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ロシアのデフォルト、過去の2つの経験

~危機の伝播や巨額損失の発生経路は見当たらない~

田中 理

要旨
  • ロシアのデフォルトリスクが高まっている。デフォルトは対外的な信用力の失墜を表す象徴的な出来事で、金融市場の更なる動揺も予想されるが、ロシアは既に欧米での資金調達から締め出され、非居住者による国債の保有割合もそれほど多くなく、世界経済や世界の金融市場にどのように影響するかは今一つ見えてこない。仮にロシアがデフォルトした場合、ロシアの経済や金融システムの一段の混乱が避けられないものの、ギリシャ危機時のように他国に危機が伝播する経路や、1998年のロシア危機時のように世界の金融市場を揺るがす巨額損失が発生する経路は、現時点では見当たらない。ただ、かつてのデフォルト危機が金融当局による介入や国際的な支援などで混乱を抜け出したのに対し、今回の危機は欧米によるロシア制裁が引き金となっている。ロシアの経済的疲弊が進んだからと言って、制裁が解除されることはない。問題解決に向けた政策対応が難しく、危機が長期化しそうな点は不安要素となる。

日米欧のロシア向け制裁の一環でロシア中銀の外貨準備が凍結されたことを受け、同中銀は対外債務の支払いを制限する事実上の資本規制を導入した。同中銀は非居住者向けの支払い停止を命じたとされ、2日の国債の利払いは居住者のみに履行された。ロシア国債のデフォルト・リスクを表すCDS保証料率は2日以降、急騰している。非居住者向けのロシア国債の元利払いが履行されないリスクが高まったとし、大手格付け会社は相次いでロシア国債を投機的水準に格下げした。16日に期限を迎えるドル建て国債の利払いが履行されず、30日の猶予期間が経過する4月15日にもロシア国債のデフォルトが発生する可能性が高まっている。

債務不履行を回避すべく、ロシアのプーチン大統領は5日、ロシアへの制裁を行う「非友好国」の債権者に対して、外貨建て債務の返済を自国通貨のルーブルで行うことを認める大統領令に署名した。外国為替市場では大幅なルーブル安が進んでいる。通貨価値が目減りする恐れがあるルーブル建ての支払いに債権者が応じるかは不透明だ。外貨建ての返済を前提とする債券の返済を自国通貨建てで行うこと自体が、支払い条件の変更としてデフォルトと認定される恐れもある。

ロシア国債のデフォルトはアジア通貨危機が飛び火した1998年8月以来となる。デフォルトは対外的な信用力の失墜を表す象徴的な出来事で、金融市場の更なる動揺も予想されるが、ロシアは既に欧米での資金調達から締め出されており、非居住者による国債の保有割合もそれほど多くないため、世界経済や世界の金融市場にどのように影響するかは今一つ見えてこない。そこで過去の国債デフォルト発生事例として、債務危機に見舞われたギリシャの2012年のデフォルトと、前回1998年のロシアのデフォルトと比較してみる。

2010年にEUとIMFの財政支援下に入ったギリシャは、財政緊縮による景気の冷え込み、構造改革への国民の抵抗、民営化の遅れもあり、当初の計画通りに財政再建が進まなかった。そもそも3年間で総額1100億ユーロの一次支援プログラムは、支援期間中に必要な全ての財政資金を提供するものではなく、その一部をギリシャ政府が国債発行を通じて自力で調達することを前提に作られていた。だが、ギリシャの信頼回復は容易でなく、早期の資本市場調達への復帰は絶望的な状況にあった。ギリシャ政府は資金不足を穴埋めするため、追加の財政支援を要請するとともに、債務再編を通じて膨れ上がった債務水準の引き下げを目指した。追加支援と債務再編の決定には紆余曲折があったが、2012年3月に民間の債権者が保有するギリシャ国債を、額面の46.5%に相当する新たな国債と交換する債務再編を行った。自発的な債務交換に応じなかった債権者に対しては、全ての債権者に債務再編の法的拘束力が及ぶ集団行動条項を発動し、強制的な債務交換を行った。国際スワップデリバティブ協会は、集団行動条項の発動で全ての債権者に元利払いの削減(ヘアカット)が行われたことがCDSの信用自由に該当すると発表。格付け会社も債務交換前のギリシャ国債を相次いでデフォルト認定した。

追加の財政支援と債務再編による銀行救済費用が嵩み、債務再編後もギリシャの政府債務は目立って減少しなかった。2015年1月に緊縮見直しを求めるシリザ政権が誕生すると、債権者との関係が急速に悪化し、2月末を期限とする支援プログラムの打ち切りリスクが高まった。夜通しの協議の末に支援プログラムの4ヶ月間延長でひとまず合意したが、追加融資実行のハードルは高く、ギリシャ政府の資金繰りは綱渡りの状況が続いた。何とか財政資金を搔き集め、債務返済を履行し続けたが、債権者との協議が暗礁に乗り上げ、6月末に支援プログラムが失効した。直後に返済期限を迎えたIMFの融資返済を履行せず、先進国として初の延滞国となった。この時は債務不履行の対象がIMF融資だったため、格付け会社はギリシャ国債をデフォルトと認定しなかった。

ギリシャの事例では、①通貨切り下げによる競争力回復ができず、危機脱却の道筋が見えなかったこと、②不安定な政治情勢や社会不安の増大が改革遂行の障害になったこと、③単一通貨を採用するユーロ圏には、ギリシャ以外にも財政不安や構造問題を抱える危機予備軍がいたこと、④国債を大量に保有する銀行の損失懸念から、銀行の信用不安と財政悪化の負の連鎖が意識されたこと、⑤国債の保有主体や銀行の対外与信の構成から、ユーロ圏内の別の国に危機が伝播する恐れがあったこと、⑤救済負担の増加懸念やユーロ離脱時の損失発生懸念から域内の中核国にまで財政リスクが広がる恐れがあったこと、⑥単一通貨ユーロの欠陥が露呈し、ユーロの分裂や崩壊が意識されたこと―などが市場の不安心理を増幅させた。ギリシャ1国の財政破綻が世界経済や世界の金融市場に与える影響は限定的とみられるが、危機がドミノ倒しのように欧州の大国に伝播していく恐れがあったことや、ユーロの分裂や崩壊が意識されたことが、世界的な混乱を引き起こした。

次に1998年のロシアのデフォルトは、ソ連解体後の経済混乱を経て、ロシアの経済・財政運営に対する不安が広がるなか、アジア通貨危機が伝播する形で発生した。インフレ抑制のために採用したドル・ペッグ制の下でルーブル価値が安定していたこともあり、危機発生以前のロシアの債券・株式市場には海外資金が大量に流入していた。だが、アジアで通貨危機が発生すると、世界景気の冷え込みによる原油や天然ガス価格の下落を受け、ロシアの貿易収支や財政収支が大幅に悪化し、ロシア景気は後退局面入りした。投資家のリスク回避姿勢も高まり、ロシアの債券・株式相場が大幅に下落し、国債を大量に保有する銀行の資産劣化が不安視された。エリツィン大統領とチェルノムイルジン首相との権力闘争も表面化し、政治不安も金融市場の動揺を誘った。

ルーブル売りに対抗するため、ロシア中銀は政策金利を150%まで引き上げたが、ロシア関連資産の売りに歯止めが掛からず、1998年5月にIMFが支援に乗り出した。金融市場の動揺は一旦収まったが、IMFが融資実行の条件として求めた財政再建関連法案が議会で否決され、徴税強化策にエネルギー関連企業が反発するなど、財政再建の遂行能力が不安視された。IMFは支援条件の未達成を理由に支援額を減らしたことで、ロシアからの資本流出が再び始まり、株価は下落に転じ、債券利回りが急騰した。対外債務の支払いに必要な財政資金が枯渇し、ロシア政府は同年8月にルーブルの切り下げと変動幅の拡大、ルーブル建て国債の債務不履行を宣言した。ルーブル切り下げ後も資本流出が続き、債務不履行で損失が発生した多くの銀行が閉鎖に追い込まれた。

1998年のロシアの事例では、ロシアの財政破綻や経済混乱が直接他国に波及したのではなく、ロシアなど新興国に巨額のレバレッジ投資を行っていたヘッジファンド(LTCM)の破綻が世界の金融市場を揺るがした面が大きい。ロシアの債務不履行で巨額の損失が発生したLTCMの破綻は、多くの金融機関を巻き込む金融危機に発展する恐れがあった。欧米の大手投資銀行がLTCMに救済融資を行うとともに、米FRBは3ヶ月間で3回の利下げで金融不安の沈静化に動いた。

仮にロシアが今回デフォルトした場合、ロシアの経済や金融システムの一段の混乱が避けられないものの、ギリシャ危機時のように他国に危機が伝播する経路や、1998年のロシア危機時のように世界の金融市場を揺るがす巨額損失が発生する経路は、現時点では見当たらない。ただ、かつてのデフォルト危機が金融当局による介入や国際的な支援などで混乱を抜け出したのに対し、今回の危機は欧米によるロシア制裁が引き金となっている。ロシアの経済的疲弊が進んだからと言って、制裁が解除されることはない。問題解決に向けた政策対応が難しく、危機が長期化しそうな点は不安要素となる。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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