次期自民党総裁に求められること

~岸田首相退任後の経済政策~

熊野 英生

要旨

岸田首相の後任を決める自民党総裁選挙が来月行われる。かつてない人数の候補者が意欲を示しており、その行方は見えにくい。岸田首相の政策には、賃上げなど道半ばのものもあり、後任者がバトンを受け継ぎ、ゴールまで導いていくという課題がある。

目次

11候補を特徴点でマッピング

岸田首相が8月14日に、次の自民党総裁選挙への出馬を見送ることを表明した。事実上、9月30日で首相が退任することを意味する。同時に、次の自民党総裁が誰になるかという関心も急速に高まっている。株式市場では、その期待感もあって、大きなリバウンドも生じていると考えられる。 では、次の自民党総裁選に出馬しそうな人物についてみていこう。すでに何人かの有力政治家が総裁選への出馬表明を行っている。新聞各紙では、それ以外にも出馬が予想される人物がリストアップされている。筆者なりにその候補予定者を一覧して、各人の特徴点を区分してみた。評価軸は、①新鮮さがあるか、②ベテランであるか、③主張にインパクトがあるか、④政策に安定感がありそうか、といった4つの軸である。リストアップした11人は、この4つの軸を使うと、4グループに分類できそうだ(図表)。

(図表)総裁選の立候補予定者のポジショニング
(図表)総裁選の立候補予定者のポジショニング

まず、新鮮さがあって政策にインパクトが期待できそうなグループは、「小泉進次郎氏、小林鷹之氏」である。新鮮さがあって政策の安定感が期待できるグループは、「上川陽子氏、斎藤建氏」である。ベテランでインパクトが期待できそうなグループは、「石破茂氏、河野太郎氏、高市早苗氏、野田聖子氏」であう。ベテランで安定した政策が期待できそうなグループは、「林芳正氏、加藤勝信氏、茂木敏充氏」といった区分になろう。

おそらく、次期自民党総裁に期待されることは、次の衆議院選挙で与党を勝利に導くことである。政治とカネの問題で求心力を落とした印象を払拭するために、ベテランよりも新味の方が要求されていると考えられる。新味があることは、次の選挙で有利になるための、一つの大きな条件になろう。そうした意味では、小泉・小林・上川・斎藤氏は、相対的にこれに当てはまると考えられる。この4氏は、「次の選挙の顔」としてのポテンシャルが高い。

実際は、ベテランの方にも批判にさらされたときの打たれ強さがあると考えられる。しかし、現時点では、その特徴点はあまり優先されていないように思える。この図式は、経済学者ケインズが美人投票と称した関係によく似ている。誰が政治家として最も有能なのかではなく、誰が最も衆議院選挙の顔として有利に見えそうなのかを焦点に、議員らが投票をするという図式である。

もっとも、過去の歴代政権からは、そうした視点で選ばれると、なかなか長期政権を築けないという教訓もある。すなわち、事前の好感度が高く、就任直後の内閣支持率が高くても、首相に就任すると程なく新鮮味が失われて、支持率が急落するという傾向があるからだ。国民的な人気というのが意外に賞味期限が短い。

この宿命を跳ね返すには、組閣後に速やかにパワフルな経済政策を打ち出して、政策面での求心力を握るという対応を採らなくてはいけない。過去2000年以降の長期政権では、小泉純一郎首相が構造改革の旗印を掲げて、それに成功した。安倍晋三首相は「三本の矢」でデフレ脱却を狙って人気を安定させた。そうした政策面での作戦で勝利しなくては、長期政権への移行は難しいだろう。ここ数年の野党は、国民へのばらまき色の強い政策を掲げているので、そうした政策と一線を画して、武骨な政策メニューで対立軸を作ることが肝要だろう。

岸田首相からの教訓

就任から1,000日を超える在任日数を迎える岸田政権も、当初は高い支持率を誇っていた。しかし、政策面では安倍政権を強く意識しつつも、なかなか有効な対立軸を提示できずにいた。そして、在任の後半は低支持率に苦しんだ。

思い返すと、岸田政権は良い政策も示している。新NISAを含む資産所得倍増計画は、最も評価できる。個人マネーを株式市場に呼ぶ込むというプランだった。金融教育の推進などの中身も好感できる。デフレ完全脱却に向けて、賃上げ促進を掲げて、2023・24年と高い賃上げ率が得られたことも成果に数えられるだろう。金融政策は、マイナス金利解除と追加利上げで、金利正常化を前進させた。財政運営では、基礎的財政収支の黒字化を2025年度以降に見込むところまで来た。これらは、道半ばのところはあるが、岸田政権の主要な業績として数えられる。

特に賃上げは、今後、2025・26年度と継続していく責任がある。デフレ完全脱却とは、安定的に物価上昇率を上回る賃上げ率が実現する状況を作ることであろう。そのためには、分配だけではなく、企業の生産性上昇を持続的なものにする必要がある。AIなどテクノロジーを用いて労働代替を進め、海外とのビジネスチャンスを中小企業にまで広げていくことが課題だ。アンチビジネスな規制強化に目を光らせて、ソリューションを民間企業に丸投げしないことを徹底してほしい。

反対に、岸田首相の政策には趣旨があいまいであり、分かりずらい方針もあった。「新しい資本主義」は看板が大きすぎて、中身が煮詰まらなかった。GXや少子化対策は、それで地球温暖化や出生率の上昇に貢献するとしても、どのくらいの成果が見込めるかが曖昧だった。原発再稼働も、まだ緒に付いたばかりでゴールまで遠い。全国33基の稼働までは距離感がある。この脱炭素政策と少子化・人口対策、原発政策は、次期政権が引き継いで果敢に前進させるべき課題だろう。

岸田政権が失敗したのは、政治とカネの問題の終結が、国民の目から見て、何かうやむやになったと映ったところだ。筆者も、この問題の経緯は改めて明らかにして、十分な説明責任を果たした方がよいと感じられる。統一協会問題も、類似の問題における被害者・家族が十分に救済されているとは思えない。

当面の外交的課題

次期自民党総裁が、近々で直面しそうな問題は、米国の新大統領との信頼関係を築くことである。過去、トランプ大統領(当時次期大統領)へ2016年11月に初めて安倍首相が訪問し、その後の関係を作った。その手腕は大いに評価できる。同じように、今回もトランプ候補とハリス候補が大統領選挙に臨み、そのいずれかが2025年1月以降の新大統領になる。その人物と速やかに関係構築に動く必要があるだろう。そう考えると、特にトランプ氏が再選された場合は、次期総裁の役割は重くなる。おそらく、日本に防衛費のさらなる増額を要求してくるだろう。2023年に決まった防衛増税は、2027年度までの5年間で43兆円の防衛費のうち上積み17兆円分の財源について、増税、決算剰余金、税外収入、歳出改革で賄うことにしていた。増税は1兆円強ということで、たばこ税、法人税、所得税(復興特別所得税の転用)で賄うかたちになった。

もしも、この43兆円を上積みすれば、歳出改革などののり代を使い果たしているため、追加的増税が求められる公算が高い。候補者リストには、タカ派と目される候補者が数名いる。彼らは追加的な防衛費の上積みを受け入れるのであろうか。そうなると、再び厳しい財源確保をしなくてはいけない。増税という話になれば、政権基盤を揺るがす事態になりかねない。

また、トランプ候補は、ウクライナ支援にも消極的である。欧州などG7諸国と連携したウクライナ支援の枠組みも崩壊しかねない。もしも、ウクライナがロシアに占領される事態に陥れば、国際秩序はどう変わるのか。対ロシア制裁は終了せず、欧州などへのエネルギー供給が制約された状態が長引くだろう。世界観がさらに変わり、地勢学リスクの高まりが資源インフレを加速させることも考えられる。こうした「もしトラ」シナリオの衝撃を次期総裁は乗り越えていく必要に迫られる。次期総裁にとって外交関係は時限爆弾のように火がついたならば、手のつけようがない難題である。奇策として、イギリスのキャメロン元首相がスナク政権で外相を務めたように、岸田首相が外相として、新体制の外交を支える方法もあるだろう。

熊野 英生


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