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EUはウクライナの加盟交渉開始で合意

~加盟実現には遠い道のり~

田中 理

要旨
  • EUはロシアの軍事進攻が続くウクライナの加盟交渉を開始することで合意した。反対するハンガリーへの懐柔策を提供、全会一致の原則を曲げる裏技も駆使し、今回の首脳会議での合意にっ漕ぎ着けた。他方で、ウクライナへの財政支援を巡っては、ハンガリーが拒否権を発動し、年明けに改めて協議する。EUは加盟交渉開始でウクライナへの結束を示したが、汚職問題などを抱える同国の加盟実現に向けたハードルは高い。経済の発展段階が大きく異なるウクライナがEUに加盟すれば、域内移民の増加や補助金の分担方式を巡る軋轢が予想される。膨れ上がる財政支援に対するEU市民の不満が高まり、ポピュリストへの支持拡大につながる恐れもある。

EU首脳は14・15日にブリュッセルで行われた欧州首脳会議で、ウクライナのEU加盟に向けた交渉を開始することで合意した。ウクライナはロシアによる侵攻が開始された直後の2022年2月にEU加盟を正式に申請し、同年6月の欧州首脳会議で加盟候補国として承認されていた。加盟交渉の開始には現加盟国の全会一致の賛成が必要で、ウクライナが汚職対策など交渉開始の条件を満たしていないとするハンガリーの反対で、合意の実現が危ぶまれていた。

首脳会議を前に、欧州理事会のミシェル常任議長(いわゆるEU大統領)やフランスのマクロン大統領がハンガリーのオルバン首相の説得を試みたが失敗。欧州委員会は首脳会議の前日、ハンガリーが司法制度改革に取り組んだことを理由に、凍結していた同国向けの欧州復興基金の資金拠出の一部を解除することを決定した。関係者は否定するが、これは加盟交渉開始の合意を取り付けるための事実上の懐柔策であったとの見方もある。それでもハンガリーは交渉開始に賛成することを固辞。14日の首脳会議ではオルバン首相が一時的に議場から退出し、その間に残りの26ヵ国首脳で採決を行う苦肉の策で合意を取り付けた。EU首脳が全会一致の原則を曲げても合意を急いだ背景には、来年6月に欧州首脳会議、年後半はハンガリーが輪番制のEU議長国を務め、11月にはトランプ前大統領の返り咲きの可能性がある米国大統領選挙を控えている。今回の合意機会を逃せば来年中の合意実現が難しくなるとの懸念があった模様。欧州首脳は同時に、ウクライナの隣国モルドバの加盟交渉開始と黒海東岸のジョージアを加盟候補国とすることも合意した。

ウクライナのゼレンスキー大統領は合意を歓迎、欧州首脳に謝意を表すとともに、「これはウクライナにとっての勝利で、欧州全体にとっての勝利である」と投稿した。だが、15日未明まで続いた2021~27年のEUの多年度予算の増額を話し合う首脳間協議では、ハンガリーの拒否権発動で、向こう4年間で500億ユーロのウクライナへの財政支援の合意が見送られた。ハンガリーは非EU加盟国のウクライナに対して、EU予算からこれほど巨額の資金支援をする理由がないと主張した。米国でもバイデン大統領が進める600億ドルのウクライナへの財政支援が、共和党の反対で暗礁に乗り上げている。欧州首脳は来年1月に改めて集まり、ウクライナへの財政支援を協議する。今回の復興基金の凍結解除で味を占めたハンガリーが、追加の資金凍結解除や自国の影響力が及ぶボスニア・ヘルツェゴヴィナの加盟交渉開始など、ウクライナ支援と引き換えに新たな要求を突き付けてくる可能性もある。ハンガリーが今後も反対姿勢を貫く場合、ハンガリーを除くEU加盟国がウクライナと財政支援で二国間合意を結ぶことや、特定多数決(賛成国の人口がEU全体の65%以上、国数がEU全体の55%を超える場合に多数決が成立する)方式で決定可能な枠組みでウクライナへの財政支援を決定することもできる。

EUは今回、加盟プロセスを加速することでウクライナへの連帯を示したが、ウクライナのEU加盟には汚職対策など広範な改革実行が要求され、加盟実現に向けたハードルは高い。ロシアとの戦争終結への道筋が見通せないだけでなく、ウクライナの加盟準備が整うまでには、かなりの長い年月を要するとみられる。財政支援が膨れ上がれば、支援疲れによるEU市民の不満が高まり、ポピュリストの躍進などにつながる恐れがある点にも注意が必要となる。将来的に人口4000万人を超える農業大国であるウクライナの加盟が実現すれば、EUの意思決定や補助金の分配方式の見直しなどが必要になる。EUは多くの政策分野で特定多数決による意思決定を採用するが、加盟国拡大や条約改正などでは全会一致方式を採用する。加盟国拡大で意思決定の複雑さが増す。EUは加盟国間の格差是正や農村開発に補助金を分配している。ウクライナの1人当たりGDPはEU加盟国平均の8分の1程度にとどまる。ウクライナの加盟で加盟国間の補助金の受け取りや負担割合が大きく変わる。経済の発展段階が異なるウクライナがEUに加盟すれば、ウクライナから現加盟国への移民増加が予想される。加盟国間で異なる統合の段階を認めるかどうかも議論の余地がある。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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