仕事と介護の両立に向けて

~両立支援制度を知り・使いこなし、介護と仕事の両立実現を図る~

櫻井 雅仁

目次

1.仕事と介護の両立支援に向けた新たな動き

「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(以下、育児・介護休業法)」の改正案が、2024年3月12日に閣議決定され国会(第213回国会)に提出された(2025年4月1日施行予定)。本改正案には介護離職防止のための仕事と介護の両立支援制度(以下、両立支援制度)の強化が盛り込まれている(注1)。

また、3月26日、経済産業省は「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン~全ての企業に知ってもらいたい両立支援のアクション~(以下、ガイドライン)」(注2)を公表した。少子高齢化が進行し、生産年齢人口の減少傾向に歯止めがかからない状況下、ビジネスケアラー(仕事をしながら家族等の介護に従事する者)のパフォーマンス低下や介護離職などにより、企業の事業運営に対する悪影響が懸念されることが背景にある。経営者に対して直接的にメッセージを発信し、企業が仕事と介護の両立を可能とする支援制度の構築・実践に真正面から取り組むことを促し、この悪影響を軽減・払拭することが狙いである。

仕事と介護の両立支援については、これまでも官民で様々な取組みが行われてきたが、家族の介護や看護による離職者が年間10万人を超え、減少の兆しが見えないことなどを踏まえると、顕著な成果にはつながっていないようである。

本稿では、育児・介護休業法改正案、ガイドラインを踏まえ、従業員にとっての両立支援制度について検討する。

2.ビジネスケアラーの現状

介護保険制度が「介護の社会化」を掲げて始まったものの、「令和5年版高齢社会白書」によると、要介護者からみた主な介護者の続柄は、同居している家族が54.4%(配偶者23.8%、子20.7%、子の配偶者7.5%等)、別居している家族等が13.6%であり、家族による介護が68.0%を占め、現在でも介護の主な担い手は家族となっている。経済産業省によると、2030年には家族を介護する約833万人のうち、約318万人(約4割)がビジネスケアラーとなると予測されている。45歳以降になるとビジネスケアラーの人数が急激に増加し、55~59歳でピークに達する。この年代には、企業で豊富な知識・経験を発揮して活躍している人も多いため、介護によるパフォーマンスの低下や介護離職による企業のダメージは大きい。

また、昨今の晩婚・晩産化により、今後はより低年齢層で多くのビジネスケアラーが発生する可能性が高い。第一子出生平均年齢が男女共に30歳を超える実態を踏まえると、30代で親が高齢者(65歳)となり、40代で後期高齢者(75歳)となるケースも増えてくると考えられる。厚生労働省によると75歳以上の要介護認定率は30%を超え、ビジネスケアラーの発生可能性が高まる。

公益財団法人 生命保険文化センター「生命保険に関する全国実態調査」(注3)によると、介護を行う期間は2021年度時点で平均5年1カ月、「4年~10年未満」が31.5%と最も多く、「10年以上」も17.6%あり、長期間の介護を覚悟しなければならない。40代でビジネスケアラーとなり、勤め先で中核人材として活躍する期間、長期にわたり介護に携わる可能性がある。介護を行いながら望ましいパフォーマンスを発揮し得る環境の実現が一層必要となる。

3.両立支援に向けた官民の取組み

(1)これまでの主な取組み

仕事と介護の両立支援(以下、両立支援)については、2016年に閣議決定された「ニッポン一億総活躍プラン」の目標の1つとして「介護離職ゼロ」が掲げられ、国が介護人材確保等の施策を進めている。

厚生労働省では、ホームページ上の複数のサイトに両立支援に関する非常に充実した情報を掲載している(注4)。こうしたサイトでは、企業・従業員それぞれの立場で必要な情報・ノウハウを、ガイドブック、動画、パンフレット、Q&Aなどにより丁寧かつ具体的に説明している。たとえば「仕事と介護の両立支援~両立に向けての具体的ツール~」サイトには、介護や両立支援制度に関する「従業員の実態把握のための調査票」、「両立支援策を周知するためのチェックシート」、「社内研修テキスト」、「親が元気なうちに行うべきチェックリスト」「介護支援プラン作成に向けた面談シート」など、企業や従業員がそのまま、あるいはアレンジして活用可能なツールが数多く揃っている。また、両立支援の専門家による介護支援プラン導入の無料サポートも案内している。

民間においても2018年には日本経済団体連合会(以下、経団連)が会員企業に対するアンケート調査結果等にもとづき両立支援の基本理念「トモケア」(「介護のあり方を『共に』考え、仕事との両立に『共に』取り組む」)(注5)の推進に向けた具体策をわかりやすい事例を挙げながら提示している。

(2)育児・介護休業法改正の位置づけ

厚生労働省や経団連などの取組みにもかかわらず、総務省「就業構造基本調査」(2022年)によると、現行の育児・介護休業法で定められている両立支援制度「介護休業」、「介護休暇」、「短時間勤務・残業免除・時差出勤・フレックスタイム等」などの利用率は、全体で11.6%に止まる(注6)。前述の通り介護離職者は10万人を超える水準にあり、離職には至らないまでも仕事と介護の両立に大きな負担を感じている従業員は多いと考えられる。

こうしたなか、両立支援制度の強化を目的とした今回の育児・介護休業法の改正はどのような意味を持つのか。主な改正内容は、以下の4点である。

  • 労働者が家族の介護に直面した旨を申し出た時に、両立支援制度等について個別の周知・意向確認を行うことを事業主に義務付ける。

  • 労働者等への両立支援制度や介護保険制度等に関する早期(例えば介護保険の第2号被保険者となる40歳のタイミングなど)の情報提供や、雇用環境の整備(労働者への研修、相談体制の整備等)を事業主に義務付ける。

  • 介護休暇について、勤続6月未満の労働者を労使協定に基づき除外する仕組みを廃止する。

  • 家族を介護する労働者に関し事業主が講ずる措置(努力義務)の内容に、テレワークを追加する。

厚生労働省によると、介護離職者が離職の理由として職場の問題を挙げるケースが最も多い。その場合に求められる取組みとして最も多く挙げられているのは、「仕事と介護の両立支援制度に関する個別の周知」であり、「仕事と介護の両立に関する相談窓口の設置」、「仕事と介護の両立支援制度に関する研修」が続く(注7)。今回の法改正は、こうした従業員の声に応えたものといえる。特に、2021年の法改正で育児に関して導入された「両立支援制度に関する個別通知」が介護にも導入されたことで、両立支援制度の周知が進むと考えられる。さらに、法定の制度を補強する企業の取組みとして、従業員が介護に直面している、あるいは直面する可能性があることを躊躇なく申し出ることができる環境づくりに取り組むことが期待される。たとえば、定期的な人事面談やアンケートなどが有効と思われる。

一方で、介護休業期間の延長や分割回数の増加は、労働政策審議会 雇用環境・均等分科会での議論を経て見送られた。介護休業の「介護の体制を構築するために一定期間休業する場合に対応するもの」という趣旨に照らして期間延長の必要性が認められなかったものだが、依然として家族が長期にわたる介護の主な担い手となっている実態に鑑み、休業期間の延長の再検討が望まれる。

(3)経済産業省ガイドラインの位置づけ

次に、経済産業省のガイドラインはどのような意味をもつのか。経済産業省は、ガイドライン作成の前提となる介護に携わる従業員の実情として「自身の介護状況開示への消極性」、「介護の状況は多様」、「肉体的負担に加えた精神的負担の増加」の3点を示している(図表1)。

ガイドラインでは、従業員の実情への認識を踏まえ、図表2の通り、全企業が取り組むべき両立支援のアクションとして、「経営層のコミットメント」、「実態の把握」、「情報発信」の3つのステップを提示している。さらに、企業がぞれぞれの実情・リソースに応じて独自に取り組むことが望まれる事項として、「人事労務制度の充実」、「個別相談の充実」、「コミュニティ形成」、「効果検証」の4点を挙げている。特に、「人事労務制度の充実」として、介護休業期間中の社会保険料相当額の補助(育児休業では法的に社会保険料は免除される)や介護に必要な費用の補助、「個別相談の充実」として、人事労務組織への常勤あるいは非常勤の介護専門員配置による、より実践的な相談体制の整備などは有効と考える。  

ここで提示されている事項の大項目は、前述の経団連「トモケア」推進に向けた具体策とほぼ同様である(注8)。今回の経済産業省によるガイドラインの公表は、両立支援策を企業の中長期的な企業価値向上策(人的資本経営の実現)、持続的な事業・組織運営におけるリスクマネジメントとして位置付け、両立支援策の確実な遂行が中小企業を含めた「全ての企業」にとって利益になると訴えることで、両立支援に向けた企業の真剣な取組みを意図したものと考えられる。経営者からのメッセージにより従業員が安心して両立支援制度を利用できる環境を整え、担当役員や担当者(担当組織)を設置して経営層のコミットを明確にすることで、その実効性を確保することが期待される。実効性を上げるために、DE&I(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)施策の指標とすることも考えられるだろう。

4.仕事と介護の両立支援制度の活性化に向けて

今回の育児・介護休業法の改正と経済産業省のガイドラインは、なかなか活性化されない両立支援制度へのテコ入れと考えられる。介護休業期間、経済的支援など、より介護者の立場に立った改善の余地はあるものの、今後、すべての企業が確実に対応することにより、仕事と介護の両立を実現する仕組みはある程度構築されるだろう。その先は、いかにその活用度を上げて両立を促すことができるかがテーマとなる。その際に重要なのは、多くの人が介護を一部の人に起こる特殊なこと、他人事と捉えるのではなく、誰にでも起こり得る普通のこと、自分事と心の底から理解することではないか。職場においては、介護で両立支援制度を活用することを普通のことと捉える「空気」「雰囲気」が重要ではないかと考える。

育児・介護休業法が施行された1992年の女性の就業率は、30歳~34歳が51.1%、35歳~39歳が61.2%であったが、2023年にはそれぞれ79.4%、78.0%まで上昇している(注9)。厚生労働省によると、女性の育児休業取得率は1996年には49.1%であったものが2007年には89.7%となり、以降は80%台で推移している。休業期間も長期化している。理由として、少子化対策として行われた同法の改正やさまざまな子育て支援策と女性の価値観やライフスタイルの変化などが考えられるが、国を挙げての大きな課題である少子化への対策を積極的に進めよう、という「空気」「雰囲気」も重要な役割を担ったものと考える。今回の育児・介護休業法改正についても、育児に関する改正事項の内容が、趣旨・想定される効果などと共に繰り返し報道された。昨今は、男性の育児休暇の取得状況の改善に向けた施策が打たれ、効果も出始め、報道でも取り上げられている。さらに、ニュース番組で岡山市が政令指定都市ではじめて、孫の出生の際に妊産婦サポート、育児サポートなどを目的とした本格的な「孫休暇」を4月から取り入れることが報道され(注10)、新聞紙上でも各自治体の「孫育て休暇」制度が取り上げられた。このように育児については、国からの発信、マスコミの注目など様々な要因が重なり、育児をしながら仕事をすることは、従業員のためにも会社のためにも、さらには社会のためにも素晴らしいことであるとの「空気」「雰囲気」が醸成されている。従業員は仕事から離れることに対し、職場の同僚に対する後ろめたさや自責の念を感じることなく、前向きに堂々と休み、遅出・早帰りをし、育児に注力できるようになってきた。

一方で、介護についてはまだこうした環境にはないように思える。高齢化が進行するなか、介護についても育児と同様に、仕事との両立が社会の持続可能性向上、企業の成長、従業員のwell-being向上のために必要不可欠な素晴らしいことであるという「空気」「雰囲気」の醸成が望まれる。

子どもを授かると「おめでとう」と言われ、介護に直面すると「大変ですね」と言われる。しかし、親の人生の締め括りと真摯に向き合うことは、親と自分の人生を振り返り、以降の自分の人生を描く機会としてプラスの面もあるはずである。社会や企業における「空気」「雰囲気」醸成に加え、従業員自身が介護に取り組むことを前向きにとらえ、自身の状況について積極的に声をあげ、両立支援制度を使いこなすことが必要ではないかと考える。


【注釈】

  1. 厚生労働省「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律及び次世代育成支援対策推進法の一部を改正する法律案(令和6年3月12日提出)概要

  2. 経済産業省「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン

  3. 公益財団法人 生命保険文化センター「2021(令和3)年度 生命保険に関する全国実態調査

  4. 厚生労働省ホームページ「仕事と介護の両立支援 ~両立に向けての具体的ツール~
    厚生労働省ホームページ「介護休業制度特設サイト
    厚生労働省ホームページ「仕事と家庭の両立の取組を支援する情報サイト 両立支援のひろば

  5. 一般社団法人 日本経済団体連合会「仕事と介護の両立支援の一層の充実に向けて~企業における「トモケア」のススメ」。「介護離職をめぐる現状と背景」、「仕事と介護の両立支援の進め方」、「20社の取組み事例」を掲載している。

  6. 総務省「就業構造基本調査」(2022年)による、介護休業等制度の利用率11.6%の内訳は、介護休業1.6%、介護休暇4.5%、短時間勤務2.3%、残業免除0.8%、フレックス・時差出勤2.3%。

  7. 厚生労働省委託調査「令和3年度 仕事と介護の両立等に関する実態把握のための調査研究事業 報告書

  8. 一般社団法人 日本経済団体連合会は「トモケア」推進に向けて「1.経営トップからのメッセージ発信」、「2.介護をめぐる社員の実態とニーズの把握」、「3.介護体制の構築に欠かせない情報提供と相談対応」、「4.両立しやすい制度づくりと職場づくり」を柱として、事例と共に具体策を提示している。

  9. 総務省「労働力調査」より筆者算出。

10.NHK「おはよう日本」(2024年3月18日)。

櫻井 雅仁


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櫻井 雅仁

さくらい まさひと

ライフデザイン研究部 研究理事
専⾨分野: 介護等、高齢者問題

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