ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

Well-being LDの視点『ポジティブな「老い」を迎える資源の確保を』

後藤 博

目次

老年期のQOL を維持・向上させるために

加齢に伴い、慢性疾患に罹患したり身体機能や認知機能が低下することは避けられない。そのため、老年期のQOL(生活の質)をどのように維持・向上させるのかに関心が高まっている。

老年期のQOL を向上させるため、生涯発達心理学の分野でモデル化されたのがSOC理論である。これは、ドイツの発達心理学者ポール・バルデスによって提唱されたもので、「選択最適化補償理論」とも呼ばれる。

このモデルでは、生涯を通して意識や行動が変容し続けるという観点から、「獲得と喪失」と「成長と衰退」は同時進行するものと捉えている。そして、失っていくものが増える老年期において、QOLを維持・向上させるために、目標の調整や変更を行いつつ、身体的資源と認知的資源を効率よく用いて、ウェルビーイング(幸福)な状態に近づけていくというものだ。

これは、人は目標を達成することにより、ポジティブな感情や幸福を感じることができるという考え方を前提にしている。そして、身体的・認知的機能の喪失という現実の中で、目標を達成するために、次の3つの要素に分けて考えるべきとされる。すなわち、①目標の選択(Selection)、②資源の最適化(Optimization)、③補償(Compensation)である(注1)。

①の目標の選択とは、身体的・認知的機能を喪失していく中で、人生の目標や生きる目的を見直し、新しい目標を設定することをいう。また、②の最適化とは、新しい目標を達成するために、加齢による資源の縮小・喪失を前提に、時間や資源の配分を見直すことをいう。③の補償は、他者から援助を受けたり、新たなスキルや機器を活用することで縮小・喪失した資源を補うことである。

これらの3つの方策を活用することで、QOLの低下を防ぐことができると考えられている(注2)。それでは、「老い」に向き合いQOLを維持・向上させるには、どのような行動が望ましいのだろうか。

老いと共生する

老いには必要以上に抗うのではなく、相応に受け入れ、共生していくことが大切だ。

現在、2024年度からの介護報酬の改定に向け、リハビリテーション・口腔・栄養の一体的な対策が検討されている。この改定は、生活者の自立支援・重症化予防を目的としている(資料1)。

たとえば、歯の病気による通院者率は70歳から減少するが、「かみにくい」と自覚し訴えている人の割合は、年齢とともに増加している(資料2)。これは、口腔ケアを必要とする高齢者のQOLが十分に満たされていないことを示唆している。

資料1 自立支援・重症化防止を効果的に行うための取り組みの連携
資料1 自立支援・重症化防止を効果的に行うための取り組みの連携

資料2 歯科疾患に関する有訴者率と通院者率
資料2 歯科疾患に関する有訴者率と通院者率

このような状況の下、厚生労働省は、介護現場の調査・研究の結果を踏まえ、①口腔ケアを必要とする介護サービスの利用者は多いが、適切な介入を受けている利用者は少ない、②リハビリテーション・口腔ケア・栄養管理を一体的に運用することが、自立支援・重症化予防の効果をさらに高めるために重要という課題を提示した。

何らかの障害を抱えても、QOLをできるだけ維持するには、リハビリテーションが重要である。栄養管理はその活動源であり、摂食・コミュニケーションを支える口腔管理は、QOLを維持する基礎的な要素になる。そして、リハビリテーションには評価と目標設定が必要で、それらを医師や療法士等と共有することが効果的である。目標到達度の共有は、患者や利用者にとってモチベーションの向上につながるからだ。

また、共食は社交性を高め、孤独感を軽減する。共食することで、食事が単なる栄養補給だけでなく、社会的な活動になるためである。食事を通じて楽しみや充実感が得られれば、健康を維持する動機づけにもなる。そのようなコミュニケーションのためにも、適切な口腔管理が重要といえるだろう。

以上のように、リハビリテーション・口腔管理・栄養管理には「人とのつながり」が共通するキーワードとなっている。フレイル予防にも、つながりが運動と同等以上に有効であることが知られるようになった。つながりは、健康にも影響する大切な資源である。その資源の貯えが、老いてもポジティブさを支えることを示唆している(注3)。

老いによる喪失が増えたとしても

SOC理論が示唆するように、老いによる変化に応じて、目標を適切な水準に、資源配分を最適になるよう調整し、外部からの支援も得ることで、QOLは維持・向上できる。

これは、「健康」「お金」「つながり」という3つの人生資産を自分なりに形成するライフデザインがウェルビーイングを実現するという、当研究所の主張に通底する(注4)。目標水準を修正しつつ、健康資産の縮小をつながり資産で補完するなど、自分らしいライフデザインを行うことで、ポジティブな感情や幸福感を抱くことができれば、老いてもなお素晴らしい人生になるのではないだろうか。

健康であり続けようとする姿勢は重要だが、高齢になって身体機能が低下しても、SOC理論のモデルを考えれば、人は成長し続けられるはずである。老いと共生するライフデザインを一人ひとりが描き、互いに尊重し共生する社会が実現することを期待したい。

注1:「SOC」とはこの3要素の頭文字を取っている。

注2:権藤恭之、中川威、石岡良子「老いと闘うか?共生するか?」週刊医学のあゆみvol.261 No.6 2017年

注3:後藤博「健やかな老いの視点」第一生命経済研究レポート 2022年

注4:第一生命経済研究所『ウェルビーイングを実現するライフデザイン』東洋経済新聞社 2023年

後藤 博


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

後藤 博

ごとう ひろし

ライフデザイン研究部 主任研究員
専⾨分野: 社会福祉、保健・介護福祉

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