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石破政権の経済政策課題

~いかに「経済あっての財政」を体現できるか次第~

永濱 利廣

要旨
  • 所信表明演説ではデフレからの脱却を最優先課題と位置づけ、物価上昇を上回る賃上げの実現に決意を示した。石破氏が描く経済政策は基本的にグローバルスタンダードな経済政策であるキシダノミクスの「新しい資本主義」を継承しつつ、成長と分配の好循環を目指すということになろう。経済が正常化するまでは経済成長を最重要視し、あまり再分配政策に偏りすぎなければ望ましいマクロ安定化政策になることが期待される。
  • 石破氏が経済の正常化を目指しつつ財政健全化の旗を堅持していることには注意が必要。これまでの日本経済が何度も正常化のチャンスを得ながら、拙速な引き締めにより経済の正常化まで至らなかったことからすれば、石破氏の経済政策成功のカギを握るのは、経済が完全に正常化に至るまでは再分配より経済成長を優先し、いかに民間に対する負担増を我慢できるか。
  • 「地方創生策」では、地方創生交付金を当初予算ベースで倍増を目指すとしており、生産拠点の地方誘致策がまとめられることが期待される。石破氏の経済政策も初期段階ではいかに物価と賃金の好循環を早期に達成するため、24年度補正予算に政策を総動員し、経済正常化する前の金融財政引き締めを我慢できるかにかかってこよう。その他、防衛政策強化や岸田前政権で進んできた原発政策の引継ぎ・強化が進展することが期待される。
  • 石破首相は、2020年代に最低賃金の全国平均を時給1500円に引き上げる目標も掲げている。しかし、今後の議論で最低賃金の引き上げ加速が、雇用や中小企業の経営に対して与える副作用が重視されることになれば、最低賃金が全国平均で1500円に到達する時期を後ろ倒しに修正するという選択肢もありうる。
目次

石破ショックの背景

9月27日の自民党総裁選で石破元幹事長が新たな総裁に選ばれた。これをきっかけに、市場では金融・財政政策がタカ派にシフトする懸念などから日本の株価は先物市場で大きく下落した。

こうした中、石破茂氏は同日の民放番組で、総裁選の結果が判明した直後から円高・株安に振れたことについて「必要であれば財政出動し、金融緩和基調というのは基本的に変えない」旨を述べている。そして石破氏は、今回の総裁選に向けて政策集を公表していることから、岸田前首相もそうであったように、政策修正の可能性もあると考えられる。

そこで本稿では、現時点で石破氏が掲げている経済政策の分野に絞って、特徴と課題をまとめてみたい。

石破新首相の経済・財政政策

石破新首相の経済政策スタンスの特徴としては、財政タカ派の色合いが強いことが指摘されてきた。実際、今回の自民党総裁選でも、法人税増税や金融所得課税強化の検討のみならず、消費税率引き上げも現時点では考えていないとするも党税調で議論すると候補者の中で唯一将来の増税に含みをもたせた発言をしていた。

しかし、所信表明演説ではデフレからの脱却を最優先課題と位置づけ、物価上昇を上回る賃上げの実現に決意を示した。実際、石破氏政策集の「経済・財政」の項目を見ても、意外にも「「経済あっての財政」との考え方に立ち、デフレ脱却最優先の経済・財政運営を行い、成長型経済の実現を図るため、成長分野に官民挙げての思い切った投資を行い、持続可能な安定成長を実現しつつ、財政状況の改善を進める」となっている。そして、そのために早急に経済対策を策定し成長戦略をとりまとめ、その実現に向けて政府・与党一丸となって取り組むとしている。

この文言を額面通りに受け止めれば、石破氏が描く経済政策は基本的にグローバルスタンダードな経済政策であるキシダノミクスの「新しい資本主義」を継承しつつ、成長と分配の好循環を目指すということになろう。そもそも、コロナショック後に主要国で行われてきたグローバルスタンダードなマクロ安定化政策は、民間部門に任せていては進まない重要分野に対する積極財政にシフトしている。このため、石破氏が政策集の文言通りに、経済が正常化するまでは経済成長を最重要視し、あまり再分配政策に偏りすぎなければ望ましいマクロ安定化政策になることが期待される。

しかし、石破氏が経済の正常化を目指しつつ財政健全化の旗を堅持していることには注意が必要だ。というのも石破氏は「法人税は引き上げる余地がある」「税負担する能力がある法人はまだある。もう少し負担をお願いしたい」と一部企業への法人増税について語っている。また、税の公平性の観点から金融所得課税の見直しに取り組む意向も示している。

経済正常化後に再分配政策を強化することは望ましいことである。しかし、これまでの日本経済が何度も正常化のチャンスを得ながら、拙速な引き締めにより経済の正常化まで至らなかった。こうしたことからすれば、石破氏の経済政策成功のカギを握るのは、経済が完全に正常化に至るまでは再分配より経済成長を優先し、いかに民間に対する負担増を我慢できるかであろう。

石破首相の「地方創生策」

こうした中、石破首相が総裁選後の記者会見で地方創生の一環として「国内の景気浮揚に向けて、海外で広がった日本企業の生産拠点を国内回帰させ、日本国内に雇用と所得の機会を作ることが重要」との考えを示したことは注目に値する。実際に所信表明演説でも、地方創生交付金を当初予算ベースで倍増を目指すとしており、政策集でも「高付加価値のモノとサービスを適正な価格でグローバルに売ることのできる経済を実現するための半導体など輸出企業を中心としたサプライチェーンを国内で整備し、中小企業を含めた高付加価値化・賃上げを実現するため、税制などで民間投資を刺激しつつ、国の投資も強化する」との主張が掲げられている。こうした点でも岸田氏が掲げてきた「新しい資本主義」が引き継がれ、経済正常化への期待を高める内容といえよう。

また、「少子高齢化や人口急減少にも対応する「新しい地方経済・生活環境創生本部」(仮称)を創設し、担当大臣を設置して、次の10年間に集中的な総合対策を検討・実施するとしている。そして、「ネット通信環境の整備とデジタル化によって「情報格差ゼロ」の地方を創出し、遠隔教育や医療、ビジネスなどの分野における地方の人材確保なども進める」としており、生産拠点の地方誘致策がまとめられることが期待される。

一方で、石破氏は日銀の金融政策運営に対してはタカ派な姿勢を取ってきたことには注意が必要だ。その後、10月2日の植田総裁との会見後に「個人的には現在追加の利上げをするような環境にあるとは考えていない」と発言したものの、翌日に日銀の金融政策に注文を付ける意図はなかった旨を説明している。こうしたことから、経済・物価が日銀の見通し通りに推移すれば、徐々に利上げで緩和度合いを縮小していくという現行の日銀の政策運営姿勢が踏襲されることになろう。そのため、日銀による拙速な利上げのリスクがあり、その実施時期等については細心の注意が必要になるだろう。

そうした意味では、石破氏の経済政策も初期段階ではいかに物価と賃金の好循環を早期に達成するため、24年度補正予算に政策を総動員し、経済正常化する前の金融財政引き締めを我慢できるかにかかってこよう。

その他には、防災政策の強化も注目だろう。というのも、石破首相は防災庁設置準備担当として赤沢大臣を任命しており、石破氏の政策集に基づけば「巨大自然災害の切迫した危険や近年のさらなる風水害の頻発化・激甚化に対処し、国民の生命、身体、財産を守るため、速やかに人員・予算を大幅に拡充し、令和8年度中に平時から不断に万全の備えを行う専任の大臣が率いる防災庁を創設し、防災省の設置に向けた検討につなげる」としている。

また、石破氏は原発の依存度を下げる旨の発言をしている。しかし、政策集では「AI時代の電力需要の激増も踏まえつつ、エネルギー自給率を抜本的に上げるため、安全を大前提とした原発の利活用、国内資源の探査・実用化、地熱など採算性のある再生可能エネルギーの最適なエネルギーミックスを実現し日本経済をエネルギー制約から守り抜く」となっている。よって、石破氏の経済政策でも、岸田前政権で進んできた原発政策の引継ぎ・強化が進展することが期待される。

石破首相が掲げる「最低賃金引き上げの加速」

石破首相は、2020年代に最低賃金の全国平均を時給1500円に引き上げる目標も掲げている。すでに時事通信の5月の報道によれば、自民党の「新しい資本主義実行本部」による成長戦略の一部でも最低賃金を1500円に引き上げるタイミングをそれまでの30年代半ばから前倒しで達成することが促されており、これも岸田前政権を踏襲したものとなっている。そして、仮に20年代末となる29年度に1500円を達成すると仮定すれば、来年度からの5年間で年平均89円の引き上げが必要と計算される。

この引き上げ幅は、今年度に過去最高となった51円の引き上げ幅を大幅に上回ることになり、パートタイム労働者を中心に来年度以降の引き上げはかなりの雇用者の賃金に直接的な影響を与えることになるだろう。そして、仮に最低賃金の全国平均が前年から89円程度引き上げられた場合の名目賃金への影響を簡便的に試算すると+0.8%程度の押し上げとなり、マクロの名目賃金にも無視できない影響を与えることが示唆される。

なお、日本においてこれまで最低賃金の引き上げが雇用環境に悪影響を及ぼしたという観測はされてない。しかし、これまでにないペースで最低賃金を引き上げるとなれば、その影響を受ける労働者の割合も高まる可能性があろう。そして、帝国データバンクの調査によれば、すでに今年度上期に人手不足倒産が過去最多を更新している。こうしたことからすれば、石破氏の掲げる最低賃金引き上げの加速が雇用に与える影響も無視できない可能性があろう。

今後の議論でこうした最低賃金の引き上げ加速が、雇用や中小企業の経営に対して与える副作用が重視されることになれば、最低賃金が全国平均で1500円に到達する時期を後ろ倒しに修正するという選択肢もありうるだろう。

最低賃金時間額(全国平均)
最低賃金時間額(全国平均)


<参考文献>

2024 年 自民党総裁選挙 石破 茂 政策集「五つの柱で未来を創り未来を守り抜く」

永濱 利廣


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

永濱 利廣

ながはま としひろ

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 内外経済市場長期予測、経済統計、マクロ経済分析

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