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再び欧州に押し寄せる移民・難民(その1)

~2015~16年を上回る規模の難民が欧州に流入~

田中 理

要旨
  • 2023年にEU内で庇護申請をした難民希望者は、2015~16年の難民危機時以来の100万人越えを記録した。個別の庇護申請が免除されているウクライナからの避難民を含めれば、難民危機時を上回る規模となる。戦争、内戦、政情不安、社会混乱、生活困窮などを理由に、中東、アフリカ、中南米、南アジアから、多くの難民が欧州に押し寄せている。

欧州を目指す難民や移民が再び増加しており、各国で政治的な波紋が広がっている。難民とは、人種、宗教、国籍、政治的意見、特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるか、迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた人々を指す。ここには、武力紛争や人権侵害などから逃れるため他国に庇護を求める人々も含まれる。これに対して、移民とは、より良い生活、仕事、教育、家族との同居などを求めて、国境を越えて移動する人々を指す。難民と異なり、自国に送還した場合に迫害の恐れがない。

まず、難民の状況を確認する。2023年にEU域内で国際的な庇護申請をした難民希望者(初回申請者のみ)は105万人と前年から約20%増え、2015~16年にシリア難民が欧州に押し寄せた難民危機時以来の100万人を突破した(図表1)。EUや加盟国の移民・難民政策の厳格化やコロナ危機による渡航制限もあり、2020年に40万人台に減少した後、3年連続で増加している。

庇護申請者の出身地域の内訳は、中東が33%で最も多く、アフリカの23%、南北アメリカの17%、欧州(トルコ、ウクライナ、ロシアを含む)の17%、アジアの9%と続く(図表2)。国別には、泥沼の内戦が続くシリアが17%と最大で、米軍撤退後にタリバンが権力を掌握したアフガニスタンが10%、反体制派(ギュレン派)や少数民族(クルド人)に対する締め付けを続けるトルコが9%、社会混乱や生活困窮が続くベネズエラ、内戦が続くコロンビアが各6%と続く(図表3)。シリアは2013年以来、10年連続で最多の庇護申請者の輩出国で、アフガニスタンも6年連続で第2位となっている。

ウクライナの庇護申請者は2022年に2.5万人、2023年に1.3万人にとどまるが、これはロシアによるウクライナ侵攻を受け、EUが「一時保護指令」を発動し、個別の庇護申請を必要としない集団的な保護を提供していることによる。保護対象の避難民に対しては、在留、労働市場や住宅へのアクセス、医療支援、子どもへの教育などが提供される。一時保護措置はまず1年間適用され、6ヶ月毎に最長1年自動延長され、欧州委員会の勧告に基づき、さらに1年延長することができる。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、3月14日時点で欧州(EU以外も含む)に避難しているウクライナ市民は598万人。進攻開始からこれまでに、ポーランドやチェコなど近隣諸国で庇護対象となった市民が約300万人、ドイツやスペインなど他の欧州諸国が約250万人に達する。最大の受け入れ国はポーランドの164万人で、ドイツの105万人、チェコの59万人、スペインの20万人、イタリアの19万人と続く。人口千人当たりのウクライナの庇護対象者は、近隣のチェコ、ポーランド、バルト三国が多い(図表4)。一時保護が失効するまでの間、個別の庇護申請をしていない避難民が大半とみられ、EUの庇護申請者の統計には現れていない。ウクライナからの避難民を含めると、2015~16年の難民危機を遥かに上回る難民が欧州内に流入している。

庇護申請(ウクライナの一時保護を除く)を受けたEU加盟国の内訳は、ドイツが33万人とEU全体の約3分の1を占め、スペインの16万人、フランスの15万人、イタリアの13万人、ギリシャとオーストリアが各6万人と続く(図表5)。EUの4大国(ドイツ、フランス、イタリア、スペイン)で全体の約4分の3を占める。シリア、アフガニスタン、トルコを始め多くの避難民はドイツで庇護申請をしている。ベネズエラやコロンビアなど中南米からの避難民はスペインで、バングラデシュやパキスタンなど南アジアからの避難民はイタリアで、コートジボアールやギニアなどアフリカからの避難民はフランスで庇護申請をするケースが多い。人口千人当たりの庇護申請者の数が多いのは、キプロスの約13人が最多で、オーストリアとギリシャが約6人、ルクセンブルクとドイツが約4人と続く。EU全体では人口千人当たりで約2人の庇護申請者がいる。

近日中に公表予定の続編レポートでは、EUに流入する移民の状況を確認するとともに、その政治的な波紋について考察する。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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