韓国中銀、感染再拡大で正常化は「ひと休み」も課題は山積

~韓国の政局を巡る動きは次期大統領選に向けて引き続き紆余曲折が予想される~

西濵 徹

要旨
  • 韓国では、昨年以降の新型コロナウイルスのパンデミックに際して「K防疫」と称する感染対策が採られるも度々感染が再拡大してきた。ワクチン接種も当初こそ調達遅延に直面するも、足下では世界的にみても比較的進んでいる国となっている。ただし、ワクチン接種の進展を受けた行動制限緩和を受けて新規陽性者数は高止まりしており、ワクチン接種の頭打ちも意識されるなど依然事態収束にはほど遠い状況が続いている。
  • 新型コロナ禍を経て政府及び中銀は政策総動員による景気下支えに動いたが、景気回復が進む一方で「カネ余り」による不動産市場のバブル化、原油価格の上昇やウォン安による物価上昇が懸念された。また、不動産市況の急騰の背後で家計債務は増大するなど新たなリスクが懸念されるなか、中銀は8月の定例会合で利上げを決定するなど新型コロナ禍対応の「正常化」に舵を切った。しかし、足下では感染再拡大により景気の不透明感が強まっており、中銀は12日の定例会合で金利を据え置くなど正常化は足踏みしている。
  • 来年3月に次期大統領選が予定されるなど「政治の季節」が近付く一方、今年4月の補選で与党候補がいずれも惨敗するなど、現職の文在寅氏は死に体化が進んだ。こうしたなか、10日に与党・共に民主党の予備選結果が公表され、京畿道知事の李在明氏が選出されたが党内亀裂も浮き彫りになっている。李氏が掲げる政策はポピュリズム色が強く、疑惑が噴出している上、対日姿勢の強硬さなどの不安材料は多い。他方、保守派野党の候補にも疑惑が出ており、大統領選に向けて政局の行方には紆余曲折が続くと予想される。

韓国においては、昨年以降における新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)に際して、文在寅(ムン・ジェイン)政権が主導するIT技術を駆使して個人情報を活用した疫学調査や感染経路の調査を行ういわゆる『K防疫』を実施するも、度々感染が再拡大するとともに行動制限の再強化に追い込まれる展開が続いた。他方、欧米や中国など主要国ではワクチン接種が経済活動の正常化を後押しするなか、文政権は当初国際的なワクチン供給スキーム(COVAX)に調達を依存したため、供給遅延による接種の遅れを受けて政府が掲げたワクチン接種計画は後ろ倒しを余儀なくされた。しかし、その後は新たなワクチンへの承認のほか、調達の多様化に向けた取り組みも追い風にワクチン接種は加速しており、今月10日時点における部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)は77.87%、完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)も59.38%とともに世界平均を上回るなどワクチン接種は進んでいると捉えられる。このようにワクチン接種が進んでいることで感染収束が進むことが期待されたものの、先月末にかけては新規陽性者数が拡大傾向を強めるなど感染状況は厳しさを増すとともに、医療インフラに対する圧力が強まっていることを反映して死亡者数も拡大ペースを強めるなど依然として難しい状況が続いている。この背景には、ワクチン接種が進んでいることを受けて政府が行動制限の一部緩和に舵を切ったことに加え、長期に亘る行動規制による『規制疲れ』の反動や大型連休が重なったこともあり、人の移動が大きく底入れしたことも影響したと考えられる(注 )。なお、その後の新規陽性者数は緩やかに頭打ちする動きをみせており、人口100万人当たりの新規陽性者数(7日間移動平均)も先月末から今月初めにかけて一時50人を上回る水準となったものの、今月12日時点では35人に鈍化するなど水準そのものも感染爆発が懸念される状況にはないと判断出来る。ただし、上述のように同国のワクチン接種動向は水準のみをみれば世界的にみても進んでいると捉えられるにも拘らず、感染収束にほど遠い状況が続いている背景には、感染収束が進んでいる国々と接種されているワクチンが異なることが影響しているとの見方がある。また、足下においてはワクチン接種率が頭打ちの動きを強めるなどペースは鈍化しており、ワクチンに対する拒否感が強いことも影響しているとみられるなど、事態収束にはしばらく時間を要することも予想される。

図 1 ワクチン接種率の推移
図 1 ワクチン接種率の推移

図 2 新型コロナの新規陽性者数・累計死亡者数の推移
図 2 新型コロナの新規陽性者数・累計死亡者数の推移

昨年以降の新型コロナ禍を経て、同国においても政府及び中銀が財政及び金融政策の総動員を通じて景気下支えを図る取り組みが進められてきたほか、昨年後半以降の同国経済は欧米や中国など主要国を中心とする世界経済の回復による外需の底入れを追い風に回復しており、マクロ的には新型コロナ禍の影響を克服したと捉えられる状況にある。ただし、新型コロナ禍対応を目的とする異例の金融緩和措置を背景に金融市場は『カネ余り』の様相を強めてきたことに加え、景気回復が進む一方で低金利環境が続いたほか、新型コロナ禍を経た生活様式の変化による住宅需要の活発化も追い風に首都ソウルを中心に不動産価格は急上昇するなど『バブル』化が警戒されてきた。なお、ここ数年同国では首都ソウルを中心とする不動産価格の高止まりが懸念されており、文政権は不動産価格の抑制を目的に規制及び税制を通じた取り組みのほか、大規模宅地開発による供給拡大を図ってきたものの、政府内で住宅問題を担当するLH(韓国土地住宅公社)の職員による内部情報を利用した投機が発覚するなど、問題が噴出する動きもみられた。他方、不動産市場への資金流入の活発化の背後で元々アジア太平洋地域のなかでも過剰感が懸念された家計債務は一段と拡大しており、足下では家計債務残高がGDP比で9割超の水準に達するなど金融市場及び銀行をはじめとする金融セクターのリスク要因となることが懸念された。さらに、昨年後半以降の世界経済の回復を追い風にした国際原油価格の上昇の動きは同国においても物価上昇を招いており、足下のインフレ率は6ヶ月連続で中銀の定めるインフレ目標を上回る推移が続いている。また、このところの国際金融市場においては米FRB(連邦準備制度理事会)による量的緩和政策の縮小観測や中国の景気減速懸念を理由に新興国へのマネーフローに逆風が吹く懸念がくすぶるなか、足下の通貨ウォン相場は調整の動きを強めるなど輸入物価を通じてインフレ圧力を招くことが懸念される。なお、中銀は8月の定例会合において約3年ぶりの利上げ実施に踏み切るなど新型コロナ禍対応からの『正常化』に舵を切ったものの(注 )、その後の感染動向の悪化や実体経済への悪影響を懸念して、12日の定例会合では政策金利を2会合ぶりに0.75%に据え置くなど『小休止』した格好である。会合後に公表された声明文では、同国経済について「回復が続いている」との認識を示す一方、物価動向について「8月時点の見通しを上回る高止まりがしばらく続く」との見通しを示したほか、金融市場を巡る状況や家計債務の行方を注視するとともに、先行きの金融政策についてさらなる正常化を意識しつつ、「感染動向や物価、金融不均衡によるリスク、主要国の金融政策に左右される」との見方を示した。また、会合後に記者会見に臨んだ同行の李柱烈(イ・ジュヨル)総裁は、今回の決定について「林知鴛(イム・ジウォン)委員(元JPモルガンエコノミスト)と徐英京(ソ・ヨンギョン)委員(元韓国銀行副総裁)の2名が反対票を投じた」ことを明らかにするなど、政策委員の間に正常化の加速化を模索する動きがうかがえる。他方、金融市場においては同国経済のスタグフレーション入りが懸念されているが「現時点でその可能性は低い」との見解を示す一方、足下のウォン相場の下落について「注視するとともに必要に応じて安定化策を講じる」と述べるなど、警戒感を強めている様子がうかがえる。追加利上げはウォン相場の安定に繋がると期待される一方、感染再拡大により景気の不透明感が強まるなかでそのハードルは高まるなど難しい対応を迫られる状況に直面していると言えよう。

図 3 インフレ率と不動産価格(前年比)の推移
図 3 インフレ率と不動産価格(前年比)の推移

図 4 ウォン相場(対ドル)の推移
図 4 ウォン相場(対ドル)の推移

韓国においては、来年3月に次期大統領選が予定されるなど『政治の季節』が近付いており、現職の文在寅大統領は現行憲法において再選が出来ないことで残りの任期は7ヶ月を切るなか、政局を巡る動きが活発化している。ただし、今年4月に次期大統領選の『前哨戦』として実施された首都ソウル特別市及び第2の都市プサン特別市の市長選挙(補欠選挙)において文政権を支える与党・共に民主党の公認候補がともに惨敗するなど政権の『死に体(レームダック)』化が一気に進む懸念が高まる動きがみられた(注 )。両市長選を巡っては、与党内で文氏に近く次期大統領選への出馬が取り沙汰されてきた前首相の李洛淵(イ・ナギョン)氏が党の選挙対策委員長を務めていたため、責任を問う声が強まるなど難しい立場に立たされた。他方、予てより次期大統領選への出馬意欲を示してきた同国北西部の京畿道知事を務める李在明(イ・ジェミョン)氏が党内では文在寅氏など主流派と距離を置く姿勢をみせてきたこともあり、世論調査で支持を集めるなど有力馬となった。こうしたなか、今月10日に共に民主党の大統領候補を決定する予備選の結果が公表され、李在明氏が1回目の投票において半分を上回る票を獲得しており、上位2名による決選投票を経ることなく候補となることが決定した。なお、予備選の結果を巡っては、次点となった李洛淵氏陣営が無効票の扱いに対する異議を唱えており、予備選を通じて両陣営の間に広がった亀裂の深さが改めて浮き彫りとなっている。李在明氏は貧しい家庭の出身で、少年工として働きつつ中学や高校などの卒業資格を獲得して大学を卒業し、司法試験に合格した後は人権派弁護士として活躍する一方、政界入り後は地方首長を歴任する一方で中央政界の経験がなく、2017年の前回大統領選の予備選挙に立候補するも現職の文在寅氏に敗れた経緯がある。2018年の京畿道知事選への出馬を巡っても、党内予備選で文在寅氏の最側近を破って公認候補となるとともに、選挙で勝利するなど党内においては一貫して主流派と距離を置いてきた。また、李在明氏は若年層を対象とする給付措置を実施するなどバラ撒き型の政策運営によって人気を集めてきた経緯があり、昨年以降における新型コロナ禍対応を巡って積極的な感染対策の実施も追い風になってきたとみられる。さらに、貧しい家庭の出身であることを理由に、最低所得保障(ベーシックインカム)の導入のほか、不動産価格のバブル化が問題となっていることを受けて安価な住宅供給などを政権公約に掲げるなど急進的な改革を訴えることで求心力を高めてきた。他方、予備選終盤には京畿道城南市長時代に行った住宅開発事業に関連して汚職容疑で逮捕された元高官との関係が浮上したことで検察が捜査に着手しているほか、李在明氏と夫人は選挙法違反や職権乱用、名誉棄損などを理由に数多く訴えられるなどの動きもみられるなど『叩けば埃が出る』リスクもある。また、李在明氏は『サイダー話法』とも称される切れ味鋭い話し方が持ち味とされる一方、『ブルドッグ』とも『韓国のトランプ』とも呼ばれるなど物議を醸す発言にも事欠かず、日本に対する姿勢も極めて強硬であるなど関係改善の可能性は皆無とも捉えられる。上述のように叩けば埃が出得ることを勘案すれば、このまますんなりと事が進むかは不透明な一方、保守系野党が候補に目論む前検事総長の尹錫悦(ユン・ソクヨル)氏を巡っても様々な疑惑が噴出しており、大統領選に向かってはまだまだ紆余曲折が予想される。

以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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