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2024.11.08
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「トランプの時代」到来で全世界的な地政学リスクをどうみるか
~世界情勢の在り様を左右するなか、日本として対峙すべき問題は複雑かつ困難なものになるか~
西濵 徹
- 要旨
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- 5日に実施された米大統領選ではトランプ氏が勝利した。トランプ次期政権を巡っては、通商政策をはじめとする経済政策の動きに注目が集まる。他方、トランプ氏が大勝利を収めた一因には、ウクライナ戦争をはじめ“戦争”に終止符を打つ考えをみせたことも影響した模様である。ただし、ウクライナ戦争の終結の仕方如何では世界情勢を巡る望ましくないルール作りに繋がる可能性がある。また、力の不均衡が戦争勃発を招く一因であることに鑑みれば、全世界的な軍拡競争に突入する鏑矢となる可能性にも要注意である。
- 力の不均衡による戦争突入という観点では、地理的、且つ経済的に日本も影響を受ける台湾情勢も無視し得ない。ウクライナ戦争の終結で誤ったメッセージを与えれば事態が悪化するリスクを孕む。他方、トランプ氏は自身が得意とするディールを通商問題のみならず、安全保障や経済安保、北朝鮮問題などに広げてくる可能性もある。事態打開に繋がるかは極めて未知数な状況であるが、ディールを多用する展開が続こう。
- 一方で中東情勢を巡っては、トランプ前政権がイスラエルを支援する一方、イランに強硬姿勢を示してきたことを勘案すれば、如何なる方策で対応するかは見通せない。他方、イランの背後にあるロシアの存在を勘案すれば、ウクライナ戦争を絡めたディールを仕掛ける「ウルトラC」も考えられない訳ではない。しかし、ウクライナ戦争の行方が世界情勢に与える影響を勘案すれば、安易な方法が招くリスクに要注意である。
- トランプ氏を巡っては、経済的利益のない行為(=戦争、軍事)を好まないことが結果的に戦争を引き起こさなかった一因とされる。しかし、ウクライナ戦争、台湾情勢、中東情勢のいずれも経済的利益以外の理由が影響していることを勘案すれば、当事国間が同じ理屈を共有できるかは見通せない。日本はあらゆる事態に対応できる能力構築の一方、外交的努力を最大限に払う難しい舵取りを迫られる局面にあると言えよう。
5日に実施された米国の大統領選挙では、共和党から出馬したトランプ前大統領が勝利するとともに、同時に実施された連邦議会上下院選挙でも上下院ともに共和党が多数派を形成している模様であり、米国は次期政権の下でいわゆる『トリプル・レッド』となることが明らかになった。トランプ次期政権を巡っては、前政権において中国との間で貿易戦争とも呼べる動きが激化したこともあり、通商政策をはじめとする経済政策の動きに注目が集まっている。その一方、今回の選挙戦においてトランプ氏が大勝利を収めた要因のひとつには、ここ数年は全世界的に地政学リスクが高まる動きがみられるなかでトランプ氏が「前政権時には戦争はなかった」主張するなど、そうした問題に自身が終止符を打つ考えをみせてきたことも影響したと考えられる。なかでも2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻をきっかけにしたウクライナ戦争に関連して、米国はバイデン現政権の下でウクライナに対して様々な支援を実施してきたものの、欧米などと中ロなどを軸にした世界的な分断が広がるなかで事態はこう着化して泥沼化する様相をみせている。さらに、ウクライナへの様々な支援が米国にとって重石となる動きが顕在化するなか、トランプ氏は選挙戦を通じて「直ぐに終結させられる」と述べるなど、早期の事態打開への意欲を覗かせる姿勢をみせてきた。トランプ氏がこうした主張を展開した背景には、前政権時にトランプ氏自身がロシアのプーチン大統領と良好な関係を築いてきたことが影響していると考えられる。ただし、トランプ氏自身やその周辺が如何なる形でウクライナ戦争の終結を図ろうとしているかは不透明なところが多い。足下の戦況を巡ってはロシアが有利に進めているとの見方があるほか、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が派兵するなど新たな援軍を得ているとされるなかで『終結の仕方』を誤れば思わぬ方向に事態が進むことも考えられる。というのも、ウクライナ戦争はロシアによるウクライナへの侵攻がきっかけであるなか、ウクライナが折れる形での終結を迫られる事態となれば、今後の戦争を巡っては『攻めた者勝ち』という力による現状変更を事実上是認するといった望ましくないルールが構築される可能性が高まる。さらに、歴史的にみて戦争が『力の不均衡』が生じた場面で勃発する傾向がみられることを勘案すれば、全世界的に軍備増強の動きが広がりをみせる軍拡競争時代に突入していく可能性にも留意する必要がある。
なお、こうした力の不均衡による戦争突入の脅威を巡っては、台湾がそうした事態を意識せざるを得ない状況にあると捉えられるほか、地理的な問題のみならず、経済的にも日本もその動向を無視し得ない。米国の歴代政権は台湾に対して、1979年に成立した台湾関係法、82年に当時のレーガン大統領が表明したいわゆる「六つの保証」に基づく形で、あいまいさを残しつつ現状維持を目指す姿勢をみせてきた。その一方、中国はいわゆる「一つの中国」という原則を掲げるとともに台湾統一を目指す姿勢をみせてきたなか、習近平指導部の下では2022年の共産党大会で党規約に「台独(台湾独立)に断固として反対し抑え込む」といった文言を盛り込むなど台湾統一に前のめりの姿勢をみせている。さらに、人民解放軍が度々台湾周辺での軍事演習を展開するなど軍事的脅威を盾に圧力を強めているほか、25年後の2049年には中国が建国100年という節目の年を迎えることも重なり、潜在的な問題となることが懸念されている。こうしたなか、ウクライナ戦争の終結の仕方に関連して、上述したような形で中国に対して『誤ったメッセージ』を与えることになれば、結果的に台湾問題を望ましくない方向に大きく前進させるリスクを孕んでいる。その意味では、ウクライナ問題への対処方法が台湾問題の行方を大きく左右することになることは間違いない。なお、トランプ氏は前政権下で習近平氏との直接会談のほか、自身が得意とする『ディール(取引)』を通じて米中交渉を積極的に行ってきた経緯があり、バイデン現政権の下で米中間の『没交渉』状態が続いている状況からの脱却と、そのことが台湾問題を含めた米中間の懸案事項への対処に資するとの自信を持っていると見込まれる。他方、トランプ氏は選挙戦を通じて中国からの輸入品に一律で60%の関税を課すとの主張を行うなど、中国との貿易戦争の再燃を目論む動きをみせており、今後は貿易を巡る課題のほか、ウクライナ戦争を機に強化されてきた経済制裁、安全保障、経済安全保障を巡る問題などすべてを同じ土俵に載せる形でディールを仕掛けたいとの思惑もうかがえる。さらに、中国が事実上の後ろ盾となってきた北朝鮮がロシアの協力を得る形で核やミサイルの開発を前進させているとの見方も強まっており、北朝鮮を巡る問題もディールの材料となることも考えられる。こうした様々な問題をすべて同じ土俵に載せる形での取引が可能かは極めて不透明なところが多いものの、トランプ前政権時に度々指摘された「狂人理論」に沿った『脅し』とも取れるディールを繰り返す展開が続くことは避けられないであろう。
他方、昨年のパレスチナのガザ地区を支配する軍事組織であるハマスによるイスラエルへの奇襲攻撃をきっかけに、イスラエルがガザ地区に対する軍事侵攻を続けるなど中東情勢を巡る混迷も深刻化の度合いを増すとともに、事態打開の見通しが立たない状況が続いている。さらに、イスラエルはハマスを軍事的に支援するレバノンのシーア派イスラム主義組織であるヒズボラ、そして、ヒズボラを後方支援しているとされるイランにも攻撃を展開しており、報復の応酬に発展する懸念も高まっている。なお、トランプ前政権下ではイスラエルに対して全面的に支援する姿勢をみせる一方、イランに対しては核合意から脱退して経済制裁を再発動させるなど強硬姿勢をみせてきたことを勘案すれば、トランプ次期政権の下においてはイスラエルへの支持を強めると考えるのが自然かもしれない。ただし、バイデン現政権も今回の大統領選を意識して一貫してイスラエルに対する支持を表明してきたものの、反ってそのことが事態のこう着化を招く一因となってきたことを勘案すれば、トランプ氏が進んでバイデン氏と同じような選択をするかは見通しにくい。その一方、トランプ氏の熱狂的な支持者のなかではイスラエルを支持するキリスト教福音派(エバンジェリスト)の存在が大きいことを勘案すれば、イスラエルが飲むことができない条件の下で終結を図ることも難しいのが実情であろう。その意味では、トランプ氏が当事者の間に入る形で事態打開に繋げることができるかは極めて見通しが立ちにくい。なお、中東情勢が混迷の度合いを増している背景には、イランの軍事的な後ろ盾となっているロシアがこの問題に積極的に関わることを避けていることが影響しているとの見方もある。その背景には、中東情勢に対する注目が集まれば自然とウクライナ戦争への関心が薄れるとともに、ロシアが戦争を優位に展開することができるとの思惑があるとされる。こうした状況を勘案すれば、トランプ氏がロシアなど関係国を巻き込む形でウクライナ戦争と中東情勢をディールに掛ける形で事態収拾を図るという『ウルトラC』も考えられない訳ではない。しかし、上述のようにウクライナ戦争の終結の仕方は、今後の世界情勢を巡る新たなルール構築に繋がる可能性があり、安易な方策に飛びつくことが新たなリスクを引き起こすという懸念にも充分に配慮することが求められよう。
トランプ氏が戦争を嫌う背景には、経済的利益のない行為(=戦争、軍事)を好まないことが影響しているとの見方がある。さらに、トランプ氏を巡っては、前政権下での様々な施策について「何をするか分からない」という狂人理論が相対する国の行動に影響を与えるとともに、自制を働きかける一因になった可能性はある。他方、上述したウクライナ戦争、台湾情勢、中東情勢については、いずれも経済的利益を勘案すれば踏み切る可能性が低い一方、その背後に経済的利益以外の大きな誘因が影響していることを勘案すれば、トランプ氏の理屈をそれぞれの当事国が共有することができるかは見通せない。また、トランプ前政権下においては、経済的利益のない行為を好まない姿勢を反映するように、その前のオバマ元政権が事実上放棄した『世界の警察官』としての役割を一段と放棄するとともに、全世界に展開した米軍のプレゼンスを後退させてきた。トランプ次期政権においても同様の展開をみせる可能性がある一方、上述したように力の不均衡が生じたところで戦争が勃発する傾向がうかがえることを勘案すれば、新たな紛争や戦争の火種が生まれる可能性は十分に考えられる。このところの世界に高まっている地政学リスクを巡る動きは、世界的に構造的な変化が生まれているなかでタイミングが重なっただけと考えれば、何かひとつの方策を以ってすべての事態が打開されるとみるのは安易に過ぎるのが実情であろう。日本としては、あらゆるリスクに配慮しつつ事態に対応できる能力と、外交面で事態悪化を避けるべく努力を払うという難しい舵取りを迫られる局面が近付いていると捉えられる。
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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