「ワクチン射てばOK」ではないことを示す韓国とシンガポールの動向

~「ウィズ・コロナ」戦略の実現に必要な体制整備に加え、政府には根拠のある対応が求められる~

西濵 徹

要旨
  • 韓国では昨年来の新型コロナウイルスのパンデミックを受けて「K防疫」による感染対策が採られたが、封じ込めは難しい展開が続いた。他方、ワクチン接種のすそ野が拡大した政府は行動制限の段階的解除に動いたが、「規制疲れ」も相俟って人の移動が活発化し、足下では感染動向が悪化している。感染者数、死亡者数はともに比較的少数に留まるが、ワクチン接種にも拘らず「ポスト・コロナ」の道筋の難しさを示唆している。
  • ワクチン接種においては世界的にもトップクラスにあるシンガポールでも、「ウィズ・コロナ」戦略に向けて行動制限の段階的解除に動いて以降、足下では新規陽性者数が急拡大している。結果、行動制限の再強化に追い込まれるなど景気への悪影響は避けられない。政府は「ウィズ・コロナ」戦略を維持する姿勢を示すが、行動制限の解除による「ポスト・コロナ」の道筋を描くことは決して容易でないことを示唆していると言えよう。
  • わが国ではワクチン接種が進んでいることを理由に、9月30日を以って緊急事態宣言、まん延防止等重点措置が全面解除されるが、ワクチン接種が万能でないことは明らかである。その意味では基本的な感染対策が重要である上、政府には実態及び実情に合わせた対応を根拠を立てながら提示することが求められる。

韓国においては、昨年来の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)に際して、文在寅(ムン・ジェイン)政権はIT技術を用いる形で個人情報を活用した疫学調査や感染経路の調査を行う『K防疫』を実施するも、度々感染が再拡大して行動制限が再強化される展開が続いた。他方、文政権はワクチン調達を国際的なワクチン供給スキーム(COVAX)に依存したため、当初は供給遅延を理由に政府が掲げた接種計画は後ろ倒しを余儀なくされる展開が続いた。しかし、その後は新たなワクチンに対する承認のほか、米企業による同国内でのワクチン生産合意などにより調達の多様化を図ってきた。よって、その後はワクチン接種が加速するとともに、ワクチン接種の『すそ野』を広げる戦略を採ったこともあり、今月27日時点における部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)は75.12%と国民の4分の3を上回る水準となっている。他方、完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は46.72%と国民の半分近くがワクチン接種を終えているものの、政府が目指す早期の集団免疫は道半ばの状況にあると判断出来る。このようにワクチン接種は大きく前進しているものの、韓国国内では首都ソウルなど大都市部を中心に6月半ば以降に変異株の流入も理由に新規陽性者数が再拡大する『第5波』の動きが顕在化するとともに、新規陽性者数は高止まりする展開が続いてきた。一時は新規陽性者数の急拡大を理由に首都ソウルを中心に医療インフラがひっ迫するとともに、死亡者数も緩やかに拡大する動きがみられたものの、人口100万人当たりの新規陽性者数(7日間移動平均)は30人台と感染爆発状態に見舞われたわが国などと比較して低水準で推移する展開が続いてきた。こうしたことから、政府は感染拡大の中心地となっている首都ソウルを除く大半の地域に対する行動制限を緩和する一方、首都ソウル及び周辺に対する行動制限は維持してきたものの、ワクチン接種が進展していることを理由に社会的距離(ソーシャル・ディスタンス)規制を維持する一方で行動制限を一部緩和する方針に舵を切った。行動制限が一部緩和に舵が切られたことで長期に亘る行動制限に伴う『規制疲れ』の反動が出たことや今月中旬の大型連休(中秋節)が重なったことも影響して、感染拡大の中心地である首都ソウルから地方への帰省の動きが活発化したとみられ、結果的に人の移動が大きく底入れする動きに繋がった。人の移動が活発化した背景には、新型コロナ禍の長期化を理由に今月初めに支給が開始された国民支援金の支給が2週間程度の間に対象者の9割に対して実施されるなど、ペントアップ・ディマンド(繰越需要)が発現しやすい環境も影響したと考えられる。ただし、このように人の移動が大きく底入れしたことも影響して、7月以降は高止まりしてきた新規陽性者数は足下で一段と上振れしており、本日時点における人口100万人当たりの新規陽性者数(7日間移動平均)は49人となるなど、依然として周辺国に比べれば低いものの着実に上昇している。また、新規陽性者数の拡大により医療インフラに対する圧力が再び高まり、死亡者数も再び拡大の動きを強めるなど感染動向が悪化する動きもみられる。足下における累計の陽性者数は30.5万人強、死亡者数も2,500人弱と少数に留まるものの、『ポスト・コロナ』に向けた道筋を描くことは依然容易ではないと判断出来る。

図 1 ワクチン接種率の推移(韓国)
図 1 ワクチン接種率の推移(韓国)

図 2 人の移動動向の推移(韓国)
図 2 人の移動動向の推移(韓国)

図 3 新規陽性者・累計死亡者数の推移(韓国)
図 3 新規陽性者・累計死亡者数の推移(韓国)

上述した韓国以上にワクチン接種が進んでいるアジアの新興国としてはシンガポールが挙げられる。シンガポールはアジアのみならず世界有数の都市国家であり、世界経済や国際金融市場の動向に揺さぶられやすい特徴があるなか、同国政府は島国且つ都市国家という地の利を生かす形で厳格な国境管理や都市封鎖(ロックダウン)の実施に加え、感染者を対象とする厳格な隔離プログラムの実施などを通じて感染封じ込めを図る対応を続けてきた。こうしたいわゆる『ゼロ・コロナ』戦略によって一時は感染爆発が懸念される事態に見舞われるも、その後は新規陽性者数が大きく鈍化したこともあり、政府は段階的に行動制限の緩和に動くとともに、感染抑制が進んだ国及び地域を対象に出入国制限を緩和するなど経済活動の正常化に向けて『ウィズ・コロナ』戦略への転換を模索する動きをみせてきた。こうした戦略転換を後押しすべく、同国政府はワクチン接種を後押しする動きをみせてきた結果、今月27日時点における完全接種率は77.20%と国民の8割弱がワクチン接種を終えているほか、部分接種率も80.02%と世界的にみてもワクチン接種が最も進んでいる国と捉えることが出来る。こうしたことから、同国政府は今月以降に行動制限の緩和に動くなど『ウィズ・コロナ』戦略への転換に舵を切る動きをみせるなど、人の移動の活発化により景気回復が進むことが期待されたものの、その後は新規陽性者数が急拡大するなど難しい状況に直面している(注1)。さらに、その後も新規陽性者数は拡大のペースを強めており、今月27日時点における新規陽性者数(7日間移動平均)は272人とASEAN(東南アジア諸国連合)主要6ヶ国のなかでマレーシア(426人)に次ぐ水準となるなど急拡大している様子がうかがえる。また、新規陽性者数の急拡大に伴い医療インフラに対する圧力が急速に強まっていることを受けて足下においては死亡者数も拡大のペースを強めており、感染動向は急速に悪化の度合いを強めている様子がうかがえる。こうした感染動向の急激な悪化を受けて、政府は行動制限の緩和の中断を余儀なくされているほか、今日(27日)から3人以上の集会禁止(それまでは5人以上)や在宅勤務の原則化など行動制限を再強化する方針を決定したほか、医療専門家の間ではワクチン接種の義務化を求める声が高まる事態となっている。他方、同国政府は実体経済への悪影響が極めて大きい都市封鎖の再開には後ろ向きの姿勢をみせるなど、あくまで『ウィズ・コロナ』戦略を維持する方針を示しているものの、戦略転換により底入れが期待された人の移動は早くも頭打ちするなど、景気への悪影響は避けられそうにない。シンガポールはワクチン接種を受けて『ポスト・コロナ』に向けた動きが大きく前進することが期待されたものの、現実にはそう容易ではないと判断出来る。

図 4 ワクチン接種率の推移(シンガポール)
図 4 ワクチン接種率の推移(シンガポール)

図 5 新規陽性者数・累計死亡者数の推移(シンガポール)
図 5 新規陽性者数・累計死亡者数の推移(シンガポール)

図 6 人の移動動向の推移(シンガポール)
図 6 人の移動動向の推移(シンガポール)

なお、ワクチン接種が進んだ米国や欧州などの主要国においても、足下では感染力の強い変異株による感染再拡大の動きが確認されるなど、ワクチン接種が万能ではない様子はうかがえる。わが国では9月30日を以って緊急事態宣言及びまん延防止等重点措置が全面解除され、10月以降は『ウィズ・コロナ』戦略に向けた取り組みが進むことが期待されるものの、上述のようにワクチン接種が万能でないことを勘案すれば、経済活動の正常化を支える「ワクチン・検査パッケージ」などの取り組みを素早く整える必要性が高いことは間違いない。他方、経済活動の正常化及び活発化により感染動向が再び悪化する可能性はくすぶっており、現時点においても一部で厳しい状況が続く医療インフラに対する支援、拡充は必須であるとともに、基本的な感染対策の維持の周知徹底を図ることも必要であることは変わらない。『要請』に基づく事実上の行動制限が長期に及んでいることを受けて経済は疲弊しており、なかでも社会的弱者に圧力が掛かっていることを勘案すれば経済活動の正常化の道筋を立てることは重要である一方、政府には各国事情や国内事情に合わせた対応をその根拠を挙げながら国民に提示することが求められよう。

以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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