ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

「イミ消費」で考える食とウェルビーイング

~孤食化と二極化に、つながり・健康をどう関連づけるか~

宮木 由貴子

目次

1.単身世帯の増加と食生活への影響

国立社会保障・人口問題研究所の最新の推計によると、1世帯あたりの人数は2033年に1.99人となり、2人を割り込む(2020年は2.21人)。全ての世帯に占める「1人暮らし」の割合は2050年には44.3%となり、そのうち65歳以上の高齢者が46.5%を占めるという(2020年で34.9%)。特にこの頃になると、未婚率の高い世代が高齢期に入り、特に男性において身寄りのない高齢者が増加するとされる。

当社発行のライフデザイン白書「ウェルビーイングを実現するライフデザイン」(2023)によると、一人暮らしにおける「つながり」の少なさが際立っている。特に、一人暮らしの女性では年代が上がるにつれて友人や地域との関係を肯定的に捉えるのに対し、男性でそのような傾向はなく、50代で最も関係性が希薄であることも確認されている。

こうしたなか、単独で食事をとる「孤食」が増加し、食を通じた健康維持・管理が弱体化する点が危惧される。一人での食事は食事のタイミングなどの規則性が崩れやすく、好きなものだけ食べられる点で栄養面での偏りも生じやすい。また、一人分の調理は材料費や光熱費の点で割高になることに加え、モチベーションとしても低くなりがちなため、ハードルが上がる。実際、家族がいる間は料理をしていた女性が、子どもの独立や離死別などで一人暮らしになると、食生活が乱れて栄養失調気味になるというケースも散見される。

2.食の二極化と健康課題

食の課題は孤食化によるものだけではない。今日、健全な食習慣を持つ消費者とそうでない消費者に分かれていく「食の二極化」が指摘されている。食品や栄養について正しい知識があり、適切な食習慣をもつ「食にこだわる」タイプと、食や栄養に無関心で、毎日決まった時間に食事を摂る習慣もなく、空腹が満たされているだけでよしとする「食に無関心」なタイプに分かれてきている。一人暮らしの増加に加え、ライフスタイルや価値観の多様化が進むことは、健康維持に効果的な食習慣の維持・定着の面で難しい局面を迎えるといえる。

食生活の乱れは、若年女性の痩せや壮齢期の生活習慣病、老齢期のフレイルの増加をもたらし、結果的に社会全体の労働生産性の低下や医療費の増大につながる。食習慣は、家庭における幼少期の食体験・食環境も大きく影響し、さらに次世代にも受け継がれていくと考えると、こうした二極化はさらに拡大する可能性が高い。こうした課題に対し、内閣府SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)第3期(令和5-9年)でも「豊かな食が提供される持続可能フードチェーンの構築」を組成して食の二極化の対策に取り組み、「食によるウェルビーイングが実感できる社会の実現を目指す」とするなど、国としての問題意識も高い。

3.つながりと健康

既出のライフデザイン白書では、ウェルビーイングな生活に重要となる人生資産として「健康・お金・つながり」の3つをあげている。そして、たとえば健康やつながりがファイナンシャル・ウェルビーイング(お金)に影響していたり、健康とお金がつながりの創出・維持につながるなど、それらが相互に作用しあって高まることを指摘しており、つながりが健康にもたらす作用が大きい点も確認している。

特に食を通じた健康という観点でみれば、単に栄養摂取の目的で食べるだけでなく、つながりと連動することで楽しさが創出され、健康の維持・向上につながると期待されるなど、ウェルビーイングと深く関連しているといえる。

では、一人暮らしが増加し、ライフスタイルや価値観の多様化するなかで、食行動にどうつながりとウェルビーイングを関連付けるのか。これについては単に「誰かと一緒に食べる」という視点だけでなく、「つながり」をより広義に捉え、人と社会双方の持続・成長という相乗効果を期待したい。

これについて、以下では「イミ消費」の観点から、いかにして食にかかわる行動と健康増進、つながり体感、ウェルビーイングをもたらす仕組みを構築できるかを考える。

4.「イミ消費」とは

消費スタイルの変遷については、物理的な「モノ消費」から、体験や活動に関する消費を重視する「コト消費」に、さらにそれが「トキ消費」や「イミ消費」にシフトしてきたと語られることが多い。筆者はイミ消費を「単にその商品・サービスがもたらす直接的・即時的な価値だけでなく、それらに付帯する意味や自分・社会にとっての意義までも含めた、広い意味での価値に思いを馳せる消費」と位置付ける。

近年、若い世代は、目の前の商品・サービス(以下、「モノ」)が自分にとってどのような意味や価値を持つのかを入念に考えて買う傾向がある。そのため、昭和の時代のように「大人ならとりあえず当たり前」という形で消費されていたモノ(たとえばブランド品や家電の購入、行きたくない飲み会への参加など)への支出には積極的でないとされる。これは単なる金銭的事情や節約志向によるものではない。実際、自分にとって意味があると判断すれば、他人から無駄・無意味と思われるようなモノにも積極的に支出する点で、自分視点での意味追求であるといえる。若者の「○○離れ」と言われる消費行動は、イミ消費へのシフトが背景にあるといってよいだろう。

5.食の購入時の「イミ」とつながり体感

イミ消費は表面的な価値だけでなく、より広い意味と複合的な価値を考える消費であり、商品・サービスの背景に思いを寄せるという観点から「つながり」という付加価値を体感できることがある。特に、手にするものの意味と背景に思いを馳せ、それがどのような意味をもつのかを考える消費は、社会の持続性と関連付けられることで大きな動力ともなる。

たとえば、東日本大震災の際に、被災地や被害を受けた事業者を支えるものとして「支援消費・応援消費」が全国的に展開され、定着した。また、規格外のサイズや形であるとして、従来は廃棄されていた野菜を購入することも、インターネットなどを通じて簡単にできる。これらは、たとえば「野菜を買う」という日常の消費行動(直接的・即時的な価値)に、「被災者を支える」「食品ロスを防ぐ」という価値(直接的な商品価値に付帯する、自分・社会にとっての意味・意義)を付加したものといえる。こうした消費行動を通じて、消費者は生産者や供給者とのつながりや、自分が消費のバリューチェーンの一部であることを体感し、自分の消費行動に「野菜を得る」こと以上の充実感を得ることができる。

消費者庁はエシカル消費(倫理的消費)を「地域の活性化や雇用などを含む、人・社会・地域・環境に配慮した消費行動」とし、「一人一人が社会的な課題に気付き、日々の買物を通して、その課題の解決のために自分は何ができるのかを考えてみることが、エシカル消費の第一歩」としている。たとえば、既出の「応援消費・支援消費」のような消費がこれに該当するだろう。

こうした意識に基づく消費行動は、自分が手にするモノが、どこを介し、何を意図して、どのように自分につながったのかを考えるイミ消費の一種といえる。特に食品については、産地や事業者に対する意識を高めることで、自分の消費がどのようなエコシステムで何とつながっており、間接的に社会にどのようなインパクトを与えているかを想像することにつながる。

こうした「なぜ自分がこの商品・サービスを買うのか、それによって誰(どこ)にどのような価値が生じるのか」を考えるイミ消費では、想像力を通じた「嬉しさ」「感謝」「貢献」などのつながり体感を得られるといえよう。

6.「食べる」場とつながり体感

特に単身世帯において、「誰かと一緒に食べる」という物理的な機会を常時創出するのは容易ではない。職場の人と昼食などを共にすることはあっても、仕事上の人とばかり毎日食事を共にすることに抵抗がある人もいるだろう。馴染みの店に行けばいつも誰か喋る相手がいる「バル文化」のようなものをもつ人であれば、誰かと飲食を共にする相手に困らないだろうが、なかなかそうした場所をもつのも容易ではない。

ここで先駆的な取り組みとして紹介するのは、奈良県生駒市の「チロル堂」である。これについては、既発行のレポート(福澤涼子「駄菓子屋から始まる、地域の子ども支援~「大人が楽しめば、子どもも嬉しい」を生み出す魔法~」)に詳しいので詳述は避けるが、これは子ども食堂を支える地域の大人たちが、自分たちの居場所や交流の場としてもそこを活用しているケースである。今年の春休みも、多くの子どもたちが利用したとのことである。

この事例も、「エシカル消費」と同様に社会に貢献しつつ、そこから自分たちの楽しみやつながり体感の機会を効用として得られるのが特徴である。食とつながりに自分と社会にとっての意味を見出すとともに、「楽しさ」で連動する仕組みとして、現在注目を集めている。こうした複合的なメリットの体感が、取り組みへのハードルを下げると共に活動の持続性を高めることにつながるといえよう。

7.食を通じたつながり・楽しさを健康と循環型消費につなげる

これまで消費者は「エンドユーザー」という言葉で、最終的に商品を手に取ったりサービスを受ける立ち位置とされてきた。消費者というゴールに到達したモノ、特に食品は、消費された後、生産や流通とは独立した流れで「ゴミ」として処理されるイメージだったといえる。消費者はあくまで「受け取る人」「使う人」「捨てる人」であり、そこから何かをつなぐ媒介とは捉えられていなかった。

今日、こうした感覚に変化が生じており、消費者はこうしたモノの流れのゴールという位置づけではなくなってきた。たとえばそれは、「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」という考え方にも表れている。サーキュラーエコノミーとは、消費者をゴールとする生産から消費までの一方通行の消費経済ではなく、消費者自身も次にバトンをつなぐような循環型の消費サイクルである。

この循環をベースに考えると、消費者の選択や行動が消費の流れのスタートになることもあり、社会を変えていく原動力になりうる。このように、消費者一人ひとりが消費社会のプレイヤーとして「次につなぐ媒体」であり、その行動が社会にとって意味をもつと意識することが、社会と個人のつながり・健康にとってのWIN‐WINな関係を生み出すものと期待される。

こうした消費スタイルの消費者への浸透は、「環境配慮への観点からしなければならない」という形での消費者教育だけでなく、つながりを通じて生じる満足感や嬉しさ・楽しさをうまく意識づけることで、自分たち自身にメリットがある点を強調していくこともポイントだろう。

8.「いただきます」のイミを考える想像力でつながりを体感

「孤立」、すなわち社会とのつながりが少ないことは健康リスクと密接にかかわっており、そのリスクは喫煙や肥満より高いとすらいわれる。それが栄養不足と合わさったときの健康へのダメージが、看過できないほど大きいであろうことは容易に想像がつく。

社会構造の変化に合わせ、少量パックや小分けでの販売など、一人暮らしのライフスタイルに適した商品・サービスが今後さらに増加していくと予想されるが、事業者に対してはそこに「つながりと楽しさを創出する」仕組みの工夫を期待したい。

一方で、生活者個人においては、いかにして食におけるつながりを体感し、健康的な食事ができるかどうかを、「想像力」と「楽しさ」で工夫し、選択し、行動する意識を喚起していくことが重要であるといえる。一人で食事をするときでも、生産者や食材に思いを馳せ、想像力をもって「いただきます」と言えるライフスタイルを心がけることが、社会と個人の食の環境改善と、人々の健康・つながり醸成への第一歩となるのではないだろうか。


【参考文献・資料】

・第一生命経済研究所『ウェルビーイングを実現するライフデザイン-データ+事例が導く最強の幸せ戦略-ライフデザイン白書2024』東洋経済新報社、2023年11月

・第一生命経済研究所『「幸せ」視点のライフデザイン-2万人アンケートが描く生き方・暮らし方の羅針盤-ライフデザイン白書2022』東洋経済新報社、2021年10月

・第一生命経済研究所『人生100年時代の「幸せ戦略」-全国2万人調査からみえる多様なライフデザイン-ライフデザイン白書2020』東洋経済新報社、2019年11月

・内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)概要「sipgaiyou.pdf (cao.go.jp) 」2023年4月

・福澤涼子「駄菓子屋から始まる、地域の子ども支援~「大人が楽しめば、子どもも嬉しい」を生み出す魔法~」第一生命経済研究所 2023年7月

宮木 由貴子


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

宮木 由貴子

みやき ゆきこ

常務取締役・ライフデザイン研究部長・首席研究員
専⾨分野: ウェルビーイング、消費スタイル、消費者意識、コミュニケーション、モビリティ

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