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アンモニア混焼を巡る日本と欧米の温度差

~「日本流脱炭素」はグローバルスタンダードとなりうるか~

牧之内 芽衣

要旨
  • 主要7カ国首脳会議(G7広島サミット)が2023年5月21日に閉幕した。共同声明では気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新の報告書に基づき、脱炭素目標をより厳しいものに改める必要性が示された。しかし、日本は石炭火力発電の廃止時期の明記に反対するなど、欧米との温度差が浮き彫りになった。
  • 日本は、燃焼時にCO2を排出しないアンモニアを石炭に混ぜて燃焼させる「混焼」を利用した石炭火力発電によるCO2削減に注力している。2030年に電源構成の1%、2050年に10%とする考えで、新設の石炭火力発電所が多いアジアのCO2排出削減にも役立つとしている。
  • 一方、欧米ではアンモニア混焼は石炭火力発電の温存につながるとの懸念が根強い。国際エネルギー機関(IEA)が脱炭素ロードマップの中で2030年にすべての先進国の石炭火力発電所の廃止を掲げたほか、欧州シンクタンクから日本のアンモニア混焼の問題点を指摘するレポートが次々と発出された。
  • 化石燃料を使用せずに製造されたアンモニアを用いても、20%アンモニア混焼の場合、CO2排出量は天然ガス火力発電を上回ってしまう。また、アンモニアは石炭に比べて燃料コストが高い。CO2以外の温室効果ガスを排出するという問題もある。
  • G7の中で日本に次いで石炭火力発電の比率が高いのはドイツだが、ドイツは再生可能エネルギーの比率が日本の倍近くあるほか、石炭火力発電の2030年までの段階的な廃止を表明している。G7の中で廃止の年限を明示していない国は日本のみである。
  • 混焼を2050年の脱炭素に向けた選択肢の一つとするのであれば、2035年に60%の温室効果ガス削減など、世界的に求められるロードマップに合わせる必要がある。イノベーションの追求や、指摘された問題点を前向きに解決する努力も欠かせない。
目次

1.G7、防戦続きの議長国日本

主要7カ国首脳会議(G7広島サミット)が2023年5月21日に閉幕した。予定を前倒して20日に発表された共同声明は、4月に札幌で開催されたG7気候・エネルギー・環境大臣会合(以下、環境大臣会合)の共同声明を踏襲したものとなった。

G7に先立ち、気候変動に関する政府間パネル(IPCC、注1)は2023年3月、「第6次評価報告書(AR6)」で気候変動対応の緊急性を強調した。産業革命前からの気温上昇を1.5℃(注2)に抑えるのであれば、2030年に19年比で43%、2035年に60%の温室効果ガス排出削減が必要としている。共同声明もIPCCのAR6に基づき、各国がパリ協定(注3)に基づいて定めた温室効果ガス排出削減目標(NDC)をより厳しいものに改める必要性を示した。

日本は再生可能エネルギーの導入が欧州より遅れているほか、原子力発電所の再稼働もままならず、石炭火力発電が電源構成(注4)の3割程度を占めており、上記目標の達成に向けた道のりは厳しいものとなることが予想される。

今回、共同声明には初めて化石燃料の段階的廃止の加速が明記されたが、焦点となっていた石炭火力発電の廃止時期は盛り込まれなかった。火力発電所などでアンモニアや水素を混ぜて燃焼させる「混焼」の普及を目指そうとしている日本の主張が反映された形だ。石炭火力発電をめぐっては、欧米と異なる日本の姿勢が浮き彫りになった。

2.日本が注力するアンモニア混焼

現在、日本の電力の約7割は火力発電で供給されており、うち石炭火力は約3割だ(資料1)。火力発電は天候により発電量が左右される太陽光や風力といった再生可能エネルギーの発電量の調整弁としての働きもある。急激に減らせば、電力の安定供給に支障をきたすおそれがある。

図表1
図表1

そこで注目されたのが、燃焼時にCO2を排出しないアンモニアだ。100%アンモニアを燃料とするのが理想だが、まずは石炭に混ぜて燃焼させ、CO2排出を削減する「混焼」の実現に向けて実証が進んでいる。アンモニアを混焼させる場合も、既存の発電所の設備を一部改修するだけで済むため、脱炭素とエネルギー安全保障を両立するための現実的な手段だとする声がある。水素も混焼に用いられるが、マイナス253℃という超低温での輸送が必要になる一方、アンモニアはマイナス33℃で液体になるため、輸送のしやすさの点ではアンモニアに軍配が上がる。

経済産業省が2022年10月に「第6次エネルギー基本計画」で示している2030年の電源構成案では、石炭火力発電を19%まで削減する代わりに、水素・アンモニア発電が1%加わっている。アンモニア混焼の本格的な商用化の目標時期は2040年代以降とみられているが、将来的に「電力システムの中の主要な供給力・調整力として機能すべく、技術的な課題の克服を進める」として、2050年には電源構成の10%とすることを目標としている。2021年2月の経済産業省「燃料アンモニア導入官民協議会中間取りまとめ」によれば、国内の大手電力会社が保有するすべての石炭火力発電所で20%アンモニア混焼(注5)とした場合、年間4,000万トンのCO2排出削減が可能になるという。現在の日本の電力部門のCO2排出量は年間4億トンのため、これが実現すれば、電力部門では10%の排出削減につながる。

日本を含むアジアでは欧米と比較して石炭火力発電所の設備が新しく、投資回収完了までの見込み年数が長期となることも早期の石炭火力発電の中止が難しい理由の一つだ(資料2)。日本政府はアンモニア混焼がアジアのCO2排出削減にも役立つとして、2023年3月上旬に東南アジア諸国連合(ASEAN)と「アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)」の閣僚会合を初めて開催した。これは日本の技術や資金でASEANの脱炭素を支援する新たな枠組みで、アンモニアの混焼技術はその中核となる。

図表2
図表2

3.欧州シンクタンクからの指摘

当面、石炭火力に頼る新興国は多く、そのゼロエミッション化は、既存の設備を使用しつつ温室効果ガスの排出削減を可能にする建設的な方法のように見える。国際エネルギー機関(IEA)が2021年5月に発表した「Net Zero by 2050」では、混焼は既存の石炭火力発電所のCO2排出量削減のための初期の選択肢としては有効との考えが示されている。ただし、2050年ネットゼロに向けたロードマップの中で、2030年には先進国におけるCCUS(注6)による対策がなされていない石炭火力発電所は段階的な廃止を開始し、2040年には完全に廃止すべきだとしている。日本のアンモニア混焼の商用化のめどは2040年代以降だ。

日本は石炭火力発電の廃止時期を明言せずにアンモニア混焼を全面に打ち出している。そのため、混焼が石炭火力発電の延命策になりうるとして、欧州シンクタンクから問題点を指摘するレポートが次々と発出された。2022年2月には英国の気候シンクタンク「Transition Zero」が「石炭新技術と日本~日本の電力部門の脱炭素化における石炭新発電技術の役割」を、9月には米国ブルームバーグの脱炭素リサーチ部門「BNEF」が「日本のアンモニア・石炭混焼の戦略におけるコスト課題」を発表し、2023年4月には英国シンクタンク「E3G」が「石炭火力発電のアンモニア混焼をプロモーションする日本」を公開した。

これらのレポートでは共通して以下の2つの懸念が示されている。

まず、アンモニア混焼による温室効果ガス削減効果は限定的であるという懸念だ。石炭火力発電で燃料にアンモニアを混ぜる理由は、アンモニアが燃焼時にCO2を排出しないためだ。Transition Zeroによれば、石炭のみ燃焼させた場合のCO2排出量は1kWhあたり923g、20%アンモニア混焼の場合は693gと、概ね混焼の割合程度のCO2の排出が削減できる。ところが、天然ガスのCO2排出量は389gであり、20%や50%アンモニア混焼よりも少ない(資料3)。さらに、アンモニアは燃焼時に窒素酸化物というCO2以外の温室効果ガスを排出する。排出量は燃料に混ぜる空気の量やスピード、タイミングによって大きく変わるものの、窒素酸化物の温室効果はCO2の273倍と非常に高い。

図表3
図表3

次に、コスト面での問題だ。Transition Zeroによれば、環境に配慮しない製造方法のアンモニアを使用した20%混焼でさえ、燃料費は石炭の2倍である。化石燃料を使用せずに製造されるアンモニア(グリーンアンモニア)を使用した場合は4倍まで跳ね上がる(資料4)。アンモニアは石炭に比べて燃焼時の温度が低いため、混焼の割合が増えれば増えるほど発電コストが高くなるという側面もある。

図表4
図表4

4.G7諸国との比較

他のG7諸国との立場の違いの背景には電源構成の違いがある。日本は電源構成に占める石炭火力の比率がG7の中では最も高く(資料5)、カーボンニュートラルの実現には、石炭火力におけるCO2排出削減が避けては通れない課題となっている。

図表5
図表5

G7の中で日本に次いで石炭火力の比率が高いのはドイツだ。しかし、ドイツは2022年のG7エルマウサミットで、2030年までの国内石炭火力の全廃を各国に打診するなど、環境政策をリードする立場にある。日本との違いを挙げると、まず、ドイツは再生可能エネルギーの比率が日本の倍近くある。天候に左右される再生可能エネルギーは、安定した発電が可能な石炭火力を完全に肩代わりするには至っていないが、今後蓄電池の改良などに伴って代替手段となる可能性がある。また、ドイツは石炭火力について、2030年までに段階的な廃止を表明している。G7のうちアメリカも35年までに、カナダは30年、イタリアは25年、英国は24年、フランスは22年までに石炭火力を全廃することを明らかにしており、廃止の年限を明示していない国は日本のみである。廃止時期を明示できれば他のG7諸国と足並みが揃うが、日本では多くの原子力発電所について再稼働が不透明となっている。

5.アンモニア混焼のガラパゴス化を防ぐには

G7広島サミットではウクライナのゼレンスキー大統領が来日し話題となった。ロシアによるウクライナ侵略などに端を発するエネルギー危機は化石燃料に依存するリスクを改めて浮き彫りにした。S+3E(注7)を前提とすれば、アンモニア混焼は日本を含むアジアのCO2削減にとって現実的かつ、石炭や石油以外の選択肢を増やすことでエネルギー安全保障にも資する可能性がある。日本以外のG7諸国は混焼に否定的な姿勢を崩していないものの、広島サミットの共同声明では水素やアンモニア混焼等について条件付きで「使用を検討している国があることにも留意する」との一文が挿入された。

ただし、日本は石炭火力の廃止時期やEVの導入目標など、共同声明のさまざまな場面で数値目標の設定を避ける姿勢が目立った。2050年の脱炭素に向けて混焼を選択肢の一つとするのであれば、2035年に温室効果ガス60%削減など、世界的に求められる時間軸に合わせることが重要だ。また、イノベーションの追求による窒素酸化物やCO2の一層の削減など、指摘された問題点を前向きに解決していく必要がある。そして、データを用いた明示的な説明で、脱炭素に貢献する根拠を示し続ける努力も欠かせない。国際的な目標に対し、筋の通った脱炭素工程を示すことが、新興国をも巻き込んだ脱炭素化につながるのではないか。

以 上

【注釈】

  1. IPCCとは「気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change)」の略。気候変動に関わる各国の政策に科学的な根拠を与えることを目的とし、世界気象機関(WMO)および国連環境計画(UNEP)により1988年に設立された。
  2. 地球温暖化を産業革命以前と比べて1.5度に抑えることによって、多くの気候変動の影響が回避できるとされる。「パリ協定」では、「産業革命以前に比べて、世界の平均気温の上昇を2度以下に、できる限り1.5℃に抑える」として1.5℃は努力目標であったが、2021年に英国で開催されたCOP26で見直され、1.5℃が世界目標となった。
  3. パリ協定は2015年11月から12月にフランス・パリにおいて開催されたCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)で合意された、温室効果ガス排出削減等に向けた国際枠組み。
  4. 電源構成とは、石油や石炭、原子力など、電気が作られる方法の比率を指す。エネルギーミックスと同義。
  5. 20%アンモニア混焼と言った場合、燃料のうち20%(熱量比)をアンモニアに転換した場合を指す。
  6. CCUSは「Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage」の略で、産業活動から排出されるCO2を集め、さらには有効に利用し、地中深くに貯留する技術を指す。
  7. S+3E とは、安全性(Safety)を大前提とし、自給率(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、環境適合(Environment)を同時達成するという、日本のエネルギー政策の基本方針を指す。

【参考文献】

  • 経済産業省(2021)「燃料アンモニア導入官民協議会中間取りまとめ」 (https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/nenryo_anmonia/20200208_report.html)
  • 経済産業省(2022)「第6次エネルギー基本計画」
  • BNEF(2022)「日本のアンモニア・石炭混焼の戦略におけるコスト課題」 (https://assets.bbhub.io/professional/sites/24/BNEF-Japans-Costly-Ammonia-Coal-Co-Firing-Strategy_FINAL_JAPANESE.pdf)
  • E3G(2023)「Challenging Japan’s promotion of ammonia co-firing for coal power generation」 (https://www.e3g.org/wp-content/uploads/E3G-Briefing-Challenging-Japans-promotion-of-ammonia-co-firing-for-coal-power-generation.pdf)
  • IEA(2021)「Net Zero by 2050」(https://www.iea.org/reports/net-zero-by-2050)
  • IEA(2021)「World Energy Outlook 2021」(https://www.iea.org/reports/world-energy-outlook-2021)
  • Transition Zero(2022)「石炭新技術と日本~日本の電力部門の脱炭素化における石炭新発電技術の役割」 (https://www.transitionzero.org/insights/advanced-coal-in-japan-japanese)

牧之内 芽衣


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