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内外経済ウォッチ『欧州~忍び寄るスタグフレーションの影~』(2022年7月号)

田中 理

目次

欧州景気に広がる変調の兆し

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が開始された直後、ロシアにエネルギー資源の多くを依存し、諸外国と比べて貿易や金融面での結びつきが強い欧州諸国への経済的な打撃が不安視された。だが、その後の欧州経済は、新型コロナウイルスに関連した行動制限の段階的な解除、雇用環境の改善持続、欧州復興基金を通じた気候変動対策やデジタル化関連の財政出動などに支えられ、緩やかな拡大基調を続けてきた。1~3月期のユーロ圏の実質国内総生産(GDP)は前期から減速したものの、前期比年率+0.8%と4四半期連続のプラス成長を記録した。

これまで予想以上の底堅さを保ってきた欧州景気に足許で変調の兆しが広がっている。ユーロ圏の製造業の購買担当者指数(PMI)の新規受注判断は、5月に2020年春のコロナ第一波以来となる拡大・縮小の分岐点である50を割り込んだ。資源価格の高騰や中国の「ゼロ・コロナ」政策を背景に、先行きの業況判断が急速に冷え込んでいる。家計心理の悪化も著しい。エネルギーや食料品など生活必需品の価格高騰が打撃となり、ユーロ圏の消費者信頼感指数は3月以降、コロナ第一波以来の水準に悪化している。今後はコロナ危機対応での政策サポートが薄れることも加わり、欧州景気に急ブレーキが掛かる公算が大きい。

ユーロ圏製造業PMIの受注判断の推移
ユーロ圏製造業PMIの受注判断の推移

利上げで資源高は止められない

ユーロ圏景気への逆風が強まるなか、物価の持続的且つ大幅な上振れが続いており、欧州中央銀行(ECB)は難しい政策対応を迫られる。5月のユーロ圏の消費者物価は前年比+8.1%と統計開始以来の過去最高を更新した。物価上昇はエネルギーや食料品だけでなく、幅広い費目に広がっている。欧州諸国はロシア産の石炭や石油の禁輸方針を打ち出しており、当面はエネルギー価格の高止まりが予想される。企業の価格転嫁の動きや賃上げの動きが広がっており、中期的な期待インフレ率も2%の物価安定を上回って推移している。

インフレ加速を警戒し、ECBは7月に新規の資産買い入れを終了し、利上げを開始することを示唆している。現在▲0.5%にある下限の政策金利を秋までにゼロ%に引き上げ、マイナス金利からの早期脱却を視野に入れている。こうした金融引き締めは、財・労働需給の逼迫緩和、ユーロ高誘導による輸入物価の押し下げ圧力軽減、期待インフレ率の抑制などを通じて、物価上昇に歯止めを掛けることが期待される。だが、物価上昇の起点となっている資源価格の高騰に対しては、金融引き締めによる対応には限界がある。このままインフレ加速が続き、金融引き締めの更なる強化が必要な場合、景気をオーバーキルする恐れも出てくる。欧州はスタグフレーションの瀬戸際にある。

ユーロ圏の消費者物価の推移
ユーロ圏の消費者物価の推移

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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