デジタル国家ウクライナ デジタル国家ウクライナ

スペイン首相が辞意示唆、週明けまでに決断

~政権基盤の強化が狙いか?政局流動化や総選挙につながる可能性も~

田中 理

要旨
  • スペインのサンチェス首相は24日、夫人に対する司法調査の開始を受け、辞任する可能性を示唆。29日までに首相を続けるか否かを決断する。首相が率いる中道左派の社会労働党は、昨年9月の総選挙で第一党の座を失ったが、カタルーニャ州などの分離独立派の地域政党の協力を得て、昨年11月に政権を発足した。5月のカタルーニャ州議会選挙や6月の欧州議会選挙では、連立相手や閣議協力する政党間で議席を争うことになる。議会基盤は弱く、選挙戦を通じて政党間の亀裂が深まれば、政権存続が危ぶまれる。今回の首相の辞任示唆の背景には、政権基盤を強化する狙いがあると考えられる。①首相続投、②辞任し、後継首相を選出、③議会の信任投票、④議会解散の4シナリオのうち、③の可能性が高いとみる。信任投票で首相続投が決まれば、首相や政権の求心力が高まることや、カタルーニャ州議会選挙や欧州議会選挙をきっかけとした与党内の不和を封じ込めることが期待できる。

スペインの社会労働党(PSOE)政権を率いるサンチェス首相は24日、自身のX(旧ツイッター)のアカウントに4ページに及ぶ声明を投稿し、首相を続けるか否かを決断するまでの間、公務を一時中断する意向を示唆した。声明が発表される数時間前には、マドリッドの司法当局が首相夫人に対して汚職と便宜供与に関する予備的な司法調査を開始したと現地メディアが報じていた。この調査は、首相夫人がその立場を使って、パンデミック関連の企業救済や政府機関との民間企業の契約で便宜を働きかけたとする保守的な活動グループの告発に基づいて開始されたものだが、告発を裏付ける十分な証拠がないとする現地法律家の見解もある。サンチェス首相は声明で、PSOE党首に就任して以来、政敵による家族を標的とした誹謗中傷が繰り返され、近年そうした行為がエスカレートしていると訴えた。29日までに首相を継続するか否かを決断するとしている。

サンチェス政権の議会基盤は脆弱だ。首相が率いる中道左派の与党・PSOEは、昨年9月の総選挙で、中道右派の野党・国民党(PP)に第一党の座を明け渡した。PPを率いるヌーニェス=フェイホー党首は当初、極右政党・ボックス(Vox)などと共に右派連立政権を発足しようとしたが、議会の過半数の信任が得られずに断念した。国王から二番目に組閣を命じられたサンチェス首相は、前政権で連立を組んだ左派系ポピュリスト政党・ポデモス連合が母体のスマル(Sumar)に加えて、カタルーニャ州やバスク州の分離独立派の地域政党などの協力を得て、昨年11月に政権を発足した。だが、定数350の下院で、連立を組むPSOEとSumarは147議席にとどまり、地域政党など7党(合わせて32議席)が閣外協力することで、PPとVoxなど野党勢の171議席を辛うじて上回る。政権維持に必要なカタルーニャ州の分離独立派政党の協力の見返りに、2017年のカタルーニャ州のスペインからの独立の是非を問う住民投票を主導し、国家反逆罪を問われた当時のプッチモンド州首相などに対して恩赦を与えることを約束した。

そのカタルーニャでは今年3月、州予算を巡る意見不一致で連立政権が崩壊し、5月12日に前倒しで州議会選挙が行われる。世論調査では、カタルーニャの分離独立に反対するPSOEがリードし、穏健独立派のカタルーニャ共和主義左翼(ERC)と強硬独立派のともにカタルーニャのために(JxCAT-JUNTS)が第二党の座を争っている。つまり、中央政府を率いるPSOEと閣外協力するカタルーニャの地域政党2党は、州議会選挙ではライバル関係にある。カタルーニャ州議会選挙を通じて、これらの政党間の溝が深まれば、中央政府の存続が危ぶまれかねない状況にある。強硬独立派のJxCAT-JUNTSを率いるのは、2017年の住民投票で国家反逆罪を問われ、ベルギーのブリュッセルで国外逃亡生活を続けるプッチモンド元州首相だ。恩赦法は現在、議会で審議中だが、州議会選挙前の発効は困難とみられ、同氏は遠隔地から選挙戦を率いることになりそうだ。世論調査通り、PSOEが勝利した場合も単独で州政府を組織することは難しい。カタルーニャの独立阻止で一致するPPと閣外協力すれば、国政レベルでのPSOEとその他政党との協力関係にひびが入りかねない。逆に独立派が合同で州政府を率いる場合、国政レベルで協力するPSOEに対して、独立実現に向けた新たな要求を突き付けてくる恐れがある。また、6月9日には欧州議会のスペイン選出議員を選ぶ選挙も控えている。カタルーニャ州議会選挙と同様に、国政レベルで連立を組む政党や、閣外協力する政党間で議席を争うことになり、連立や閣外協力を不安定化する恐れがある。

サンチェス首相が取る可能性がある決断としては、①首相を継続する、②首相を辞任する、③議会の信任投票に自身の進退を委ねる、④議会を解散する―ことが考えられよう。今回の首相夫人に対する司法調査が確たる証拠に基づくものか、サンチェス首相の信用を失墜させることを目的とした根拠のないものかは現時点で不明だ。また、サンチェス首相の辞任示唆が、妻や家族を守るためのものか、政治基盤を強化することを意図したものであるかも、この段階では分からない。

①の場合、首相や政権を取り巻く議会基盤の弱さは変わらないが、連立政権の求心力強化や反対勢力のイメージ低下につながる可能性がある。一方で、首相の辞意示唆が政治的なパフォーマンスとして批判される恐れもある。②の場合、新たな首相が決まるまでの間、暫定政権が続くことになる。議会構成が変わらないため、この時点での野党勢力による政権奪取は困難とみられ、PSOEが後継首相を輩出する可能性が高い。なお、サンチェス氏の首相辞任は、欧州議会選挙後に本格化するEUの高官人事にも影響する。欧州議会の第二党となる可能性が高い中道左派会派・社会民主進歩同盟(S&D)は、欧州理事会の常任議長職(EU大統領)や欧州議会の議長職を狙っているとされるが、経験豊富なサンチェス首相はその有力候補となる。③の場合、首相続投には下院の過半数の支持が必要となる。連立に参加するSumarや閣外協力する地域政党には、現時点での政権崩壊や解散・総選挙のインセンティブは低い。信任投票で首相続投が決まれば、改めて首相の求心力が高まることや、前述したカタルーニャ州議会選挙や欧州議会選挙をきっかけとした与党内の不和を封じ込めることにもつながる。これが最も高いシナリオと考えられる。④の場合、最近の世論調査ではPPがリードを広げており、政権交代の可能性が出てくる。ただ、サンチェス首相が前回2023年の総選挙を決断した際も、PSOEは世論調査で劣勢だったが、極右政党の連立入りを恐れた有権者の票を集めることで、右派の政権奪取を阻止した。サンチェス首相の政治的な嗅覚には定評がある。今回も総選挙の賭けに出て、政権基盤を安定化させようと考える可能性も排除しきれない。

以上

田中 理


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ