内外経済ウォッチ『アジア・新興国~中国にとってもオリパラは「鬼門」か?~』(2021年12月号)

西濵 徹

中国では、来年2月から3月にかけ冬季オリンピック及びパラリンピックの開催が予定されている。中国は昨年来の新型コロナ禍に際し、強力な感染封じ込め策が早期の景気回復を促した。ただ、年明け以降も市中感染が散発的に確認されるなか、当局は大規模な強制検査や局所的な都市封鎖の実施などによる『ゼロ・コロナ』戦略を採ってきた。他方、中国では格差拡大が社会問題化しており、新型コロナ禍は低所得者層の状況を厳しくするなか、景気回復と「カネ余り」は資産価格の高騰を招くなど格差拡大に繋がった。よって、当局は年明け以降不動産投資規制に動くとともに、「共同富裕」というスローガンを強力に推し進めてきた。

しかし、ここ数年の中国は過剰債務問題を抱えるなか、レバレッジ比率の高い不動産業界は規制強化などを理由に資金繰り懸念が高まり、恒大集団はその矢面に立たされる形でデフォルトリスクが意識された。今後も同社をはじめとする不動産業界は資金繰り懸念がくすぶるなか、当局は規制緩和に動く姿勢をみせる一方、不動産税の導入などに動く方針も明らかにしている。ただし、不動産税の導入は価格上昇を前提とする事業モデルを崩壊させ、担保を抱える金融セクターに悪影響が波及するリスクもある。性急な改革は来年秋の共産党大会での習近平指導部の3期目入りを確実にする狙いがうかがえる一方、ただの『ガス抜き』を狙っているとすれば、その代償は極めて大きい。

他方、オリンピック及びパラリンピックは国威発揚を図る最大の舞台装置であり、その成功は習近平指導部の任期延長を目指す上でも絶対条件になる。これは、当局が『やり過ぎ』ともみえる感染対策を繰り出す『ゼロ・コロナ』戦略の旗を降ろすことが出来ない一因になっている。足元では変異株による散発的な市中感染が確認されるなか、当局は地方政府を通じて監視強化を図るとともに、行動制限を強化させる動きもみられる。当局はオリンピック及びパラリンピックに中国本土に居住する人に限り観客を受け入れる方針を示しており、この実現を国内外に示すことで、新型コロナ禍を経て世界的に疑問が増幅されつつある統治手段及び方法の『正当性』を誇示する狙いもうかがえる。

観客入りでのオリパラの実現は、共産党大会に向けた習近平指導部の正当性を誇示する『前哨戦』になっていると捉えられる。さらに、外国メディアの報道が予定されるなか、PM2.5(微小粒子状物質)などの大気汚染問題をクリアにする必要性が高まることも予想される。開催直前には工場の操業停止も予想されるなど、世界経済への影響も懸念される。足元の中国景気は踊り場にあり、不動産市場を巡る不透明感も景気の重石となり得るなか、当面の景気の「峠」はオリパラ開催にある。また、実体経済面の効果の大宗は開催前に出ていることを勘案すれば、その後は一段と頭打ちの様相を強めると考えられる。

資料1 非金融企業部門及び家計部門向け信用残高の推移
資料1 非金融企業部門及び家計部門向け信用残高の推移

資料2 新規感染者数の推移
資料2 新規感染者数の推移

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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