スリランカ、ウクライナ問題が駄目を押してデフォルト不可避の状況に

~隣国インドは全方面で地政学リスクに晒される懸念、国際秩序の在り方にも影響を与える可能性~

西濵 徹

要旨
  • スリランカは、ここ数年の対中接近の結果として「債務の罠」に陥る一方、一昨年来のコロナ禍は主力産業の観光業の足かせとなり、財政及び対外収支ともに悪化している。商品市況の上昇は物価高を招くなか、ウクライナ情勢の悪化による商品市況の上振れは外貨不足による輸入困難も重なり、電力不足や物価高騰などで市民生活は混乱している。反政府デモは大統領や首相の辞任を求めるとともに、一部が暴徒化する事態に発展している。政府は閣僚辞任による挙国一致内閣の発足を目指すも、与党連合は大量離反により少数与党に転じるなど政権運営は困難が増している。IMFからの支援についても、窓口となる財務相は交代から1日で辞任するなど混乱は必至であり、デフォルトに陥る懸念も高まっている。同国の行方は隣国インドに影響を与える一方、パキスタン情勢の不安定化も重なり、インドは全方面で地政学リスクに晒されつつある。ウクライナ情勢の悪化は国際秩序の在り方にも飛び火する形で影響を与えつつあると捉えることが出来よう。

スリランカを巡っては、ここ数年の中国への接近を背景に中国からの支援を通じて巨額のインフラ投資が実施されてきたものの、稼働率の低さなどを理由に債務返済の見通しが立たず、結果的に中国が長期に亘る租借権を得る一方、財政状況は悪化の度合いを強めるなど、いわゆる中国による『債務の罠』に陥った国のひとつとなっている。さらに、同国経済は観光産業を主力産業とするなか、一昨年のコロナ禍に伴う世界的な人の移動の萎縮の余波を前面に受けており、景気が大きく下振れするとともに、外貨の獲得手段が失われるなど対外収支も急速に悪化している。結果、一昨年以降は外貨準備高が急速に減少しており、2月末時点における外貨準備高(流動部分)は20.25億ドルと過去1年の月平均輸入額の1.2ヶ月分に留まるなど、危機的状況に陥ることが懸念されている。他方、足下の国際金融市場においてはウクライナ情勢の悪化を理由に原油や天然ガスなどエネルギー資源のみならず、ロシア及びウクライナの両国は世界有数の穀物輸出国であることも理由に、小麦や大豆、トウモロコシなど穀物価格も上昇傾向を強めている。こうした動きを受けて、米FRB(連邦準備制度理事会)をはじめとする主要国中銀はタカ派姿勢への傾斜を強めており、新興国においてはマネーフローの先細りないし流出が進むことが警戒されている。上述のように、足下のスリランカは対外収支と財政収支が悪化している上、国際商品市況の上昇を理由にインフレも上振れするなど経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)が悪化しており、資金流出による通貨ルピー安の進展が輸入物価を通じてインフレ昂進を招く悪循環に見舞われている。さらに、ウクライナ情勢の悪化を理由とする国際商品市況の上振れも重なり、足下においては原油や石炭の輸入が困難になるなかで電力不足を理由に計画停電が実施されるとともに、生活必需品の輸入減による需給ひっ迫も影響して物価は上振れするなど、市民生活に甚大な悪影響が出る事態となっている。こうしたなか、先月末以降は最大都市コロンボを中心に大統領の辞任を求める抗議活動が活発化したほか、一部が暴徒化するとともに大統領の私邸周辺に集結したため、治安部隊が鎮圧に向けて出動するなど混乱が広がり、政府は今月1日に全土を対象とする非常事態宣言を発令し、翌2日には夜間外出禁止令を発令した(注1)。事態打開を図るべく、ゴタバヤ・ラジャパクサ大統領は自身と兄のマヒンダ首相を除いた閣僚辞任を通じて与野党結集による挙国一致内閣の樹立を目指す方針を表明したほか、中銀総裁も辞任するなどの動きもみられた。しかし、野党はラジャパクサ大統領とマヒンダ首相の辞任を要求して挙国一致内閣の樹立を拒否しており、政権を支える与党連合(人民自由同盟(SLPFA))から大量の離反の動きが出て少数与党に転じるなど、政権運営が厳しくなる可能性が高まっている。反政府デモや大統領の辞任要求が強まっている背景には、ラジャパクサ一族が政権中枢を独占するなど権力の集中を図る動きが進んでいることへの反発に加え、ラジャパクサ政権の下で経済の混乱に歯止めが掛けられない状況が続いていることも影響している。なお、同国政府はIMF(国際通貨基金)からの支援受け入れに向けた準備を進めているが、閣僚辞任を受けて交渉窓口である財務相はラジャパクサ大統領の弟(バシル氏)からアリ・サブリ氏に交代したものの、同氏は就任翌日の5日に突如辞任を表明するなど交渉の見通しも立たず、デフォルト(債務不履行)に陥る可能性が高まっている。政府は今月1日に発令した非常事態宣言を5日遅くに解除するなど、事態の正常化を目指す姿勢をみせているものの、抗議デモの動きは収束の見通しが立たないなど治安情勢が悪化する懸念はくすぶる。現在の国会任期は2025年までとなっているものの、政局の混乱収束の見通しが立たなくなっている上、上述のように政権を支える与党連合は少数派に転じるなど政権運営も難しくなっており、先行きは予定を大幅に前倒しする形で解散総選挙が行われる可能性も考えられる。上述のように近年の同国は中国との関係を深めており、そうした動きは隣国インドの『悩みの種』となってきたほか、足下ではパキスタン情勢も怪しさを増すなど(注2)、インドにとっては全方面で地政学リスクの高まりが意識される状況にある。ウクライナ情勢の悪化は国際秩序の在り方にも飛び火する形で影響を与えつつあると判断出来る。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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