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職業への入口・コミュニティカレッジの多様性

~世界の職業教育機関①米国編~

重原 正明

要旨
  • 米国では職業教育の機能は、コミュニティカレッジという公立の高等教育機関が主に担っている。これは、高校生段階では労働規制により勤労実習ができないこと、労働組合による職業教育が行われなくなったことなどに由来する。
  • コミュニティカレッジは2年制の大学である。「4年制大学への編入を目指す『予科』(卒業後3年次に編入)」「職業人育成機関」「実用知識・技術の習得・再教育機関」「地域の生涯学習機関」といった多様な面を持つ。入学者は目的に応じたコースを選ぶが、変更可能である。予科コースか職業人コースを修了すると準学士(Associate)の称号、技術習得コースを修了すると修了証明書(Certificate)をそれぞれ得ることができ、就職に役立てることができる。
  • 分野別の準学士取得者数は、一般教養が3∼4割で、他に医療保健、経営、エンジニア、保安警察消防等が多い。医療保健や保安警察消防といった分野は、永らくコミュニティカレッジが人材を供給してきた分野である。自然科学系が最近増加する一方で、経営等の分野は学生が減少している。実務家コースの中には、例えば特定の自動車会社の自動車の整備士を目指すコースなど、極めて実務に直結したものもある。
  • 学生の4割以上は4年制大学への編入を目指しているが、実際に編入されるのは8%(フルタイムの学生に限っても11%)と現実は厳しい。働きながら学ぶ学生も多いため、修了には一般に時間がかかり、資格を取らずに退学する学生も多い。
  • 現状ではコミュニティカレッジの入学者は7百万人程度で頭打ちになっており、また中途退学率も高いことから、コミュニティカレッジ側では企業との連携、地域の高校・4年制大学との連携、職業意識の育成等の対策を取っている。
目次

1.「世界の職業教育機関シリーズ」発行に際して

このレポートは、世界の職業教育機関について国別に現状を見るレポートシリーズの第1編である。

職業教育の定義として、本シリーズでは「一定または特定の職業に従事するために必要な知識・技能・能力や態度を育てる教育」という、「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について(答申)」(中央教育審議会、2011年1月31日)の定義に従うこととする。職業教育はキャリア教育の一部であるが、より明確な職業分野に対応した知識等を身に付けさせるものであり、主に中堅技術者の育成を目的として発達してきた。

技術の進歩には先端的な研究を行なう人材ももちろん必要だが、それを社会に実装するためには、一定数の中堅技術者が社会に存在することも必要と考えられる。この点で職業教育は社会の発展のために重要であるが、一方で中堅技術者に求められる職務や技術にはIT化等の影響で近年大きな変化が生じている。これらの動きの中で、中堅技術者を育成する機関が、各国でどのような形で運用されていて、どのような変化をしているかを見ることは、日本の今後を考える上で参考になるであろう。

このような考えから本シリーズでは先進国各国の職業教育機関について検討を加えていく。対象としては米国、欧州、日本を取り上げる予定である。

2.米国の職業教育の歴史

現在の米国の職業教育の特徴にはその歴史が大きく反映されている。そこでここでは米国の職業教育の歴史を概括する。

米国の職業教育は、移民対策から始まった。米国独立後、19世紀末になって東欧・南欧からの「新移民」の受け入れが増加し、それを契機として新移民に対する職業教育が始まったとされる。

当初は職能別の労働組合が職業教育を行っていたが、大量生産システム(T型フォードの販売開始は1908年)による労働の単純化が徒弟制の崩壊を招いた。それにつれて労働組合の弱体化が進み、その職業教育における役割は弱まっていったとされる。結果「必要な人材は外部から採用する」即戦力採用の世界になっていった。

技能の習得などの職業教育は労働者個人に委ねられたが、一旦失職などで落ちこぼれるとそこから這い上がることが難しくなり、貧富の拡大につながる。このため、低所得者やマイノリティといった社会的弱者の支援を目的とした、ワグナー・ペイザー法や社会保障法などが1930年代に成立する。この流れは、1964年から始まったジョブ・コアという寄宿舎制の職業訓練校といえる組織につながっていく。

一方、救済策ではない、いわば標準システムとしての職業教育施策については、新移民対応の時代(1917年)のスミス・ヒューズ法があったが、1961年の地域再開発法、そして1984年のパーキンス法につながっていく。パーキンス法はその主な内容に総合的キャリアガイダンス・カウンセリングプログラムの実施を含み、何回かの改定を経て現在まで続いている法律である。

さらに地域での労働力確保を目指した1998年の労働力投資法(Workforce Investment Act, WIA)によりワグナー・ペイザー法が改正され、各州に、職業教育を含めた求職に関するワンストップ・センターを設けることが定められた。現在は全米2,500箇所以上のセンター(アメリカン・ジョブ・センター)が地域の労働力投資委員会(Workforce Investment Bureau, WIB)の監督のもと運営されている。さらに、WIAは2014年制定で翌年施行された労働力革新機会法(Workforce Innovation and Opportunity Act, WIOA)により内容が整理されている。

一方学生段階での職業教育に関して見ると、1990年代の労働組合による職業教育が行われなくなったころ、科学分野での国力低下を憂いた米国連邦政府は、ドイツのデュアルシステム(学校での座学と現場実習とを同時に行うシステム)に近いシステムの導入を試みた。1994年制定のスキルスタンダード・アクトはこの流れの中で制定されたものと推察される。しかし、このシステムは経営者・労働組合双方ともメリットを感じず、十分な協力が得られなかったため成功しなかった。このため連邦政府は政策を切り替え、職業教育を行える大学への全入を目指す(College for ALL)政策を進める。

以上を図にまとめたものが資料1である。

図表1
図表1

3.米国の教育体系と職業教育機関

米国の教育体系(資料2)は州ごとに異なるが、大きく分けてK-12と言われる無償で提供される高校までの教育と、それ以降の大学・大学院教育に分かれる。

公立学校の小・中・高校の年限は州によって異なるが、現在は5-3-4制が主力である。6歳から12年間の学校教育と、その前1年間の幼稚園(K)での教育を合わせたK-12については、無償で提供されることが、連邦レベルで定められている。そのうち義務教育の年限は州ごとに異なる。

図表2
図表2

K-12、特に高校教育においては、個性を重視した教育が行われる。実用的な科目も設けられるが、本格的な職業教育は行われない。これは労働法制により青少年の労働時間が制限されていることから、本格的な勤労実習が企業の現場では行いにくいことが影響している。また公立高校では同じ地域(学校区)の生徒はすべて同じ高校に通学するため、特定の職業に向けた教育は行いにくいという事情もあると想定される。

従って、職業教育は主に大学に委ねられることになる。先述のCollege for All政策によって大学進学率は増加したが、その多くはコミュニティカレッジという2年制の大学への進学であり、内容面でもコミュニティカレッジが職業教育の主力を担っているといえよう。

4.コミュニティカレッジ~多様な性格を持つ2年制大学

コミュニティカレッジ(注1)は、制度上は2年制の公立大学として説明されるが、実態としては多くの役割を持つ。

まず挙げられるのは、4年制以上の大学(以下「大学」)の最初の2年間を代替する「予科」としての役割である。コミュニティカレッジの進学向け2年間カリキュラムを修了して学位(準学士、Associate)の資格を取った上で、大学の編入試験に合格すれば、大学の3年次に編入することができる。大学の1・2年次よりもコミュニティカレッジの方が、学費が安いうえに、小規模でチューター等の制度も普及しているなど学習環境面でも好ましいという意見もあり、好んでこのコースで大学に進む人もいるようである。

次に、職業人育成の場としての役割である。コミュニティカレッジの2年間カリキュラムでも大学進学を目標とせず、一般教養より実用科目に注力するコースもある。このコースも卒業すると準学士などの学位・資格が取得でき、高校卒よりよい条件で就職できる。医療助手、消防、自動車整備(特定の会社の自動車の整備というコースがある場合もある)など、明確に職業を意識したコースも多い。

編入コースと職業人育成コースを合わせた、準学士の分野別取得者数は、一般教養が3∼4割で、他に医療保健、経営、エンジニア、保安警察消防等が多い(資料3)。

医療保健や保安警察消防といった分野は、永らくコミュニティカレッジが人材を供給してきた分野である。最近の傾向として、自然科学系の選択者が増加する一方で、経営等の分野は学生が減少している。

図表3
図表3

さらに特定の職業に関する技術・知識の習得に焦点をあてた教育も行っている。このような目的のコースでは年限も1年となることが多い。修了すると修了証明書(Certificateあるいはdiploma)が得られて、準学士ほどではないが就職のためのパスポートとなる。とりあえず修了証明書を取って就職し、金を貯めて後日準学士や大学編入を改めて目指すというコースもあるようである。また社会人の再教育の場としても使われる。

そのほかにも、地域の人向けの一般教養などの講座も開かれており、日本でいえば公民館のような生涯教育機関としての役割も果たしている。

このような多面的な役割を帯び、大学よりもやや広い(少し高め)年齢層の人々が学んでいるのがコミュニティカレッジである。

5.コミュニティカレッジの現実―編入は難しく中退は多い

学費も安く幅広いニーズに応えるコミュニティカレッジであるが、その学生の進路を見ると現実の厳しさも見えてくる(資料4)。

図表4
図表4

コミュニティカレッジの学生のうち45%は大学への編入を望んでいるという調査があるが(資料省略)、実際に編入できるのは入学者の8%、フルタイムの学生(注2)に限っても11%となっている。コミュニティカレッジは、大学への夢を与えつつ、実際には2年間で自身の適性について考えさせる機関となっている面はあろう。

また、コミュニティカレッジについては全体に中退者が多いのも特徴である。そもそも卒業や資格取得を目指していない入学者、あるいは働きながら学ぶ学生の多いことは考慮しなければならない。しかしフルタイムの学生に限っても、入学から6年後に何らかの形で卒業している割合が6割しかないという状況には、コミュニティカレッジ側も問題意識を持っている。

6.学びへの動機づけに関するコミュニティカレッジの努力

コミュニティカレッジへの入学者が伸びていないということもあり、中退者の削減や学びへの動機づけに関して、コミュニティカレッジは様々な努力をしている。

2年制コースのコミュニティカレッジのカリキュラムを見ると、必須単位の中にCollege OrientationやCareer Planningといった履修計画ともいえる単位が含まれていることが多いようである。学び方の訓練のほかに、科目の選択や場合によっては学費の調達に関することもこの「科目」を受けることで考えることができる。コミュニティカレッジではコースを変更したりコース外の科目を受講することが通常自由に行えるので、このような授業を受けたり、他の科目の成績を考慮して、コースを自分に適したものに変える学生もいることであろう。

また、地域との連携で学習意欲を高めることも行われている。例えば、高校との連携で高校在学中にコミュニティカレッジにも入学でき(デュアルスクール)、高校を卒業すると同時に準学士が取れるカリキュラムを提供しているコミュニティカレッジや、地域の高校・大学と連携して、学びの動機づけを含めて一貫的な教育(例えば、高校にコミュニティカレッジの教員が赴き講義や説明をするなど)を試みているコミュニティカレッジがある。

さらに企業との連携も行われている。例えばIT企業と提携して先端技術に関するコースを実施するといった例や、逆に企業向け・社会人向けの研修をコミュニティカレッジが請け負うといった例もある。

このように、コミュニティカレッジの少なくとも一部では、学生に学習を貫徹させるために、外部とも協力しつつ、広い意味でのキャリア教育やカウンセリングなどを行っている。

7.おわりにーコミュニティカレッジの多様性

以上米国の職業教育の中心を占めるコミュニティカレッジについて解説を試みた。

コミュニティカレッジの多様性は、諸々の事情から職業教育が公教育の、特に高等教育に収れんされてきた米国職業教育の歴史に根差している面があると思われる。具体的にはCollege for Allの政策の下、地域(州政府等)に委ねられ、地域のために行われる職業教育の場として多様な学生を受け入れてきたことが、現在のコミュニティカレッジの多様性を形作っているように思う。そしてそれは、誰でも大学や大学院に入れるというアメリカン・ドリームと、現実の職業需要をつなぐ一つの装置にもなっているのかもしれない。さらに退学者の多さなどの問題を抱えながら、コミュニティカレッジは努力を続けている。

本稿がこれに続くレポートとともに、日本の職業教育について考える一つの材料となれば幸いである。

以 上

【注釈】

  1. 公立の場合はコミュニティカレッジと呼ばれ、私立の同様の学校はジュニアカレッジと呼ばれるが、ジュニアカレッジは少ない。また技術系の教育に力を入れているコミュニティカレッジやジュニアカレッジは、テクニカルカレッジという名称を用いることもある。
  2. 本稿では米国での定義に従い、コミュニティカレッジの学生のうち、1学期(1年2学期制)あたり12単位以上を取得する学生をfull-timeとしている。準学士取得に必要な単位数は一般に(4学期通して)60単位を超える。

【参考文献】

  • 独立行政法人 労働政策研究・研修機構(2017)「諸外国における教育訓練制度 ―アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス―」JILPT資料シリーズ No.194 
  • 文部科学省(2017)「世界の学校体系(ウェブサイト版) アメリカ合衆国」
    https://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2017/10/02/1396854_001.pdf
  • 佐々木英一(2018)「ドイツ・アメリカの職業教育・訓練の現状分析とわが国への示唆―セレン(Thelen,K.)の職業教育・訓練研究を中心に」追手門学院大学教職課程年報第26号
  • 宇田川拓雄(2018)「米国のコミュニティカレッジの役割とその教員のアイデンティティ」高等教育ジャーナル─高等教育と生涯学習、第25号
  • 浅川光子(2001)「米国コミュニティカレッジに見る地域教育のあり方―生涯を通じて学べる学校」日本政策投資銀行ロスアンジェルス駐在員事務所
  • Jolanta Juszkiewicz(2020)「Trends in Community College Enrollment and Completion Data, Issue 6」American Association of Community Colleges
  • Education Strategy Group, American Association of Community Colleges and Association of Community College Trustees(2018)「Aligning for Student Success –How Community Colleges Work With K-12 to Improve College and Career Outcome」
  • 米国のいくつかのコミュニティカレッジのサイト

重原 正明


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