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2021.04.16
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トルコ中銀、前総裁による努力も虚しく「ふりだし」に戻る
~大統領及び与党の「焦り」がうかがえる一方、政権への不満の火種がくすぶる兆候も出ている~
西濵 徹
- 要旨
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- ここ数年のトルコでは経済のファンダメンタルズの脆弱さや政治・外交問題を理由にリラ安が続き、昨年の新型コロナウイルスの感染拡大による景気減速も追い打ちを掛けた。昨年末に中銀総裁に就任したアーバル氏の下で金融引き締めが実施されリラ相場は一転底入れしたが、先月末の突然の更迭でリラ相場は再び急落した。足下では感染再拡大により状況は急速に悪化しており、実体経済への悪影響が懸念されるなか、中銀総裁に就任したカブジュオール氏は付和雷同の対応をみせたことで、その対応に注目が集まってきた。
- 足下のインフレ率は一段と加速感を強めており、物価安定には通貨リラ相場の安定が不可欠とみられるが、カブジュオール新総裁の下で中銀は15日に開催した定例会合で政策金利を2会合ぶりに据え置いた。新総裁の「変心」により利下げ実施は避けられたが、追加的な利上げ実施に及び腰の姿勢がうかがえるなど、これまでに比べてタカ派色は薄れた。先行きについては現行の引き締め姿勢を維持する姿勢をみせた格好だが、利下げに動く可能性や政策維持によって更迭される可能性は高まったと捉えることが出来よう。
- エルドアン大統領が利下げを求める背景には、早期の景気回復を通じて再来年の大統領選・総選挙での勝利を目指したものと考えられる。ただし、感染再拡大による経済への悪影響は懸念されるなか、国内には政権への不満の火種が噴出する兆しも出ており、これまで以上に難しい立場に立たされることも考えられる。
ここ数年のトルコを巡っては、慢性的な経常赤字と財政赤字の『双子の赤字』やインフレが常態化するなど経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱さに加え、米国をはじめとする諸外国との対立といった不透明要因のほか、中銀の政策運営に対するエルドアン大統領による『圧力』が懸念されるなど独立性への疑念が生じる動きがみられたことも重なり、通貨リラ相場は下落する展開が続いてきた。さらに、昨年以降における新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)では、同国においても感染拡大の動きが広がりをみせたことで政府は感染対策を目的に行動制限を課す事態に追い込まれたため、実体経済にも深刻な悪影響が出ることが懸念され、リラ相場は昨秋にかけて一段と調整圧力を強めた。しかし、昨年11月に中銀総裁に就任したアーバル氏の下では大幅利上げが実施されるなど金融市場の期待に『満額回答』で応える姿勢をみせたほか1、同国内における新規感染者数は比較的高水準で推移するも比較的落ち着いた推移をみせたことも重なり、リラ相場を取り巻く状況は一変するとともに大きく底入れするなど状況は大きく変化する兆しがみられた。また、昨年末にかけて再拡大する動きがみられた新規感染者数は、年明け以降に政府が行動制限を最強化するなどの対応をみせたことで再び鈍化したほか、中国製及びロシア製ワクチンの治験実施を追い風に年明け以降は中国製ワクチンの接種が開始されるとともに、独自の国産ワクチンの開発も進められるなど事態打開に向けた兆しもうかがわれた。こうしたことから、政府は3月初めに行動制限を再び緩和して経済活動の再開に向けた取り組みを進めたものの、これを受けてその後は感染力の強い変異株を中心に感染が再拡大する動きをみせている上、過去に類をみないペースで加速するとともに死亡者数も拡大傾向を強めるなど急速に状況は悪化している。さらに、過去数年に亘るリラ安の進展による輸入物価への押し上げ圧力に加え、昨年半ば以降の世界経済の回復期待を追い風とする国際原油価格の底入れなどを背景に足下のインフレ率は中銀の定める目標を大きく上回る推移が続いており、中銀による金融引き締めにも拘らず物価安定にはほど遠い状況が続いた。よって、中銀は先月の定例会合で物価及び通貨リラ相場の安定を図るべく敢然と大幅利上げを実施するとともに、断固として引き締め姿勢を堅持する姿勢をみせたものの2 、直後に政策運営を巡ってエルドアン大統領との間で対立が再燃したことでアーバル氏は事実上更迭され 3、同行の独立性に対する疑念が再燃した。また、後任総裁に就任したカブジュオール氏を巡っては、エルドアン大統領が常々唱える「高金利が高インフレを招く」という『トンデモ理論』を信奉する姿勢をみせてきたことが金融市場の疑心暗鬼を増幅させたものの、その後は物価安定には金融引き締めが必要との認識を示すなど『変心』したため4 、金融市場はその『本心』の見極めに苦慮する展開が続いてきた。このところの国際金融市場においては、米長期金利の上昇をきっかけに新興国で資金流出圧力が強まる動きがみられるなど、経済のファンダメンタルズの脆弱なトルコにとっては『分が悪い』環境となっており、一連の中銀を巡る不信感の高まりはリラ相場を巡るさらなる不透明要因となる厳しい状況を招いたと捉えられる。


なお、3月のインフレ率は前年比+16.2%と前月(同+15.6%)から一段と伸びが加速しており、前月比も上昇ペースが加速する動きがみられ、食料品やエネルギーなど生活必需品のみならず、過去数年に亘るリラ安の進展に伴う輸入物価の押し上げ圧力も影響して幅広い分野でインフレ圧力が強まる動きがみられる。さらに、先月末以降の中銀を巡るドタバタ劇をきっかけに金融市場においてリラ安が進んでいることを勘案すれば、足下においては一段とインフレ圧力が強まっている可能性も予想されるなど、物価安定を実現するためには通貨リラ相場の安定を図ることが不可欠になっている。中銀のカブジュオール新総裁は、就任当初こそエルドアン大統領の『意向』に沿って金融緩和に動くことが懸念されたものの、上述のようにその後の変心を受けて少なくとも利下げの選択肢を採ることはないとの期待が高まる一方、通貨安がインフレ圧力を招くなかで追加引き締めに動くことが出来るか否かに注目が集まった。こうしたなか、中銀は15日に開催した定例の金融政策委員会において政策金利である1週間物レポ金利を2会合ぶりに19.00%で据え置くとともに、短期金利の上限(翌日物貸出金利)及び下限(翌日物借入金利)もともにそれぞれ20.50%、17.50%に据え置く決定を行った。なお、会合後に公表された声明文では、世界経済について「緩和政策とワクチン接種の拡大を受けて製造業や世界貿易の拡大をけん引役に回復しており、世界的なインフレ期待の高まりが金融市場に影響を与えている」との認識を示した。一方、同国経済については「感染拡大の影響はあるが、内・外需をけん引役に製造業は堅調な一方でサービス業は低調な推移が続いている」としつつ、「感染動向やワクチンの接種状況によってリスクは上下双方に振れ得る」との認識を示した上で、「堅調な内需と商品市況の底入れに伴い対外収支は悪化している」とし、「企業部門の資金需要は力強さを欠く一方で家計部門の資金需要は依然旺盛な推移が続いている」との見方を示した。こうした状況のなかで「需要動向やコスト構造、一部セクターでの供給制約、インフレ期待の高さは物価動向及びインフレ見通しのリスク要因となる一方、金融引き締めによる信用及び内需への影響を勘案して現行の引き締めスタンスを維持する」との考えを示し、追加的な引き締め実施に『及び腰』となっている様子がうかがえる。一方、先行きの政策運営について「物価安定の実現に向けてすべての手段を引き続き断固として活用する」としたほか、「強力なディスインフレ効果を維持すべく、インフレ率が恒常的に低下して中期目標(5%)に到達するまで政策金利はインフレ率を上回る水準で維持する」との姿勢をみせた。その目的については、アーバル前総裁時の前回会合同様「物価安定、リスク・プレミアムの低下、通貨安定、外貨準備の蓄積、資金調達コストの低下を通じてマクロ経済及び金融の安定を促す」ことに加え、「投資、生産、雇用の健全かつ持続的な成長の基盤構築」との見方を示す一方、今後については「透明性が高く、予見可能でデータに基づく枠組で意思決定を行う」として、前総裁時同様に『データ次第』との姿勢をみせた格好だが、現実には緩和方向にシフトする可能性を匂わせたとも捉えられる。よって、今回の定例会合は政策金利の据え置き決定で踏み止まったものの、利下げに踏み切れば金融市場に見放される一方、引き締め姿勢を維持すれば総裁が再び更迭されるリスクは高まったと考えられる。アーバル前総裁が強力な利上げ実施やタカ派姿勢の維持によってリラ相場を支えた流れは完全に『ふりだし』に戻ってしまったと捉えることが出来よう。

このように、エルドアン大統領及びその取り巻きが中銀に対して利下げ実施を強力に求める背景には、再来年に迫る次期大統領選及び次期総選挙において、エルドアン大統領の再選及び与党AKP(公正発展党)の党勢維持を目指し、早期の景気回復を図ることが『至上命題』となっていることが影響していると考えられる。なお、昨年の経済成長率は+1.8%と多くの主要国がマイナス成長を余儀なくされたなかでプラス成長を維持するなど、表面的にみれば堅調さがうかがえるものの、これは前年が2018年に発生したいわゆる『トルコ・ショック』の余波を受けて低成長に留まったことによる反動が大きく影響している上、公的部門頼みの様相を強めるなど自律的な景気回復とはほど遠い状況にあることに留意する必要がある 。ただし、足下においては感染再拡大により状況が急速に悪化している上、政府は夏季休暇の時期に向けて行動制限を課すことを決定したほか、状況如何ではさらなる厳しい措置の発動を余儀なくされる可能性もあり、短期的に景気の下振れが避けられなくなっている。また、近年のエルドアン政権による強権的な政策運営に対してはクルド人勢力のみならず、大都市部などにおいても不満がくすぶるなか、新型コロナウイルス対策を巡って後手を踏む対応が続いている状況は、政権に対する不満を増幅させることが懸念される。他方、ワクチンの確保や対内直接投資など経済面で中国への依存度を強めているが、欧米が中国国内の人権問題を理由に批判を強めるなかで、その対象となっているウイグル人は人種的にトルコに近く、ここ数年は中国から逃れた多数のウイグル人がトルコに亡命して中国批判を展開している。こうしたなか、エルドアン政権は中国を意識して彼らに『圧力』を掛ける動きをみせており、国内に新たな『火種』を抱えることも予想されるなど難しい状況に直面している。今年のトルコ経済は昨年の反動も重なり久々の高成長となる可能性が見込まれるものの、感染動向が足を引っ張ることも懸念されるなど、足下で強権姿勢を強めている背景には『焦り』も影響していると言えよう。
1 2020年11月20日付レポート「トルコ中銀、アーバル新体制の初会合で市場期待に「満額回答」」
2 3月19日付レポート「トルコ中銀、インフレリスクとリラ安懸念に対し敢然たる大幅利上げ」
3 3月22日付レポート「やはり、エルドアン大統領の堪忍袋の緒は切れた...」
4 4月2日付レポート「トルコ中銀・カブジュオール新総裁の「変心」は本物か」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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