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バイデン政権下での日米関係

~菅首相の訪米に当たっての論点整理~

熊野 英生

要旨

菅首相が4月15~18日に訪米する。そこでのテーマになりそうなのが、日米中3国間の関係である。日本には、中国との間に微妙な距離感がある。バイデン政権が求めてくる内容に対しては、是々非々で応じなくてはいけないと思う。日米対話の前提として、経済を軸にして対米・対中関係の利害を整理しておきたい。

バイデン政権の特徴

まず、バイデン政権の外交方針は、明らかに過去の経緯を引きずっている。それは、オバマ時代のG2の失敗と、トランプ時代の単独行動主義の反省である。今後の日本と米国との同盟強化は、それらの教訓に基づいている。

米国が中国と対峙する姿勢は、トランプ時代とは変わらずに強硬である。これはオバマ時代の当初段階に米国が中国との間で共同覇権を担おうとしたが、中国はそれを利用して勢力拡張したという失敗からくる。オバマ大統領は、すぐにG2の誤りに気付き、中国封じ込めに転じた。これが、オバマ時代の反省だ。

トランプ時代との違いは、封じ込めを単独で行うのではなく、多国間で対応するという点である。すでに、人権批判に基づき、米国とEUは連携して制裁に動いた。そこに日本は加わらなかった。バイデン政権は、訪米を期により日本と顔を接近させ、同調を迫ってくると予想される。バイデン大統領は、アフターコロナを念頭に布石を打ちたいのだろう。

目下、バイデン大統領は、国内問題に力を奪われている。コロナ対策はその代表例であり、就任100日後の4月末までに2億回のワクチン接種を実現するという目標達成に力を注ぐ。100日以内の公約は移民問題など、いずれも内向きの内容だ。それが一段落する5月以降は外向き、つまり、得意の外交に力を入れるだろう。トランプ時代に疎かになった同盟関係を修復し、その先に中国やロシアと対決する姿勢を鮮明にするのだろう。日米首脳会談は、そのための事前準備にもなっている。

すでに対中関係は、人権問題で火花が散っている。そこでは、トランプ時代はあまりに貿易不均衡に囚われてしまい、逆に驚くほどに人権問題に無関心だったことの反省があるのだろう。その反省の代わりに、トランプ大統領が熱心だった貿易問題は、逆にたな晒しにされている印象を筆者などは抱いてしまう。

しかし、人権問題を軸にして、中国を非難することは戦略としてあまり上手だとは思えない。日本を含めてアジア諸国は、中国との経済関係が密接で、人権問題だけで中国批判には乗りにくい。良好な経済関係づくりと、中国の人権対応に問題があることをどのように接合して考えればよいのかを戸惑ってしまうのが実情だ。もしかすると、そうしたアジア諸国が抱く感覚をバイデン政権は、うまく飲み込めていない可能性すら感じる。

先日、米国の国務省からは、北京冬季五輪のボイコットをちらつかせる発言が飛び出したこともある。この発言は日本からみて違和感が大きかった。ボイコットについてはすぐに否定したが、この発言に腰を抜かしたのは中国よりも日本政府だろう。バイデン政権は、中国を攻めるテーマとして、人権問題を選んだが、どうも作戦が用意周到ではない気がする。日本人の感覚で言えば、根回しが足りないと拙劣な印象を受ける。

人権問題が重要なことは論じるまでもないが、それを経済など他分野の制裁と絡めることには慎重に臨むべきだろう。こうした事情は、韓国も同じで、経済的利害が米国の考えているよりも遙かに大きいからだ。そうした利害調整なしには、米国と日韓の歩調は合いにくい。

制裁には正当性が必要

アジア諸国には、中国を首位の貿易相手国にする国が多い。中国は、コロナ禍を早期に収束させて、アジア諸国からみてビジネスチャンスが豊富な存在になっている。そこに自分から冷や水をかけることは、各国とも当然ながらできない。

中国の成長によって恩恵を受けているのは、実は米国も同じである。米国の貿易統計では、中国向け輸出額がコロナ禍の落ち込みを経て、2020年10~12月は過去最高を記録した(図表)。中国からの輸入額はそれほど増加しておらず、対米貿易黒字は中国の成長のお陰で減っているのだ。

図表
図表

米国からは、中国向け輸出で恩恵を受けているにもかかわらず、デカップリングという言葉を聞く。経済相互依存の関係を「分断」しようという方針である。額面通りに受け取ると、日本からみてデカップリングが現実味は乏しい。「中国企業を経済取引から排除しよう」とあからさまに表現すると、それが不可能であることは明白だ。例えば、日本が経済的に完全にデカップリングしている国は、北朝鮮である。北朝鮮の経済規模は韓国の100分の1に過ぎない。中国は、排除するには大きすぎる。

中国に対する経済制裁も現実味が乏しい。仮に、輸出規制をすれば、相手国に対して深刻なしこりを残す。2010年に中国が日本に対してレアアースの輸出規制を仕掛けてきたときの日本の反発を思い出してほしい。2019年には韓国に対して半導体材料の輸出管理を強化して、韓国は日本に対して反日感情を強めた。そもそも貿易管理は、相手国に対して強烈な嫌悪感を与えるから、採るべきではない。レアアースも、日本企業は輸出規制を期に代替素材や新しい調達先を模索する動きに出た。長期的には、輸出規制をした中国自身にマイナスだったと思える。

輸出規制を敷くならば、相手も納得するような正当性が不可欠だ。軍事転用の可能性を警戒した輸出管理はその例になる。しかし、軍事転用など安全保障上の理由を挙げても、相手国からは恣意的な報復ではないか疑われる。いずれにしてもしこりは残るのだ。

より具体的に、経済制裁がもたらす害悪を考えてみよう。例えば、香港やウイグルの人権問題があるから、日本から中国への輸出規制を強化したとしよう。その打撃を被る中国企業には、香港問題とは何も関係せず、その企業自身は何ら違法なことをしている訳ではないので、当然、日本政府に対して反感を抱くだろう。巻き添えになったという気持ちが何十年も残る。経済報復という行為自体に問題がある。不正の当事者以外に対して実力行使をすることは、将来に禍根を残す意味でもすべきではない。

経済人質論

デカップリングは、政治的利害を動機にしており、経済的利害とは相容れない側面がある。貿易国からは、中国から安くて品質のよいものを買えるのに、なぜ中国から仕入れを禁止されるのかと思う企業が多く現れるだろう。デカップリングの動機は、米国の経済的覇権の維持にある。

自由貿易は、その政治的利害と相容れない。自由貿易の利益は、お互いをWin-Winの関係にすることが知られている。お互いに得意分野の製品を輸出して、双方の国が互いに購買力を高める。不得意分野の生産は縮小させ、それらを輸入でまかなうことはコスト高を抑制する。貿易国双方の生産は、生産性の高い業種がウエイトを高めて、生産性の低い業種のウエイトを小さくする。これがデービット・リカードが唱えた比較優位の原理だ。後にサムエルソンなどが応用・精緻化を試みた原理でもある。

バイデン政権は、そうした自由貿易の原理とは、距離を置く。意図的に無視しているようにも感じる。バイデン政権では、貿易政策に今ひとつ熱心さが乏しく、対中制裁関税の撤廃やTPPの扱いにも沈黙している。3年後の大統領選挙や来年秋の中間選挙を意識して、旗色を鮮明にしない曖昧戦略なのかもしれない。

バイデン政権は、それよりも安全保障、外交、人権を重視する。中国封じ込めは、安全保障・外交上での中国の膨張を阻止する目的で推進されている。経済的利害は、劣位に置かれているのが実情だ。かつては、経済が重視されて、政経分離の原則が守られていた。それは、トランプ時代にあからさまに否定され、流れは今も続いている。もっと正直に述べると、経済活動は人質だったり、制裁の武器になっている。

政経分離の原則は、歴史的な知恵であるが、時間が経つと忘れられやすい原則でもある。安全保障や外交の道具として、無原則に経済制裁が使われると、お互いが傷つく。ゲーム論で有名な囚人のジレンマである。ルールを守っている限りは、メリットが大きいのに、メンバーの誰かがルールを破ると互いに報復合戦に向かい、誰もが傷つく。進化ゲームでは、そうした報復の末に、協調のルールが結ばれるとされる。過去、第二次世界大戦までの数十年間は保護主義の風が吹き荒れて、大戦後の1947年にGATT体制が出来上がった。自由貿易体制の基礎は、ここでできた。米ソ冷戦についても、軍拡競争の末、1987年に中距離核戦力全廃条約が結ばれた。現在の米中対立をみるにつけ、先見的に経済を人質にしないというルール・原則を結べないものかと思っていまう。

バイデン政権の思惑と実際

前述したように、バイデン政権は、貿易政策への踏み込みが浅い。中国はそれがわかっていて、RCEPをまとめ、さらにTPPにまで参加意欲を示している。米国の方は、対中制裁関税がトランプ時代のままである。

率直に言って、バイデン大統領が経済に強くないと筆者は思う。こういうと、多くの人から反論があるかもしれない。反論として、積極的な財政刺激をしているではないかと言われるだろう。しかし、筆者はこの点でもバイデン政権が経済に明るいとは思わない。むしろ、経済政策に弱みがあるから、イエレン財務長官を起用し、超大型財政出動で経済成長を演出しているとも考えられる。

昔のことを思い出すと、1990年代に日本は財政出動に依存して景気刺激を行っていた頃、米国からは「いつまで財政出動に依存しているのだ」と言われた。2000年代も、「財政政策とは公共事業ではなく、減税が主流です」と日本は揶揄された。今は、当時の米国流の常識はどこかに消えて、古いタイプの政策に先祖返りしている。そう言えば、トランプ大統領の見ていた世界観も、1980年代の日米貿易の風景だった。

米国の経済成長の中核は、ITのプラットフォーマーに移っている。競争力の源泉は、テクノロジーだ。ITの領域では、巨大なプラットフォーマーには独禁法(反トラスト法)で目を光らせ、後は自由放任で激しく競争させている。マクロ経済というメガネで見える米国は、財政出動で高成長しているように目に映るが、実際はテクノロジー企業が激しい競争の中で高い生産性上げている世界だ。テクノロジー競争は、格差拡大を生じさせる副作用を持ち、政治的にはその不満を緩和するように財政をばらまくという二重構造が米国にはできている。

中国との覇権争いに関して、米国がしたいのは中国のテクノロジー企業の台頭を許さないことだ。米国から中国への技術流出を取り締まりを徹底して、中国のイノベーションを止めたい。

以上のように考えると、日韓が米国の制裁に協力して何か特別のプラスがあるかと問われて、そうだとは思えない。むしろ、米国の政治的思惑に振り回されて、日本の利害にマイナスと、日中間の遺恨を残すだけだと思う。少し広い視野を持ち、米国だけの利害とは是々非々で応じた方がよい。

日本は主導すべき役割

日本は、バイデン政権が空白にしている貿易政策をルールづくりという点で後押しするのがよい。世界的な貿易連携は、トランプ時代に停止したように見えて、安倍政権は着実に推進してきた政策だ。菅政権はその遺産を利用しやすい立場にある。

幸いなことに中国は、米国の間隙をついて貿易自由化に前向きになっている。トランプ時代には、中国の知財問題、産業補助金、技術の強制移転といった数々の問題が遡上に乗せられた。それらの問題で中国との間でルールづくりをすることは課題になるだろう。アジアでは、中国経済の存在感はますます大きくなるだろうから、経済連携のメリットは中国自身にも大きくなるはずだ。

日本は経済分野でもっと存在感を高めるため、韓国などと協調できるところは協調し、自由な企業活動ができる市場をつくっていく役割を果たしていくことになるだろう。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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