潮目が変わったトルコリラ、今後の行方も経済チームの腕に掛かる

~加速が続くインフレが頭打ちに転じる兆し、あとはエルドアン大統領の「忍耐」に期待するしかない~

西濵 徹

要旨
  • ここ数年のトルコリラ相場は、インフレにも拘らず利下げを迫られる無茶苦茶な政策運営を追い風に調整してきた。昨年の選挙後は経済チームの下で正統的な政策運営への転換が図られたが、その後も国民からの信認低下がリラ相場の重石となる展開が続いた。しかし、中銀はタカ派姿勢を堅持し、政府も包括的な財政緊縮策を公表するなど正統的な政策への本気度をみせ、足下のリラ相場は下げ止まりの動きをみせる。インフレは加速が続くも頭打ちに転じる可能性も高まり、トルコを取り巻く環境は変化しつつあると言える。

  • 物価高と金利高の共存は景気の足かせとなることが懸念されるも、1-3月の実質GDP成長率は前期比年率+9.90%と堅調さが続く。外国人来訪者の拡大に加え、家計消費など内需の堅調さが景気を押し上げている。食料インフレの懸念はあるも、リラ相場の潮目が変わりつつある上、インフレは頭打ちに転じるなかでも中銀が高金利政策を維持すれば、物価と為替の安定がより現実化していくことが期待される。潮目が変わったリラ相場の行方は経済チームが正統的な政策運営を継続できるか否かに掛かっていると言える。

ここ数年のトルコリラ相場を巡っては、『金利の敵』を自任するエルドアン大統領が主張する「高金利がインフレを招く」という因果が倒錯した理論の下、中銀はインフレにも拘らず利下げを迫られるとともに、中銀の独立性が脅かされる動きが顕在化したことも重なり調整の動きを強めてきた。なお、昨年の大統領選、および総選挙後に実施した内閣改造では、経済チームを正統的な政策運営を志向する陣容で固めるとともに、大幅な利上げ実施に動くなど「経済学の上で正しい」政策運営に舵を切る動きをみせてきた。こうした政府や中銀による政策転換を好感する形で主要格付機関は相次いで同国に付与する外貨建長期信用格付の格上げを実施するなど、国際金融市場の同国の政策運営に対する見方は着実に変化する動きがみられた。こうした状況にも拘らず、その後もトルコリラ相場は過去数年に亘るリラ安やインフレ昂進を受けて国民の間で価値保蔵手段としての信認が失墜しており、外貨や金などに対する需要が拡大する動きを反映してリラ安が促される展開が続いてきた。ただし、中銀が先月公表した最新のインフレ報告書において『タカ派』姿勢を強調する考えを示したほか、政府も包括的な財政緊縮策を公表してインフレ抑制に注力する姿勢を示した(注1)。政府が公表した包括的な財政緊縮策については歳出削減効果が『誤差の範囲』に留まる可能性がくすぶるものの、中銀は先月の定例会合でも政策金利を50%に据え置いた上で、長期に亘って現行の抑制的なスタンスを維持する考えを強調するなど、正統的な政策運営をあらためて継続する姿勢を示している(注2)。足下のインフレは前年に頭打ちしてきた反動に加え、食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とする物価上昇も重なり加速の動きを強めているものの、政府や中銀による姿勢を好感する形で下落基調が続いたリラ相場は変化しており、先行きの物価に好影響を与えることが期待される動きがみられる。なお、5月のインフレ率は前年同月比+74.45%と前月(同+69.80%)から一段と加速して1年半ぶりの伸びとなっており、幅広く物価上昇の動きが続いていることが確認される一方、コアインフレ率は同+74.98%と前月(同+75.81%)から鈍化に転じるなど、インフレ動向に変化の兆しがうかがえる。この結果を受けて、シムシェキ財務相は自身のSNSに「最悪期は脱した。我々はディスインフレ期に入る」と投稿するなど、トルコを取り巻く環境はいよいよ変化していく可能性が高まっていると捉えられる。

図1 リラ相場(対ドル)の推移
図1 リラ相場(対ドル)の推移

図2 インフレ率の推移
図2 インフレ率の推移

他方、昨年前半はインフレが頭打ちに転じるも、後半以降は再び加速に転じているほか、上述のように政府や中銀は物価と為替の安定を目的とする正統的な政策運営に舵を切る姿勢をみせており、物価高と金利高の共存が景気の足かせとなることが懸念される状況にある。こうした状況にも拘らず、1-3月の実質GDP成長率は前期比年率+9.90%と前期(同+3.87%)から加速して3四半期ぶりの高い伸びとなっているほか、中期的な基調を示す前年同期比ベースの成長率も+5.7%と前期(同+4.0%)から加速するなど底打ちしていることが確認されている。財輸出の半分を占めるEU(欧州連合)景気の低迷が財輸出の足かせとなる展開が続く一方、リラ安を追い風に外国人観光客数は再び底入れの動きを強めるなどサービス輸出の拡大の動きが総輸出を押し上げて景気を下支えする展開が続いている。さらに、上述のようにリラ安の長期化により国民の間でリラに対する信認が失墜したことも追い風に、インフレ昂進にも拘らず家計消費は堅調な推移をみせているほか、ウクライナ戦争をきっかけに拡大したロシアからの移民の動きも相俟って住宅需要が高まっていることも固定資本投資を押し上げている。ただし、民間需要を中心とする内需の堅調さが確認されているにも拘らず、財、サービスの両面で輸入は2四半期連続の減少で推移しており、純輸出(輸出-輸入)の成長率寄与度は前期比年率ベースで+5.88ptに達するなど景気を押し上げている様子がうかがえる。分野ごとの生産動向を巡っても、家計消費をはじめとする内需のほか、外国人来訪者数の拡大の動きなどを反映してサービス業の生産が大幅に拡大するとともに、製造業の生産も拡大に転じるなど景気の底入れを促している。昨年の同国をはじめとする地中海地域においては異常気象による熱波の襲来などを理由に農林漁業関連の生産が低迷するなど食料インフレを招く一因となったものの、足下では最悪期を過ぎるも農林漁業関連の生産は引き続き力強さを欠く推移をみせている。よって、上述のように先行きのインフレは前年に加速の動きを強めた反動により頭打ちに転じる可能性は高いと見込まれるものの、供給を巡る懸念が食料品など生活必需品を中心とする物価上昇要因となる可能性はくすぶる。ただし、上述したように先月以降のリラ相場は下げ止まりの動きをみせるなど潮目が変化しており輸入インフレ圧力の後退が期待されるほか、政府や中銀が今後も正統的な政策運営を堅持する姿勢をみせており、先行きの景気は物価安定に向けて頭打ちの動きを強める可能性は高いと見込まれる。その意味では、潮目の変わったリラ相場の行方は経済チームが如何に今後も安定して正統的な政策運営を維持できるか否かに掛かっていると捉えられる。

図3 実質GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移
図3 実質GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移

図4 実質GDP成長率(前期比年率)の推移
図4 実質GDP成長率(前期比年率)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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