インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

バングラデシュ総選挙、主要野党が勝利、安定多数を確保した模様

~選挙直前の米国との貿易協定で繊維・衣料品関連に追い風、当面は政治的安定の確保が焦点に~

西濵 徹

要旨
  • 2月12日、バングラデシュで総選挙が実施された。2024年8月の学生デモ激化を契機とする政変の後、ムハマド・ユヌス氏が暫定政権トップ(首席顧問)に就任した。暫定政権は制度改革に着手するも、官僚の反発などで政情が不安定化したほか、国軍や最大野党BNPが早期選挙を求めた結果、選挙時期は前倒しされた。総選挙と同時に、二院制移行、首相任期制限などを定めた「7月憲章」に対する国民投票も実施された。

  • 政変後の同国においては「ハシナ色の排除」が進んでおり、特別法廷はハシナ氏および与党ALに厳しい判断を示し、新紙幣ではムジブル・ラーマン氏の肖像が削除された。他方、支持者の反発や政治暴力への懸念が残ったほか、学生デモ指導者の銃撃死を機に暴動が発生するなど、円滑な選挙実施が危ぶまれた。

  • 世論調査ではBNPの優勢が続き、指導者交代(ジア元首相の死去に伴うタリク・ラーマン氏の党首就任)もあり、BNPは「弔い選挙」の様相を呈した。報道では、女性枠50議席を除く300議席のうちBNPが209議席を獲得し、安定多数を確保する一方、JIやNCPなどの11党連合は72議席にとどまった。投票率は前回を上回り、有権者の6割超が投票したとみられる。国民投票も賛成多数となった模様である。

  • なお、暫定政府は2月9日に米国と貿易協定を締結し、相互関税は19%に引き下げられる。繊維・衣料の一部が免税となる一方、市場アクセス拡大や非関税障壁の緩和、ボーイング機購入計画なども盛り込まれている。対米輸出のGDP比は小さく、マクロ経済への影響は限定的だが、米国向け比率が高い繊維・衣料には追い風となり得る。今後発足する新政権の下で政治的安定を確保できるかが焦点となる。

バングラデシュでは2月12日、議会(一院制、定数350議席)の総選挙が実施された。同国では、2024年8月に学生デモが激化したことをきっかけに、当時のシェイク・ハシナ首相が辞任し、隣国インドに逃亡した。直後から国軍が主導して暫定政権の樹立を模索したが、その人事を巡ってデモを主導した学生団体や野党が反発した。こうしたなか、学生団体の要請を受ける形でムハマド・ユヌス氏が暫定政権トップ(首席顧問)に就任することで合意し、同氏は病気療養先のフランスから帰国した。ユヌス氏は経済学者であり、貧困層を対象に無担保少額融資を実施するマイクロクレジット(グラミン銀行)創設者として知られ、2006年にはその功績を理由にノーベル平和賞を受賞した。一方、同氏は政界進出を目指してハシナ前首相と対立し、グラミン銀行総裁を解任された経緯がある。こうした経緯も、学生団体などがユヌス氏を暫定政権トップに推す一因になったと考えられる。その後、ユヌス氏の下で暫定政権は早期の民政移管実現に向けて選挙制度や汚職防止など諸改革に着手した。しかし、行政機構など大胆な改革案に対する公務員などの反発が強く、その過程で度重なる方針転換を迫られるとともに、政情が不安定化する動きもみられた。さらに、ユヌス氏は総選挙をすべての政党による合意を経て実施する意向をみせたが、国軍や最大野党BNP(バングラデシュ民族主義者党)などは選挙を経ない暫定政権の正統性に疑義を唱えるとともに、早期の選挙実施を主張した。ユヌス氏は2026年中の総選挙実施を示唆していたものの、行財政改革の着実な実施には国軍やBNPなどの支援が不可欠であり、最終的に実施時期を前倒ししたとされる。また、総選挙と同時に、2025年7月に暫定政府と全政党が署名した「7月憲章」に対する国民投票も実施された。これは、二院制への移行や首相の任期制限、女性の代表権拡大、司法の独立性強化などを柱とする改革の枠組みとなっている。

2024年の政変を経て、バングラデシュ国内では「ハシナ色」を排除する動きが前進してきた。ハシナ氏の逃亡後、本人不在のまま進められた特別法廷は2025年7月、法廷侮辱罪を理由に禁錮6ヶ月、同氏が率いた与党AL(アワミ連盟)に一切の政治活動を禁じる判決を下した。さらに、政変のきっかけとなった学生デモに対して、当時のハシナ政権が治安部隊を投入して多数の死傷者が発生し人道に対する罪に問われるとともに、土地開発計画を巡る汚職容疑も取り沙汰された。特別法廷はハシナ氏に対して人道に対する罪を理由に死刑、汚職容疑で禁錮21年の判決を下すとともに、関係した親族にも禁錮刑を下している。また、2025年に流通が開始された新紙幣では、ハシナ氏の父で「建国の父」であるムジブル・ラーマン初代大統領の肖像が消え、国会議事堂や独立記念碑、宮殿、寺院に変更されている。

なお、インドに逃亡したハシナ氏は帰国しない意思を示しているほか、前述のようにALが一切の政治活動を禁じられたことに対する支持者らによる反発で、治安が不安定化することが懸念された。さらに、2025年12月には、今回の総選挙に立候補していた2024年の学生デモの指導者の一人が銃撃されて死亡したことを機に、複数の都市で暴動が発生する事態に発展した。

世論調査では、一貫してハシナ前政権下の野党BNPの優勢が伝えられた。BNPはジア元首相が長らく党首を務めたが、2018年以降はジア氏の長男であるタリク・ラーマン氏が党首代行を務めてきた。なお、ジア氏は2018年に汚職罪を理由に実刑判決を受けて収監された後、2021年からは闘病生活を送り、2024年の政変を経て釈放されて無罪判決を受けたことで総選挙に出馬する意向を示していた。一方、ラーマン氏は2007年に汚職罪を理由に逮捕されたものの、翌08年に保釈された後、治療のために渡英して事実上の亡命生活を送ってきたが、ジア氏同様に2024年の政変を経て無罪判決を受けた。ラーマン氏は総選挙に出馬すべく2025年12月に17年ぶりの帰国を果たしたが、直後に闘病中のジア氏が死亡し、BNP党首に就任した。ジア氏の死去により、BNPにとって今回の総選挙は「弔い選挙」の様相を呈した。BNPは、ハシナ政権下で実施された2024年の前回総選挙を公正性の低さを理由にボイコットして党勢が弱まったため、今回の総選挙での政権奪取を狙った。このほか、イスラム政党のJI(イスラム協会)を中心に、2024年の学生デモを主導した学生らが結成したNCP(国民市民党)などが加わった11党連合、JP(E)(民族党)を中心とするNDF(国民民主戦線)、CPB(共産党)を中心とするDUF(民主統一戦線)、IAB(イスラム運動)などが参加した。

現地メディアの報道によれば、女性枠の50議席を除いて選挙で争われた300議席のうちBNPは209議席を獲得して半数を上回るとともに、3分の2以上の安定多数を確保した模様である。一方、JIとNCPなどが参画した11党連合の獲得議席数は72にとどまるとともに、敗北を認めた格好である。また、BNPがボイコットした2024年の前回総選挙の投票率は41.8%(前回比▲39.4pt)と大幅に低下したが、今回はALが事実上参加できない状況ではあるものの、これを上回る見通しであり、登録された有権者の6割以上が投票した模様である。なお、国民投票に関して公式な発表はなされていないものの、現地メディアによれば、投票数のうち7割以上が賛成票を投じた模様であり、新政権の下で一連の改革が実施される見通しである。選挙管理委員会による公式結果は本日(13日)中にも発表される見通しであるものの、事前の世論調査や現地報道によれば、BNPが主導する新政権の発足が見込まれる。

なお、総選挙直前の今月9日に暫定政府は、米国との間で貿易協定を締結しており、米国による相互関税が20%から19%に引き下げられることを明らかにしている。暫定政府は協定において、米国産の綿花や化学繊維などを使用した一部の繊維製品や衣料品が免税対象になることが確約されたとしている。一方で、米国は、化学製品や医療機器、機械製品、自動車および自動車部品、エネルギー製品、大豆製品、乳製品、牛肉、鶏肉、ナッツ類、果物など米国製品や農産品に対する大幅な優遇的市場アクセスが提供されるとしている。そして、バングラデシュが、米国の自動車安全・排出基準を受け入れるほか、FDA(米国食品医薬品局)の認証を承認するとともに、再生品の輸入制限を撤廃するなど、非関税障壁を緩和するとしている。その上、バングラデシュの国営航空会社(ビーマン・バングラデシュ航空)は14機のボーイング製航空機の購入を予定しており、追加購入のオプションが付与されるほか、米国製軍事装備品を購入する代わりに、特定の国の軍事装備品の購入を制限するとしている。バングラデシュ経済にとって、対米輸出額は名目GDP比で1.6%にとどまることを勘案すれば、関税による実体経済への影響は限定的と見込まれる。ただし、輸出の8割以上を繊維製品や衣料品が占めること、輸出の2割弱を米国向けが占めていることから、今回の貿易協定によって条件付きではあるものの、米国向けの繊維製品や衣料品の輸出の一部が免税対象となることの意義は小さくない。今回の関税引き下げを受けても、米国向けの繊維製品や衣料品の輸出を巡って競合関係にあるインドに対する税率(18%)をわずかに上回る。しかし、米国とインドとの合意履行に時間を要することを勘案すれば、早期合意に至ったことは、新政権の船出に良い効果を促すことが期待される。その意味では、新政権の下で政治的な安定を確立できるかが最大の焦点となるであろう。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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