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- イラン停戦合意の場合の思考実験
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海外報道で、イランが停戦協議を持ちかけたという話が3月5日の株価上昇を促した。私たちには強い警戒感があって、どうしても「長期化リスクのシナリオ」に注目しがちになる。しかし、もう一方でそれとは正反対のシナリオも思考実験をしておく必要がある。そのとき、株価・為替・金利はどう動くだろうか。先々を見据えた次のテーマに思考を巡らせたい。
2025年6月はどうだったか?
多くの識者は、イラン攻撃が長期化するリスクに軸足を置いて、今後の経済・相場への影響などを考えている。筆者もそうなのだが、思考は柔軟にすべきだろう。3月4日にニューヨーク・タイムズの電子版では、攻撃開始直後の2日に、イラン情報機関が米CIAに停戦協議を打診していたと報じた。このニュースの信憑性は不確かだ。それでも、株価は一時的に大きく反発している。筆者は、「こちらも考えておく必要がある」と思ったので、本稿をまとめることにした。まず、事実として、イラン側は、この停戦協議の報道を否定している。イランのアラグチ外相は、報道を念頭に置いて交渉を否定して、「停戦を求めていない」と発言し、地上戦を戦う構えまでみせている。だから、米国とイランの停戦協議はまだ相当に距離があると考えておくべきだ。しかし、一方で筆者は、事態が変化しやすく、今後、イラン側が態度を変える可能性についても頭に入れておいた方がよいと考える。
参考になるのは、2025年6月にトランプ大統領がイラン攻撃を終息させたときの経過である。当時、イラン攻撃は6月13日に開始されて、6月23日にトランプ大統領が「完全かつ全面的な停戦が完全に合意された」とSNSに投稿した。これが終息の起点になった。
2025年6月の時の攻撃は、「12日間戦争」と呼ばれている。短期間で終息したのは、トランプ大統領の思惑通りであった。このトランプ大統領のSNS投稿の数時間前には、イランは在カタール米軍基地にミサイル攻撃を行っている。このとき、イランは事前に米国に通告を行っていて、米軍に被害を与えるつもりがないことをメッセージとして伝えた。こうしたシグナルがあって、結果的にSNS投稿で停戦に導かれた。
筆者は、今後、トランプ大統領が仕切るかたちで、同じように停戦が決まる可能性があるとみている。中間選挙を控えて、トランプ大統領には戦闘長期化は不都合だ。だから、トランプ大統領は早期終息を狙っている。早期終息の場合、米国が主導権を握るかたちで外交交渉が進んでいくだろう。
もちろん、早期で停戦合意が成立するかどうかは、識者の中でも議論が割れるところになるだろう。言うまでもなく、早期停戦が実現しないという意見は根強い。イランの政治体制は、攻撃で多数の首脳が殺害されているので、報復の意思が強いだろう。現在、ハメネイ師の次男が後継として浮上しているとの報道もある。そうした後継者が、国内で核開発・弾道ミサイルの放棄を政治的にまとめることになるが、指導力が未知数なので懐疑的な見方は残るだろう。
一方、米国の攻撃が苛烈なため、暫定後継体制がそれに耐えかねて、意外に早いタイミングで停戦協議を始めることも起こり得る。外交交渉は水面下で進められるだろうから、外からは見えにくい。マーケットは情勢が変わる気配があれば、もっと早期終息シナリオに注目するようになると思う。
株価は底入れして上昇するか?
停戦決定後の焦点は、日米株価が元の水準に戻るかどうかである。例えば、日経平均株価は、イラン攻撃の直前(2月27日)にピークをつけて、58,850.27円に達した(図表1)。株価6万円を超えるのは時間の問題とされていた。もしも、イラン攻撃が早期に終われば、日本の実質GDPを押し下げるインパクトは小さいだろう。企業収益への悪影響も軽微という話になる。だから、停戦後はやはり6万円超えが注目される可能性が高い。

しかし、ここで注意すべきは、米国の年内利下げの観測である。イラン攻撃は、原油高騰を意識させて、インフレ圧力の高まりが利下げ観測を後退させたために米株価下落を助長した。停戦になれば、原油価格は下落するだろう。米国のインフレ圧力が大きく改善して、新議長のケビン・ウォーシュ氏が6月以降に利下げを進めるのであろうか。
そこは、原油価格が下落しても、インフレ圧力が残る可能性に注意する必要がある。つまり、今後のインフレ動向を再度点検する局面になるとみている。3月初に発表された米ISM製造業・非製造業はともに底堅い結果になっていた。ADP雇用統計も、2026年2月の前月比増減数は+6.3万人とリバウンドしていた。米景気は結構好調に見える。このため、停戦で原油反落になっても、米利下げ観測が強まらない可能性はある。
イラン攻撃の後で米株価が大きく下落した理由には、FRBの利下げが後退したことがある。だから、インフレ懸念が高まった場合、これは株価が上がりにくい要因となる。筆者は、米株価がイラン攻撃以前のピークに戻ることは十分に期待できるとしても、インフレ懸念が残って、その先の上昇ペースを縛ることは懸念点としてあるとみている。米マーケットも、停戦後の注目点として、インフレ懸念の行方に移っていくだろう。
日本株も、米株価に連動して上昇してきた経緯がある。特に、AI関連株の伸びに日経平均株価は引っ張られやすい。停戦の実現後に、次のテーマとしてAI関連の株価がどうなるかに関心が移るだろう。あまり詳しくは言及しないが、最近の半導体メモリー(DRAM)価格は高くなり過ぎていて、実需がどこまで追いついていくのか不確かに思える。データセンター需要の好調も、先行きはこの半導体価格の上昇で変化する可能性もある。「停戦後の経済は順調」というシナリオにはいくつか隠れたリスクがある。
円安傾向は続くのか?
もう1つの論点は、円安である。イラン攻撃によって、日銀の利上げの見通しは先行きが暗くなった。4月の追加利上げは難しくなり、利上げはその先の6、7月、それ以降という見方も増えた。ならば、停戦で4月利上げの確率は高まるのだろうか。
ここは素直にYESとは見ない人もいるだろう。高市政権は、停戦になっても、まだ景気の先行きを慎重に見極めることを日銀に要求する可能性は残る。要するに、高市政権は元々利上げに厳しい見方だから、イラン攻撃を材料に慎重さを求めるという発想法は、たとえ停戦になってもすぐには変わらないとみることができる。その場合、円安予想は根強く残ってしまう。イラン攻撃が継続しても円安であるし、それが停戦に至ってもすぐには円安の修正には向かいにくいというバイアスが働くだろう。
米国の長期金利上昇
イラン攻撃は、米国にとって軍事費の増加を招いている。たとえ停戦になっても、すぐに米国の軍事費の縮減とはならないだろう。いや、むしろ米国の軍事費は増えて、それは米長期金利の上昇圧力へとつながっていくのではないか。
また、トランプ大統領は、折からEUや日本、韓国などに防衛予算拡大を要求してきている。日本にも、防衛費を名目GDP比で5%の水準に増やせという要求を、今後突きつけてくる可能性がある。米国がイラン攻撃を契機にして、さらに軍事費が拡大する分、アジアや日本に自分たちが支出している費用を肩代わりしてほしいと追加的に求めてくることは十分にあり得る。その場合、日本では財源の手当てが難しくなる。これは、岸田政権のときの防衛増税で実際に起こったことであった。
高市首相の積極財政も、1つの背景はトランプ大統領が防衛費の上積みを求めていることにあるかもしれない。すでに、高市政権は、食料品の消費税8%を2年間ゼロにすることを巡り、その財源探しに苦心している。それに上積みして防衛費を増やせという話になれば、日本も赤字国債を増発するリスクは高まる。これは、潜在的な日本の長期金利の上昇圧力と言える。
熊野 英生
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