済活動の足かせとなるなか、共産党内の動きに注意を払う必要性が高まる~

西濵 徹

要旨
  • ベトナムを巡っては「チャイナ・プラス・ワン」の筆頭格として、中国に代わる生産拠点として注目を集める。他方、経済構造面では中国への依存度が比較的高く、中国の景気減速懸念が足かせとなる懸念はくすぶる。今年1-3月の実質GDP成長率は前年比+5.66%と伸びが鈍化し、前期比年率ベースではマイナス成長になったと試算されるなど景気底入れの動きに一服感が出ている。ただし、外需や対内直接投資は堅調に推移する一方、家計消費は頭打ちするなど内需が景気の足かせとなっている。足下では生活必需品を中心とするインフレに加え、通貨ドン安も進むなど中銀はドン安阻止に向けて再利上げを余儀なくされる可能性がある。他方、先月には国家主席が2代連続で更迭される異常事態となっており、ここ数年は政治を巡る状況が経済活動の足かせとなる動きがみられたなか、当面は政治動向に注意を払う必要性は高まっている。

ベトナムを巡っては、米中摩擦やデリスキング(リスク低減)を目的とする世界的なサプライチェーン見直しの動きも追い風に、いわゆる『チャイナ・プラス・ワン』の筆頭格と見做される展開が続いている。こうした背景には、地理的に中国と隣接するとともにASEAN(東南アジア諸国連合)の中心に位置している上、アジア太平洋地域に広がる経済連携協定(CPTPPやRCEP)に加盟するなど投資環境整備を進めてきたことも影響している。ここ数年は対内直接投資が活発化していることも追い風に中国に代わる生産拠点となる動きがみられるものの、現実には財、サービスの両面で中国向け輸出の割合が高いなど中国経済との連動性が高い特徴を有する。よって、中国景気に対する不透明感の高まりは同国経済の足かせとなる懸念がくすぶるなか、今年1-3月の実質GDP成長率は前年同期比+5.66%と前期(同+6.72%)から伸びが鈍化しており、季節調整値に基づく前期比年率ベースの成長率も4四半期ぶりのマイナス成長となったと試算されるなど、底入れの動きに一服感が出ていることが確認された。農林漁業やサービス業を中心に生産に下押し圧力が掛かるとともに、製造業の生産も拡大の動きに一服感が出るなど全般的に頭打ちしている様子がうかがえる。需要サイドの動きを巡っては、世界経済を巡る不透明感が高まっているものの輸出は堅調に推移している上、外需の堅調さや上述の動きも追い風に対内直接投資も堅調な流入が続いており、足下の景気を下支えしていると捉えられる。一方、昨年後半以降は食料品やエネルギーなど生活必需品を中心にインフレが再燃しており、中銀は政策金利を引き下げて景気下支えに向けた取り組みを進めてきたにも拘らず、昨年末以降の家計消費は頭打ちの様相をみせるなど内需が景気の重石になっているとみられる。また、昨年は電力不足が幅広い経済活動の足かせとなる事態に直面したため(注1)、国営ベトナム電力公社(EVN)は石炭輸入の拡大により電力供給を優先させる動きをみせている。結果として電力不足が経済活動の足かせとなる事態は回避されているものの、昨年後半以降のインフレが高止まりする一因になっているほか、足下の家計消費の重石となるなど『副作用』が顕在化する動きに繋がっている。足下のインフレ率は中銀目標を下回り比較的落ち着いた動きが続いており、中銀が昨年利下げによる景気下支えに動く一因になっていると捉えられる。他方、国際金融市場においては米FRB(連邦準備制度理事会)による利下げ観測に対する見方が変化するなかで米ドル高の動きが再燃するなか、同国については上述のようにすでに中銀が利下げに動いていることも相俟って通貨ドン相場は調整の動きを強めており、輸入インフレ圧力が強まる懸念が高まっている。足下では中銀が断続利上げに追い込まれた一昨年後半の水準を下回っており、ドン安阻止に向けて再び利上げを迫られる可能性もくすぶる。他方、共産党内では『腐敗撲滅』を目的とする権力闘争が激化して様々な経済活動が制限されるなどの弊害が顕在化しており、先月には党内序列2位の国家主席であったボー・バン・トゥオン氏が事実上更迭されるなど(注2)、2代連続で更迭される異常事態をきっかけに政治混乱が激化して政策運営の足かせとなることも懸念される。その意味では、先行きのベトナムは経済のみならず、政治の動向にも注意を払う必要性が高まっていると言えよう。

以 上


西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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