内外経済ウォッチ『アジア・新興国~スリランカが利上げ実施に動いた背景は~』(2021年10月号)

西濵 徹

スリランカ中銀は、8月18日に開催した定例の金融政策委員会において政策金利を50bp引き上げるとともに、9月1日付で法定預金準備率を200bp引き上げる決定を行った。同行はアジア新興国の中銀のなかで、新型コロナ禍後初めての利上げに踏み切った。昨年の同国経済は新型コロナ禍の影響で年前半に下振れしたものの、その後は財政及び金融政策を通じた景気下支えの動きに加え、世界経済の回復による外需の押し上げもあり、年後半にはプラス成長となるなど回復が進んだ。年明け以降も景気の底入れが進む一方、国際原油価格の上昇などを理由に、足下のインフレ率は中銀の定める目標を上回るなど、インフレ懸念が顕在化していた。

さらに、米FRBは年内にも量的緩和政策の縮小に動くなど、新興国にとっては資金流入の先細りが懸念されるなか、経済のファンダメンタルズが脆弱な国ではその影響が懸念される。同国の通貨ルピー相場は過去数年に亘り下落しており、近年は中国向けを中心に対外債務が急拡大するなかでの通貨安は債務負担の増大を招くリスクがある。さらに、ルピー安は輸入物価を通じてインフレ圧力を増幅させる可能性もあり、利上げ実施を後押ししたと考えられる。なお、中銀は利上げの理由について、景気回復に伴う輸入増が招く対外収支の不均衡是正と物価抑制を挙げる一方、先行きの景気に対して楽観的な見方を示した。

このところはASEANをはじめとするアジア新興国が変異株による新型コロナウイルスの感染拡大の中心地となるなか、スリランカでも変異株の流入を機に感染拡大の動きが広がっている。また、感染者数が拡大の動きを強めるなかで医療インフラのひっ迫も顕在化するなか、死亡者数も拡大傾向を強めている。他方、同国は過去数年に亘り「親中派」のラジャパクサ政権の下で中国との関係深化が進んでおり、中国製ワクチンの接種が比較的進む動きがみられる。ただし、中国製ワクチンを巡っては変異株に対する効果が薄いとの見方が示されており、同国において接種が進むなかでも感染拡大が続いている一因になっている。

感染動向の悪化は同国の一大産業である観光業の足かせになるとともに、対外収支の悪化を招く一因となり得る。さらに、過去数年に亘ってルピー安が進んでいる背後で資金流出の動きが続いていることを受けて、今年7月末時点の外貨準備高は23.65億ドルと月平均輸入額の2ヶ月分を下回る上、IMFが想定する国際金融市場の動揺への耐性が乏しいことを示唆している。現時点においてはすべての対外債務の返済に対応出来ているものの、足下のルピー安の進展は将来的な債務不履行(デフォルト)に陥るリスクを高める懸念があるため、中銀は利上げ実施に追い込まれるなど難しい対応に直面していると言えよう。

ドイツの失業率の推移(EU 統一基準)
ドイツの失業率の推移(EU 統一基準)

ドイツの政党別支持率(%)
ドイツの政党別支持率(%)

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ