ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

最終ステージ迄のプロセスを大切にする人生会議

~価値観や状況に応じた患者の意思の尊重〜

後藤 博

目次

1.厚生労働省が普及・啓発を進める「人生会議」

高齢化の進展に伴い死亡数は増加傾向にあり、2022年には156万人を超えた(注1)。それは同時に、終末期を迎える人が増えているということでもある。そのような中、厚生労働省は、「人生会議」の普及・啓発に取り組んでいる(図表1)。これは、もしものときのために、患者が望む医療やケアについて、前もって考え、家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有するものとされている。

図表1
図表1

この「人生会議」は、もともと欧米で発展してきた「アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning) といわれるものであり、より馴染みやすいようにつけられた愛称である。

2.「人生会議」とは何か? 命の危険が迫った状態になったすべての人の意思尊重

人生会議の大きなポイントは、リーフレットの冒頭にある「人生の終わりまで、あなたは、どのように、過ごしたいですか?」という問いに対する答えを、医療関係者や家族と共有することである。家族にも「あなたの大切な人は、人生の終わりまでどのように過ごしたいのか?それを共有できていますか?」と問いかけている。

その本質は、一人ひとり異なる価値観を理解し、尊重しあい、「年齢と病期にかかわらず、患者と価値、人生の目標、将来の医療に関する望みを理解し共有し合うプロセス」ということである(注2)(注3)。つまり、人生の最終段階に向けてどのように生きたいか、「生きるうえで、大切にしている価値は何か」を家族や医療関係者と共有する場である。この場で患者の意思と関係者の協力を相互に確認する。そして、重篤な疾患や慢性疾患において、患者の価値観や選好を実際に受ける医療に反映させつつ、患者自身で意思決定できなくなったときに備え、代わって意思を伝えてくれる人を選定しておくことも含まれる。

人生会議の普及・啓発が図られている背景には、本人の意思を確認する体制を整えておく必要性が高まっていることがある。命の危険が迫った状態になると、約7割の人が医療やケアなどを自分で決めたり、希望を人に伝えたりすることができなくなるという。この10年で単身世帯数が26%、夫婦のみ世帯数が15%増加するなど、身近に頼れる親族が少ない人も増えている。(図表2)。また、認知症等により判断能力が不十分な人も増加しており、高齢者の認知症患者は2025年に約5人に1人におよぶといわれている。本人の意思が不明であれば、医療提供者側では治療決定が難航したり、本人の意思が反映されない医療、たとえば希望しない医療処置や延命措置を患者が拒否できないという問題が生じる。

こうした中、医療関係者が本人から医療ケアの同意を得るのは、容易ではなくなっているという。そのため、人生会議などを通じて本人の意思・意向を理解し、本人の意思を代理表明できる人を確認しておくことなど、終末期の医療ケアに対する意思決定プロセスとして、人生会議の重要性が高まっている。

図表2
図表2

3.「人生会議」が認知されていない理由

ただ、現時点で人生会議が広く認知されているとは言い難い。厚生労働省「令和4年度人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査の結果について(報告)」によると、「人生会議」について「よく知っている」と答えた医師、看護師、介護支援専門員はいずれも半数以下となっている(図表3)。さらに一般国民となると、「よく知っている」と回答した人は5.9%、「聞いたことはあるがよく知らない」と回答した人は21.5%に止まり、7割以上が「知らない」としている。

図表3
図表3

さらに、「自身の人生の最終段階における医療・ケア」について、「ご家族等や医療・介護従事者と詳しく話し合っていると思うか」との問いに対して、「話し合ったことはない」とした一般国民は7割弱で、その理由は「きっかけがなかったから」とした人が最多の62.8%と、話し合いのきっかけが乏しいことが明らかとなっている(図表省略)。

人生会議は、現実的には「縁起でもない」などと敬遠されがちで、「もしもの時」から想起されるネガティブのイメージがあるのも事実であろう。そのうえで、人生会議を普及させるには、医療・ケア従事者が、病期にかかわらず患者・利用者の意向を確認し、記録していくというような仕組みが必要ではないだろうか。

4.形式にこだわらず、本人意向の理解を主眼に

人生会議は本来、終末期の医療・ケアに何を望むかの確認が中心になるものだ。厚生労働省のガイドラインにおいても「医師等の医療従事者から適切な情報提供がなされ、それに基づいて医療・ケアを受ける本人が多専門職種の医療・介護従事者から構成される医療・ケアチームと十分な話し合いを行い、本人による意思決定を基本としたうえで、人生の最終段階における医療・ケアを進めることが最も重要な原則である」と明記されている(注4)。

その本質は、意思表明ができなくなった場合でも、家族等による代理表明を用いて意思が尊重されるよう、普段から何を大切にして生きているのかを伝えておくことにある。盆・正月など家族・親族が集まりやすい時期もあるが、時期・形式にこだわらず、「話しておきたい、大切にしている」ことを、家族等に伝えておくことが重要である。その積み重ねがあれば、最終段階で医療・ケア提供者に円滑に連携することができるだろう。

5.環境変化に適応した柔軟な人生会議に

人生会議を行えばその後のQOLが必ずしも向上するわけではないが、患者本人の価値観を家族等や医療・ケア従事者が理解し、それを通じた適切な医療・ケアの選択によってQOLの向上を図ることに、その意義はあるのではないか。

患者の「自分らしさ」を理解しようとする人生会議の意味は、個人化・価値の多様化が進む現代において、個性の尊重と同時に、人と人との協力関係の再構築という点でも重要な意味をもつ。知っているつもりでも意外に知らないことや、「きっと自分と同じように考えているだろう」という思い込みの気づきにもつながりそうだ。

先述のガイドラインでは、「家族等とは、今後単身世帯が増えることを想定し、 本人が信頼を寄せ、人生の最終段階の本人を支える存在であるという趣旨ですから、法的な意味での親族関係のみを意味せず、より広い範囲の人(親しい友人等)を含みますし複数人存在することも考えられます」とされている(注5)。これまで世帯・血縁に委ねられがちであった支援から、親しい友人なども含めた支援の形にシフトする兆しもみられる。

何より本人の意思を尊重し、かつそれが時間の経過や状況の変化によって変わることを前提とした、血縁だけに頼らない新たなつながりによる人生会議の普及が望まれる。


【注釈】

  1. 厚生労働省「令和4年(2022)人口動態統計月報年計(概数)の概況」(2023年6月)
  2. Advance Care Planningの概念については、国際的な会合によって概ね合意が形成されている。Rebecca L. Sudore et al. 「Defining Advance Care Planning for Adults: A Consensus Definition from a Multidisciplinary Delphi Panel」Journal of Pain and Symptom Management 2017
  3. 病期とは、疾病についての症状の経過に応じた期間をいう。急性期、回復期など
  4. 厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの 決定プロセスに関するガイドライン」2018年3月
  5. 厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの 決定プロセスに関するガイドライン解説編」2018年3月

【参考文献】

  • 厚生労働省「令和4年度人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査の結果(報告)」2023年6月

後藤 博


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後藤 博

ごとう ひろし

ライフデザイン研究部 シニア研究員
専⾨分野: 保健・介護福祉、障害者アドボカシー

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