韓国、大都市決戦で与党惨敗、文政権の「死に体」化は不可避

~次期大統領選の動向は「ガラガラポン」に、近視眼的対応に動かない冷静な姿勢が求められる~

西濵 徹

要旨
  • 韓国では7日に首都ソウル及び第2の都市プサンの市長選が実施され、来年の次期大統領選の「前哨戦」として注目を集めた。昨年の総選挙では文政権が主導する「K防疫」も追い風に与党・共に民主党が勝利したが、足下では感染再拡大に加えてワクチン調達の不手際が逆風となってきた。さらに、経済政策の失敗や北朝鮮との関係悪化、政権及び政府を巡る疑惑が噴出するなど、政権・与党は厳しい状況で審判を迎えた。
  • ソウル及びプサン市長選は与党の劣勢状態で始まったが、様々な疑惑の噴出による逆風に加え、野党が候補者を一本化したこともあり、両市長選ともに最大野党・国民の力の候補が勝利した。保守派への大きな地殻変動を示唆する動きもみられ、残りの任期が1年余りとなった文政権のレームダック化は避けられないほか、与党・共に民主党にとっても次期大統領選にとって大きな痛手となったことは間違いないと捉えられる。
  • 与党・共に民主党で次期大統領選の有力候補とみられた李洛淵前首相には早くも選挙の責任を問う声が出ている。他方、野党の有力候補は未定のなか、世論調査でトップを走る元検事総長の尹錫悦氏の動向も依然不明である。ソウル市長選では日本を巡る問題が争点の一つになったため、文政権は歴代政権同様に対日姿勢を硬化させるリスクはあるが、そうした近視眼的な対応の影響を冷静に見極めることが求められる。

韓国では7日、首都ソウル特別市及び第2の都市プサン(釜山)特別市の市長選が実施され、残りの任期が1年余りとなった文在寅(ムン・ジェイン)政権及び与党・ 共に民主党 に対する「信任投票」としての意味合いに加え、来年3月に迫る次期大統領選の「前哨戦」として注目を集めた。昨年4月に実施された総選挙(国民議会選挙)においては、文政権によるいわゆる『K防疫』と称する新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)対策が評価されたほか、野党・保守勢力の足並みが揃わないなかで国民の間で非常事態下での政治の安定が重視されたことも重なり、与党・ 共に民主党 が議席数を大幅に増やすなど大勝利を収めた 。しかし、その後は文政権が積極的に推進した『K防疫』にも拘らず昨年末にかけては新型コロナウイルスの感染が再拡大したため、政府は年明け以降に行動制限の再強化に追い込まれている。さらに、世界的にワクチン接種の動きが広がりをみせているものの、韓国政府は国際的枠組(COVAX)を通じたワクチン調達を利用したことで供給遅延が生じており、結果的に当初の接種計画は後ズレを余儀なくされるなど厳しい状況に陥っている。こうしたなかで足下では首都ソウルを中心に感染が再拡大する『第4波』への懸念が高まっており、昨年の総選挙で文政権及び与党の追い風となった流れは完全に雲散霧消したと捉えることが出来る。文政権を巡っては、政財官を巻き込む疑惑を発端に朴槿恵(パク・クネ)前政権が崩壊したことを受け 、社会経済を巡る現状打破のほか、こう着状態が続いた北朝鮮情勢の打開を求める動きが誕生を後押しした経緯がある 。しかし、文政権による『所得主導成長論』に基づく社会実験とも呼べる経済政策では政権交代を後押しした若年層を取り巻く状況は一段と厳しさを増しているほか、政権発足後には閣僚や与党議員の間で様々な疑惑が噴出しており、関係改善に向けて前のめりの姿勢をみせてきた北朝鮮との関係も改善の見通しが立たないなど、政権発足当初に掲げた公約はほぼすべて達成出来ていない状況にある。また、近年は首都ソウル周辺を中心に不動産価格が上昇傾向を強めるなど社会経済格差の拡大が問題となるなか、文政権は不動産価格の抑制を目的に規制強化や関連税制の強化に加え、大規模宅地開発を通じた供給拡大を目指す方針を示してきたが、住宅問題を担当するLH(韓国土地住宅公社)の職員が内部情報を利用して投機を行っていたことが発覚した。こうした一連の政権運営を巡る不手際、不祥事をきっかけに文政権に対する支持率は足下で過去最低を更新するなど、政権及び与党に「逆風」が吹き荒れるなかで審判を迎える事態となっていた。

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今回選挙が実施されたソウル特別市及びプサン特別市については、与党・ 共に民主党 所属の前ソウル市長の朴元淳(パク・ウォンスン)氏を巡って元秘書がセクハラを告発した直後に自殺したほか(その後の警察の捜査では証拠不十分との結論が出ている)、与党・ 共に民主党 所属の前プサン市長の呉巨敦(オ・ゴドン)氏はセクハラで告発され任期途中で辞任した経緯があり、与党にとっては劣勢状態から選挙戦をスタートせざるを得なかった経緯がある。ただし、こうした状況に加えて上述のように文政権及び与党に対して様々な批判が強まる動きが出るなか、2017年に実施された大統領選後は存在感を示すことが出来なかった上、昨年の総選挙においても退潮が一段と鮮明になった野党・保守勢力がこれらの選挙で統一候補を立てるなど事実上の『一騎打ち』となったことは、与党に対するさらなる逆風に繋がったと考えられる。なお、プサン市については元々保守勢力が地盤とする土地柄であるものの、2018年の前回市長選では前年の文政権発足も追い風に初めて左派勢力が市政を獲得した経緯があるなか、今回の市長選では最大野党・ 国民の力から出馬した朴亨埈(パク・ヒュンジュン)氏(元大統領府政務首席秘書官)が与党・ 共に民主党 から出馬した金栄春(キム・ヨンチュン)氏(前・海洋水産相)に対して30pt以上の得票率の差を付けて勝利した(全選挙区で朴氏が勝利)。一方、ソウル市についてはここ数年の大型選挙で革新系与党が連勝する展開が続いてきたものの、最大野党・ 国民の力 から出馬した呉世勲(オ・セフン)氏(元ソウル市長)が与党・ 共に民主党 から出馬した朴映宣(パク・ヨンソン)氏(前・中小ベンチャー企業相)に対して20pt以上の得票率の差を付けて勝利し保守勢力が市政を奪還した。ソウル市長選を巡っては、両氏に加えて中道野党・ 国民の党 の安哲秀(アン・チョルス)氏(元ソウル大学教授)が立候補を予定していたものの、近年は文政権に対する批判を強める安氏が来年の次期大統領選を見据えて出馬を取り止め、事実上の一騎打ちが実現したことが形勢を決める一因になったとみられる。また、ソウル市は来年に迫る次期大統領選でも最大の票田となるなか、今回の市長選では25あるすべての選挙区で呉世勲氏が優勢となり、2018年の前回市長選から状況が一変するなど政治的に大きな地殻変動が起こっていると捉えることが出来る。この結果は文政権及び与党・ 共に民主党 にとって極めて厳しいものであるとともに、現行憲法で大統領任期は1期のみと規定されている文大統領にとっては残りの任期が1年強となるなかで「死に体(レームダック)」化が一気に進むことは避けられない。

さて、今回の選挙結果を受けて注目は次期大統領選の行方にシフトすると予想されるが、与党・ 共に民主党 のなかでは早くも大きな動きが出る可能性が高まっている。ソウル及びプサン市長選では、次期大統領選への出馬を目指す李洛淵(イ・ナギョン)氏(前首相)が選挙対策委員長を務めていたなか、党内では早くも李氏の責任を問う声が出ているほか、次期大統領選への出馬そのものが難しくなったとの見方も出ている。与党・ 共に民主党 では文在寅氏と同じく人権派弁護士出身で、現在は京畿道知事を務める李在明(イ・ジェミョン)氏の出馬も取り沙汰されているが、その過激な言動は足下で史上最悪の状況が続く日韓関係が一段と悪化するリスクを孕むなどの問題を抱える。一方、今回の選挙で勝利を収めた最大野党・ 国民の力 では、選挙戦対応として臨時でトップを務めた金鍾仁(キム・ジョンイン)氏(元保健福祉相)が退任を表明しており、次期大統領選に向けて今回の選挙での勝利を招く一因となった中道派との『候補者一本化』を実現出来る新たな指導者が現れるかが注目される。なお、先月に実施された世論調査では、文政権による検察改革を巡る対立を理由に検事総長を辞任した尹錫悦(ユン・ソギョル)氏が次期大統領に出馬する意向を示すなかでトップとなっているが 、現時点において尹氏を中心に野党勢力が結集出来るかは見通しが立ちにくい状況にある。また、ソウル市長選において与党候補(朴映宣氏)が敗北した理由のひとつには、朴氏の夫が東京に所有する高級マンションについて、資産公開の際に資産価値を過少申告していたとの疑惑に加え、靖国神社に隣接した物件であったことが判明し、文政権が日本政府による韓国向け輸出への特例措置撤廃の決定に対して日本製品のボイコットを呼びかけるなどの動きをみせていたものの、政権の主要閣僚が真逆の動きを採っていたことも反発を招いたとされる。こうしたことから、残りの任期が短くなるなかで文政権も過去の歴代政権と同様に日本に対して強硬姿勢を示すなど政策の『卓袱台返し』に動く可能性も考えられる一方、そうした動きは東アジア情勢のバランス悪化を招くとともに、韓国が自らの足許を覚束ないものにするリスクを孕んでいることを正しく認識することが求められよう。

以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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