18歳以下10万円給付への所得制限

~年内経済対策で問われる岸田政権の矜持~

熊野 英生

要旨

岸田政権は、年内の経済対策を11月中旬までにまとめる予定である。この中で焦点は、子育て世帯に対する給付金の扱いである。18歳以下の子供1人10万円を所得制限を設けずに実施するのか、それとも児童手当・高校無償化と同じように所得制限を設けるのか。岸田政権が責任感のある政策運営ができるかどうかが問われている。

目次

岸田首相の正念場

目下、年内を期限とする経済対策の検討が進んでいる。そこでの焦点は、18歳以下の子供に1人当たり10万円の給付金を、子育て世帯に対して、所得制限なしに配布するかどうかである。給付金の考え方を巡っては、衆議院選挙中に、自民党と公明党の間で選挙公約に相違があることが明らかになっていた。党首の討論会でも、その扱いは選挙後に与党内で調整して決めるとされていた。今、その調整が11月中旬の経済対策の発表を前に、水面下で本格的に行われているとみられる。

岸田首相にとっては、この問題は因縁がある。2020年春に岸田首相が自民党政調会長だったとき、当初所得制限を設けて1世帯30万円にすると決定していたのに、土壇場で公明党が国民全員に1人10万円を唱えて、決定がひっくり返った事件である。現在は、当時とは経済環境が異なる。経済環境は大幅に改善している。今、所得制限を付けないで、18歳以下の子供がいる世帯すべてに給付金を配る必然性はない。

経済対策として考えると、給付金が消費支出に回ってこそ、景気刺激になるが、子育て世帯は貯蓄率が高い。2020年の家計調査(勤労者世帯)では、未婚の子供がいる夫婦世帯の貯蓄率(=100%-消費性向)は41.2%である。子供のいない夫婦世帯の貯蓄率34.9%よりも+6.3%も高い。しかも、この貯蓄率は、高所得の夫婦世帯で高いという傾向がある。世帯主年齢が上がるほど、貯蓄率は上がっていく傾向もある(図表)。

図表
図表

なぜ、18歳以下の子供がいる世帯を選んで、優先的に給付金を配るのかという合理的な説明がもっとあってもよい。子育て世帯の中でも経済的に苦しい世帯に絞ることが、なぜ正しくないのかはよく理由がわからない。

すでに、18歳以下の子供を持つ世帯に対しては、児童手当と高校無償化の支援が行われている。ただし、児童手当・高校無償化は、所得制限があるので、なぜ、今回の給付金だけ所得制限がないのかは、説明が非常に苦しくなる。児童手当などには、少子化対策の意味合いもあったと思うが、コロナ禍で一段と少子化が進もうとしている現在、給付金よりももっと有効な少子化対策に回した方がよいという考え方ができる。

こうした給付金が国政選挙の度に、与党の選挙公約の一部に書き込まれて、それがするすると通ってしまうと、節度が失われてしまう。岸田政権は、衆議院選挙が終わって早くも次の正念場を迎えた格好である。首相のリーダーシップを発揮して、責任を持って必要度の高い政策を取捨選択してほしい。

政策の優先順位

18歳以下の子供がいる世帯に給付金を渡す政策に対して、違和感がある。それは、現在、必要とされる政策メニューの中で優先順位が必ずしも高くないものが、優先されようとするからだ。

現在、最も優先度が高いのは、企業の中でダメージが大きい宿泊・飲食業を支援することである。政府は、経済対策の中に、「Gotoトラベル2.0」を入れている。中小事業者にも十分恩恵があるように工夫される見通しだ。筆者は、感染対策と経済活動が両立されるために、ワクチン・検査パッケージの普及が重要だと考えてきた。これは、現在、打撃が最も深刻な宿泊・飲食・娯楽・交通などの業種に恩恵が大きいと考えられるからだ。新しいGoTo事業は、観光需要を押し上げることで、事業者を支援することになる。宿泊・飲食業の非正規比率が他業種よりも目立って高い。従って、GoTo事業は、非正規雇用者への間接的な経済支援としても効果が大きい。直接的に非正規雇用者に資金を渡すよりも、少額の割引で何倍かの観光需要を掘り起こす方が効率的である。そうした意味で、GoTo事業はワイズスペンディングだと考えられる。

会計検査院は、2019~20年度のコロナ対策予算のうち22.8兆円が未執行だったとした。GoToトラベルの繰り越しも約1.5兆円がある。そうした積み残しの予算を組み替えることで、経済対策に衣替えするという手はあるだろう。

困窮者への救済措置

政府は、経済対策の中で、困窮世帯にも5万円の支給を検討していると伝えられる。困窮世帯には、2021年7月に最大30万円の給付が始まった。それに+5万円の追加を行うということになる。

こうした対応は、消費支出を押し上げる景気刺激とは別に、経済的弱者を救済する意義がある。そのときに気になるのは、母子家庭への対応だ。2019年の厚生労働省「国民生活基礎調査」では、18歳未満の児童がいる世帯が1,122万世帯(全体のうち21.7%)あって、そのうち72万世帯(児童がいる世帯の6.5%)は一人親である。特に、母子家庭は貧困世帯が多いことが知られている。母子家庭に対しては、給付金のみならず、様々なかたちでの貧困を抜け出すような支援を追加してもよい。18歳以下の給付金は、すべての子育て世帯を一様に支援するのではなく、母子家庭にはより手厚いバックアップが検討されてもよい。

賃上げ促進を重点的に

衆議院選挙で、自民党が勝利できた背景には、分配戦略が多くの有権者に支持されたことがある。多くの野党が主張した給付金は、それが一度使われてしまえば、消費拡大効果は一過性のものに終わる。「次の成長」にはつながらない。その点、岸田首相は、賃上げは「次の成長」を促す。このロジックは、野党と自民党の政策を大きく差別化する内容であった。

筆者は、原油高騰や折からの物価上昇に対して、賃上げが進むことは家計を支える効果が大きいと考えている。賃上げが継続的な消費誘発効果を持てば、一過性ではない効果が生じることになる。

今後、年末に税制改正大綱が発表されて、そこで所得拡大促進税制の概要が見えてくる。来年初からは、春闘交渉が順次始まっていく。年内の経済対策でも、そうした分配戦略の基礎をつくるような施策が打ち出されれば、ベースアップ率の上昇に向けた期待感が生まれて、家計の消費性向を引き上げていくことになるだろう。

熊野 英生

熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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